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2023.11.09

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第43話
冒険の意味を②

太陽が空の正中に差しかかろうとしている。
バベルから真西に進んだメインストリート。
『冒険者通り』と呼ばれている北西の大通りとは異なり、冒険者より市民の姿が目立つ街路に、広いオープンカフェが面していた。
からっとした日差しの下で多くの客が談笑を交わしている。道ゆく雑踏が彼等のすぐ近くを流れていく。
パラソルがいくつも開き日除けを作るその内の一つに、ベルとリリは白いテーブルを挟んで向かい合っていた。


「じゃあ、【ソーマ・ファミリア】の方はもういいの?」

「はい。リリはじきに死んだことにされるでしょうから」


ベルとリリがあらためてパーティを組んでから一日。
リリを今取り巻いている状況の確認のため、ベルは彼女から説明を受けていた。
最初こそ後ろめたさからか、以前のように中々会話を進められなかったリリであったが、それも昨日までの話。
ベルの思いも伝わってか、すっかり元通りとは言わなくとも、こうして気兼ねなく話せるくらいにはなっていた。


「死人という扱いになれば【ソーマ・ファミリア】に関わる必要はないですし、あちらからも付け狙われることはないでしょう。何せ、もういないことになっているのですから」


「ですからベル様に迷惑はかけません」とリリは笑って言う。
変装時の前髪が無くなったことであらわになっている、その円らな瞳と愛くるしい顔立ちを視界に収めながら、ベルは若干眉を曇らす。


「僕のことはどうでもいいんだけど……その、死人だなんて、リリはいいの?」

「お心遣いありがとうございます、ベル様。ですけど割り切った方がいいと思います。リリには身寄りはいませんし……ベル様がリリのことをご存じであるなら、リリはそれだけで満足です」


本心からそう言っているリリに、ベルもこれ以上触れるのは止めた。彼女の傷口を広げる真似になると思ったからだ。無理矢理自分の中で完結させる。


「リリがそう言うならわかったよ。でも、【ソーマ・ファミリア】の人達にバレないかな? リリが生きてるってこと」

「絶対とは言い切れませんが、今のリリに繋がりそうな足跡はこの二日で消しておきました。そこまで心配することはないと思います。……それに、リリにはこれもありますし」


ぺたりとリリは自分の頭を撫でる。本来のダークブラウンではなく、白、黒、茶の混じった三毛の髪がさらりと揺れた。またそのすぐ近くで獣耳がぴくぴくと動く。瞳も輝くような黄金色だ。
【シンダー・エラ】。
リリの十八番の変身魔法により、今の彼女の外見はどっからどう見ても獣人の子供だった。
顔立ちだけはそのままであるが、間違ってもパルゥムには見えない。


「リリの魔法がバレちゃっている人も一人ほどいますけど……もう付き纏われることもないでしょう」


いざとなったら、リリはいくらでも他人に成りすますことができる。
この能力を知らない限り、他者が『リリルカ・アーデ』に辿り着ける可能性は万が一にもない。ベル自身、この魔法の存在を打ち明けられた時はそれは驚いたものだ。
じーっと今のリリの顔を見て、確かにこれなら一発で見破られることはなさそう、とベルは客観的に分析する。


「えーっと、それじゃあ……」

「はい、後腐れはありません。あっても、ベル様の手を煩わせることはさせませんから」


「それはもういいよ」とベルは苦笑しながら、取りあえず安堵を覚えた。
これでリリが危険な揉め事に巻き込まれることもないだろうと。
もしそうなっても、今度は力になってやれる筈だと。

正直なところ、リリが死にかけた話を聞いて怒りと悔しさも感じている。人を人と思わない暴挙に対する怒りと、そんな彼等に仕返しができないという悔しさだ。
だが、触らぬ神に祟りなしという言葉通り、リリのことを思えば【ソーマ・ファミリア】やあの男の冒険者に関わるべきではない。現状での報復など自ら危険を呼びにいく行為だ。
リリが無事ならそれでいい。ベルは厄介な感情を振り払ってそう結論付ける。
今の自分達にその感情は不要なものだ。

