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2023.11.16

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第44話
冒険の意味を③

「えっと、リリ。それで、これからのことなんだけど……」


一悶着の後、ベルが口を切った。
落ち着きを取り戻した各自がテーブルにつく中、今は黄金色に染まっているリリの瞳が、不思議そうにベルの方を見る。


「リリは今、ホーム……寝泊まりする家がないんだよね?」

「はい。前からそうですが、安宿を転々としています」


「ここ最近はお金が底をついて危なかったんですけど」と恥ずかしそうに笑うリリを尻目に、ベルはこっそりヘスティアに目配せする。
彼女はぶすぅとしながらもしっかりと頷いた。


「リリ、もしよかったら……僕達のホームに来ない?」

「……え?」

「というか、【ヘスティア・ファミリア】に入らないかな? まだ神様と僕しかいないけど……」


リリがもう【ソーマ・ファミリア】でやっていけないだろうことは、ベルにだってわかる。
リリが【ファミリア】内で孤立気味だったことに加え、あの先日の事件だ。【ソーマ・ファミリア】に彼女の居場所は既にないと言っていい。リリの胸中も想像に難くなかった。
ならいっそ、とベルは思ったのだ。
彼女を独りにさせるくらいなら自分達のホームに迎えたいと。むしろ彼自身の希望でもある。
リリを見定めたヘスティアから目立った反対もなく、後はリリ自身が頷くのを残すのみだ。
リリは瞳を大きく見開いて、驚きの表情でヘスティアの方を見た。


「……ヘスティア様、よろしいんですか? ヘスティア様はリリのことを……」

「ふ、ふんっ……勘違いしないでくれよ? いくら嫌いなやつでも、身寄りのない子供を放っておくのはボクの存在意義に関わるんだ。再就職先が見つかるまで、少し面倒を見てやろうと思っていただけさっ」


ヘスティアは頬を染めて顔を背けた。
ベルは主神の素直じゃない姿に苦笑する。
リリはその光景にクスリと穏やかな笑みを漏らした後、ゆっくりと、顔を横に振った。


「ありがとうございます、ベル様、ヘスティア様。そのお気持ちだけでリリは十分です」

「え……ど、どうして!?」

「これ以上お二人の優しさに溺れることが心苦しいのと……リリはまだ、【ソーマ・ファミリア】の一員ですから」


唖然とするベルにリリは淡く笑いかけながら、肩の上からそっと背中に手を伸ばす。
彼女の背に刻まれているだろう【ステイタス】の存在に、ヘスティアも眉をひそめた。


「まだ【ソーマ・ファミリア】の構成員であるリリは、ベル様達のホームには行けません。もしリリがベル様達のホームに通っていることがバレてしまえば、いらぬ火の粉が確実にお二人に及びます。そんなことになってしまったら、リリは耐えられません」

「ぼ、僕は別にそんなことっ……ぁ」


食い下がろうとするベルだったが、何かを思い出したように止まる。
ことは彼一人の問題ではない。そこには巻き込んでしまう者が確かにいる
ベルは眉間に皺を集めながら、何かを考え込んでいるヘスティアの方を見た。


「パルゥム君、【ソーマ・ファミリア】脱退の条件は、いや脱退自体は禁止されているのかい? 君の主神は何て言っているんだ?」

「ソーマ様はこれと明言しているわけではないのですが……多額のお金が必要になってくると思います」

「金か……」


人員に次いで、資金は【ヘスティア・ファミリア】に圧倒的に不足しているものの一つだ。
ベルの著しいダンジョン進捗状況もあって、約一月前に比べれば遥かに潤沢になっているが、やはりそれも生半可に過ぎる。せいぜい十万ヴァリスそこそこが支払い能力の限界だ。
それにもしヘスティア達が脱