溝は埋まった。
全てではないかもしれないが、ぽっかりと隔たっていた自分達の距離は確かに縮まった。互いの手を繋げられるほどに。
ここから再出発だと、ベルは笑みを滲ませた。


「……ベル様」

「ん、なに?」

「ベル様は、本当にこのままでいいんですか?」

「え?」

「リリをこのまま許してしまっていいんですか?」


ところが、ベルとは逆にリリは表情を暗くさせる。
縋るような目で見つめてきた。


「リリはベル様を騙していたんですよ? ベル様の厚意につけ込んで、あまつさえ裏切ったんですよ?」

「……」

「しかも、くすねてきたお金も返せません。このまま許されてしまったら、リリは……」


最後は消え入りそうな声だった。
リリとの関係が“すっかり元通り”にならないのは、これが原因だった。
自責だ。罪悪感だ。贖罪の渇望だ。
犯した自分の行為にリリは苛まれている。もう何度謝罪されたかわからない。
大丈夫だから、と繰り返して言っても彼女の顔は優れることはなかった。むしろベルがそう言う度に落ち込んでいる風にも見える。
こういうのは求めてなんかないんだけど……、とベルは参ったように頭をかいた。
とにかく、苦手なのだ。
人様の上から偉そうに物を言ったり、諭したりするのは。
今までがことごとく、されてきた側だっただけに。


「お金のことはいいよ、これからサポーターとして力を貸してもらえるんだし。逆に、割に合わないほど働かせちゃうことだってあると思う」


先日の一件で、リリは全財産を失っている。
換金していた手持ちのお金とアイテム類は全て冒険者の男に持っていかれ、貯金と言えたノームの宝石も【ファミリア】の仲間に奪われてしまったからだ。
証拠に、サポーターとしての装備は前と比べ極端に貧相になってしまっている。
返すものがないというと負い目は、リリの心に自己嫌悪の念を落としているようだった。


「でもっ……」

「う~ん……隠してもしょうがないから言うけど 僕、リリに何をすればいいかわからないんだ。怒鳴って怒るのも違うような気がするし、手を上げるなんてできっこないし、説教できるほど偉いヒューマンじゃないし……」

「……ベル様は」

「?」

「ベル様は、何とも思っていないんですか? 危険な目にまで合ったんですよ? リリのことを……恨んでいるとか、腹が立ったとか……本当にないんですか?」


大きな瞳が必死にベルのことを見上げてくる。
自分の顔を映すその目が、ちょんと触れただけでぼろぼろと壊れてしまいそうな、飴細工のように見えた。
うぐっ、と唸る。
ベルは頭を絞ってどうすればリリが納得するだろうかと深く考え、こうなったら馬鹿正直に腹を割ってみることにした。


「……正直に言うと、あの時はショックだったよ? 一度《神様のナイフ》を無くした時も、落としたんじゃなくて、リリが盗ったんじゃないかって疑わなかったって言ったら嘘になる。そうじゃなくても、まぁ、少し怪しいかななんて、人の話を聞いて思ってたりもしてた……」

「……」

「冗談じゃないよって思ったし、神様に顔向けできないって、すごく焦ったりもした。オーク達に八つ当たりだってしちゃったし」

「それじゃあっ……」

「ただ……【ファミリア】の人に脅されてるんじゃあ、って思ったら、怒れなくなっちゃった……」


ゴンッ! とリリはテーブルに額を振り下ろす。


「僕のナイフは高価っていうのは知ってたから、それをお金に代えて何とかするつもりじゃあって思ってさ……だからとにかく追いかけたんだよ。危ないことに巻き込まれているんじゃないかって」


早い話、ベルはずっとリリの裏に【ソーマ・ファミリア】の怪しい影が潜んでいるものだと思い込んでいたのだ。
小さなリリに暴力を振るって、あるいは弱味を握って、「金を集めてこい」と彼女を脅しているのではないか……と。
リリを救出した際「困ってること」「相談してよ」「助けるから」という、リリからしてみればある意味的外れなあの言葉は、つまりそういう意味であった。何か厄介事に巻き込まれているなら力を貸すから、と。
ナイフの安否より、リリの安否だったのである。


「……ベル様はっ!! 繰り返しますがっ、お人好しすぎです! そこはリリを罰するところです!」

「で、でもさぁ、リリは【ファミリア】の事情を何も話してくれなかったし……」

「うっ……」

「わけありなのかなって、そう思っちゃったんだよ」


あの時だって絡まれていたし、とベルは付け足した。
ベルは前々から、身内が行ったリリへの暴力――頭の傷――といい、その異常な性質といい、【ソーマ・ファミリア】に思うところがあった。
リリに誘導されていた節もあるが、とにかく、【ソーマ・ファミリア】に対して疑念が膨らんでいたのだ。そこに、とどめとしてリリに絡んできたあの三人組である。
わけを聞こうとしてもリリは口を割ろうとはしなかったので、いよいよ「リリは脅迫されている」とベルの中でたくましい妄想が膨らんだのだった。

リリが悪事を白状した後も、彼女をどうにかしようとする気にはなれなかった。
自ら告白してきた時点で、既に意味のないことのように思えたからだ。
リリが自分を傷付けているように見えてしまったのも原因かもしれない。
彼女の剣幕に押されベルを形成する源がポロリと出てしまったが、それはともかく。
ベルは間違っても、リリを制裁する気にはなれなかった。


「それにリリだってさ、キラーアントにやられそうになった僕のこと、助けてくれたでしょ? 本当にさ、あの時嬉しかったんだよ、僕?」

「あれは、でも……ただ反射的に」

「じゃあ、僕もそれでいいよ。ほら、理由も理屈も要らないでしょ?」


破顔するベルにリリは一度言葉を失い、すぐに恥ずかしがるように顔をうつむける。
詰まるところ、ベルはもうリリのことを信頼していた。数々の助言と親身に世話を焼いてくれた彼女のことを、仲間に等しい存在として認めていたのだ。
何より彼女と会った時から抱いていた、放っておけないという直感が、ベルのリリに対する思いを昇華させていた。
ベルはリリと出会った時から既に詰んでいたのである。


「でも、リリはっ……リリは」


顔をうつむけたまま、リリは声を次第に小さくしていった。
今のリリを見てベルはわかったことがある。
報いることができないということは、苦痛なのだ。
どれだけ許しを得たとしても、痛みの伴わない赦免は、過ちを悔いる本人にとってもはや罰に等しい。
何とかしなくてはいけないと思い、必死に上手い解決法を模索していたベルだったが……そこに援軍がやって来た。


「おーい、ベル君!」

「あっ、神様!」


幼い声がベルを呼んだ。すぐに反応して立ち上がると、案の定、ヘスティアがカフェに姿を現していた。
リリとそこまで変わらない小さな体が、賑わう客の群れを縫って、時間をかけずベル達の前にやって来る。


「ごめんよ、待ったかい?」

「そんなことないです。それよりもすいません、バイトに都合をつけてもらって……」


この西のメインストリートの近くには、ヘスティアがバイトとして雇われている露店がある。
彼女と合流するために、ベル達はこの店を話し合いの場として選んだのだ。


「ボクの方は平気さ。それより……彼女がそうかい?」

「あ、はい。この子が前に話したリリです」

「は、初めましてっ」


向けられる視線にリリは転がるように椅子を降りて、地面に立った。慌てて一礼をする。
ヘスティアがこの場に同席することになったのは、元々彼女自身が言い出したことだった。
彼女の神意は明らかだ。
つまり、自分の眷族に関わるサポーターをこの目で確かめようというのだ。
彼女に認められなければ、リリはベルとのパーティ解消もありうるかもしれない。
それを事前から察しているリリは、緊張した面差しでヘスティアと向かい合う。
だがそこで、ベルは思い出したように「あっ」と呟きをこぼした。


「いけない。神様の椅子を用意してもらってないや……」

「……! なぁにっ、気にすることはないさ! この客の数だ、代わりの椅子もないだろう! よし、ベル君座るんだっ、ボクは君の膝の上に座らせてもらうよ!」

「あはは、神様もそんな冗談を言うんですね。ちょっと待っていてください、店の人に頼んできますから」


笑いながらベルは去っていた。策謀を知らない純粋な子供の笑みだった。
置いてかれたヘスティアはしばし動きを止めていたかと思うと、へにゅん、とツインテールがしおれる。
哀愁を漂わせる後ろ姿にリリは戸惑いを隠せない。
声もかけられず、一瞬で緊張感がどこかへ行ってしまう。


「……ちょ、ちょうどいい。ベル君には最初から席を外してもらう予定だったんだ、何も問題はないさっ」

「は、はぁ」


強がりのように見えたが、リリは触れないことにした。
少し強張った頬を赤らめながら、ヘスティアはぴょんっとベルの座っていた席に腰かける。
リリもそれに倣った。


「じゃあ、早速付き合ってもらうよ。あの子もすぐ帰ってくるだろうしね。自己紹介なんかはいいだろう? 君もベル君からボクのことは聞いているだろうし」

「は、はい」


話の主導権を真っ先に握られていたことに気付いたのは、もう少し後のことだった。
パルゥムであり年幼く見えるリリと比べても、ヘスティアのあどけなさは遜色ない。本当に少女と幼女の境を揺れ動いている。
だが、かえってそのアンバランスさが、整い過ぎた容貌の美しさに拍車をかけていた。
いじらしくあり、凛々しくもある。まるで矛盾した二つの美を内包させ両立させてしまったような。
日傘を掠めて届いてくる日の光を浴びて、漆黒の髪が艶を帯びていた。


「率直に聞くよ。サポーター君、君はまだ打算を働かせているかい?」

――っ」


言葉違わず真っ直ぐに切り出された問いに、リリは動揺した。
ヘスティアは表情も瞳の色も常と変わらない。しかし、そこには神たらしめる威厳が確かにある。
リリは試されていることを知った。見極められていると。
リリの名前を呼んでもらえていないのが何よりの証拠だった。
これまでベルにしてきたことを考えれば当然の成り行きでもある。まず信用に足るホビットではないのだから。
だからリリは、嘘偽りなく己をぶつけることにした。


「ありえません。リリは、ベル様に助けられました。もう、あの人を裏切る真似なんかしたくない」


視線が混じり合う。
どちらも逸らそうとしない。周囲の喧騒が遠い場所に離れていく。
神の前では嘘はつけない。
どこかで聞いたことのあるその言葉が真実だということを、リリは全てを見透かしているような神の瞳を前にして悟った。
彼女達がその気になれば、下界の者の嘘は全て看破されるのだ。


「……うん、わかった。君のその言葉は、まず信じよう」


リリにとって長い時間が終わりを告げた。
肺に溜めた空気を一気に解放するのを堪えながら、ゆっくりと肩の力を抜いていく。
ヘスティアの方は一呼吸を置いて、その後も姿勢を崩さず発言を続ける。


「サポーター君、ボクはベル君のことを大事に思ってる。あの子なら目に入れても痛くないと豪語できるほどにね。あの子はボクの初めての家族だ、失いたくないというのが心からの本音だよ」


突然の吐露に不意を打たれつつ、リリはすぐに聞く姿勢を作る。
小柄な神はなおも言葉を継いだ。


「ベル君に話を聞いて、君の境遇は概ね把握してるつもりだ。何故泥棒まがいのことをやっていたのかも含めてね」

「……」

「君に安い同情をするつもりはないし、それは無駄だと思ってる。だから過ぎたことに何も言うつもりはない。……ただ」


本題だ、と言うようにヘスティアは言葉を溜めた。
双眸からリリ以外のものを全て取り除いて、言う。


「もし同じことを繰り返して、あまつさえあの子を危険に晒したら……ボクは君のことをただじゃあおかないからな」


――リリは体を硬直させた。
呼吸の仕方が一瞬わからなくなる。
忘れていた。
目の前の少女は、自分達の身近にいる彼等彼女達は、人知を越えた『神』という存在であるということを。
リリは愚か、この都市を一瞬で灰塵に帰す力を持った超越存在だということを、当たり前すぎていて忘れていた。
神の瞳に射竦められ、心臓を鷲掴みにされる中、それでももうぶれることのない想いを支えにして、リリは前を見据えながら口を開いた。


「……誓います。もう二度とあのようなことはしないと。ベル様にも、ヘスティア様にも……何より、リリ自身に」


何も知らない街の活気が賑やかに流れていく。
無言を交わす二人の時間は、ヘスティアが瞑目することで終わりを告げた。瞬きをした彼女は「わかったよ」というように視線を飛ばし、リリの方はもう我慢できず脱力する。テーブルの上に突っ伏しそうになった。

リリに釘を刺したヘスティアはそれから、その豊満な胸の前で腕を組み押し黙っていた。何故か急激にむっつりし出している。
自分にはないものを見せつけられ、うぐっと詰まりながら、リリは居心地の悪い空間に体を小さくさせた。
どうしてヘスティアがこうまでご機嫌斜めなのかはわからないが、他方で、彼女もまたベルのことを大事に思っていることを肌で感じる。
どちらも思いやっている神と眷族との関係を、羨ましいと、少しだけそう思ってしまった。


「……サポーター君、正直に言うよ」

「は、はいっ」

「ボクは君のことが嫌いだ。ベル君に付き纏ってほしくないと思ってる」

「!」


リリが目を見開く間にもヘスティアは声を連ねた。


「当たり前だろう。話を聞いた時から君に対するボクの心証は最悪さ。ベル君の人の良さに付けこんで好き放題たぶらかして、あまつさえ手の平を返したように今では取り入ろうとして。何が目的だ、この泥棒猫めっ」


【シンダー・エラ】によって生えている獣耳がビクリと揺れる。
言い得て妙だとも思ったが、少し違うような、とリリは汗を流しながら思った。
ぐわっ、と揺らぎ出すツインテールに僅かに仰け反りながら、何故か神の私怨を感じ取ってしまった。


「大体さっきから何だい? 会った時からずっとしょぼくれたような顔をして。見ているこっちがほとほと憂鬱になってくるよ」


まるでお前の顔を見ていると飯が不味くなるというような言われようだった。
目を尖らせたヘスティアの言葉は止まらない。


「大方、ベル君のことを考えていたんだろう?」

「っ!」

「何故わかったかって? ふんっ、いつも鏡の前で似たような顔を見ているからさっ。あー、やっぱり嫌だっ、君をベル君の側になんか置きたくないっ!」


ついには、えも言えない雰囲気がヘスティアの背中から立ち昇りはじめた。
ツインテールがうねうねと蠢いている。
ぎょっと目を剥いた周囲の客が途端に距離を取り始める中、リリは半泣きしそうになる。


「優しいベル君に助けられて、心を入れ替えたなんて言っている君のことだ、どうせ今度はあの子が優し過ぎて、困り果てているんだろう?」

「!?」

「あの子が君に何もしようとしないから、君は罪悪感に潰れそうなんだ。ボクから言わせればそれはただの甘えだね。本当に嫌な奴だ、君はっ」


とうとうヘスティアは、はっきりと非難を始めた。
やや目を据わらせながら、ぐうの音も出ないリリを見つめる。


「それならいいだろう、ボクがベル君の代わりに君を裁いてやる。言っておくけど拒否権なんてないぜ。疑似『神の審判』だ、光栄に思うといいさ」


ふんっと鼻を鳴らしヘスティアはふんぞり返る。
怯みっぱなしのリリはかろうじて頷くことしかできなかった。
むしろベルの主神である彼女に言い渡されるなら、という思う気持ちもあったのかもしれない。

リリは落ち着きなく次の瞬間を待った。
ヘスティアの方はというと、ぐぎぎっと口をあらん限りに引き結びながら、どこか苦心するようにして、その言葉を吐息とともに吐き出した。


「ベル君の、面倒を見てやってくれ」

「……えっ?」


思いきり「ぶすっ」としながらヘスティアは続ける。


「言っとくけど、君のためなんかじゃないんだからな。ボクは今回の話をあの子の口から聞いて、つくづくベル君が心配になったんだ。というか、確信した。……騙される、と」

「……」

「だから君に頼むんだ。変な奴に引っかからないように常に目を光らせてくれ。お目付役さ」


リリは今度こそ驚いた。思考がまとまらないまま何か言い返そうとしたが、かなわない。
目の前の瞳が口応えを許さなかったからだ。
ヘスティアは語調を強める。


「そもそも、断罪なんて生意気なこと言ってるんじゃないよ。いまどき神だってそんなことしないぜ? 罪悪感なんて、結局自分が自分のことを許せるか許せないかでしかないんだ」


それをベルに求めるな、とヘスティアは眼差しを強くする。


「あの子に後ろめたいことがあるなら、自分が満足するまで恩を返せばいい。当たり前だろう。それが誠意だ、真心だ、けじめだ。君が心を入れ替えたというのなら、行動で証明してみせろ」


一気に浴びせられた言葉はそこで終わった。
辛辣にも聞こえる女神の神意に、リリは頭を垂れる。

神ヘスティアはリリにチャンスをくれているのだ。いっそ慈悲深いまでに。
彼女は寛大だ。同時に人格者だ。
先程までの非難は彼女の偽りのない本音だろう。それでいてなお、リリにベルのもとへいることを許している。
いかなる者でも慈心を恵む、嘆願の庇護者。
その温情に感謝しながら、自分のことを真っ直ぐ見守るヘスティアに、リリは黙って一礼した。
彼女達の間で、森の泉に浮かぶような静寂が流れる。


「ごめんなさーいっ、遅くなりましたぁー!」

「……パーティの加入は許可する。あの子のお守も任せた。けどっ、くれぐれもっ、出過ぎた真似はしないようにッ」

「はっ?」


静寂を破ったヘスティアの重苦しい“警告”に、リリは目を丸くした。
真意を尋ねる前にベルが椅子を持ってリリ達のテーブルへと帰還する。
頻りに謝ろうとする彼の言葉をみなまで言わせず、ヘスティアはその腕を取って自分のもとに引き寄せた。


――なっ」

「神様……?」

「さて改めて……初めまして、サポーター君。“ボクの”ベル君が世話になっていたようだね」


「ボクの」を強調させてのたまるヘスティア。纏う雰囲気はがらりと一変していた。まるで縄張りを守る虎のごときだ。
リリはぎょっとして、そのヘスティアの牽制に頬を引き攣らせる。手を出したら食うぞ、と視線が物語っていた。

彼女は神だ。寛大で人格者で、崇めるに相応しい気高い存在だ。
しかしそれ以上に、子供だ。
というか――敵ダ。
わざわざベルの腕を自分のものに絡ませ、わざわざベルの前で仕切り直してくるその“意趣返し”に、リリは後頭部に青筋を立てた。
忠誠に近い感情を彼女へ預けたリリだが、“こればっかり”は話は別。
ぱしっ! とベルの反対の手を両手で握って引き寄せる。
射殺さんばかりに鋭くなったヘスティアの視線に、リリは真っ向から迎え撃った。


「シシシシッ。いえいえ、こちらこそ。“リリにはお優しい”ベル様には、いつも良くしてもらっていますから」

「……ッ!」


かたや幼女、かたや幼女。
外見はいじらしく可愛い幼子のそれでありながら、二人は女の顔をして睨み合う。
座っているイスから地面に足もつかない彼女達は、バチバチと火花を散らし合った。


(かっ、神様ぁあああああああ!?)


腕に押しつけられた双丘もとい非常事態によってベルは今、自分の眼前で何が起きているのかもわからない。パニックの極みだ。
小さい彼女達の前哨戦は、ひとまず神が先制を奪うのだった。


「くっ、さすが神様……! 腐ろうが神ということですね……!」

「何が言いたいのかな、パルゥム君っ……?」



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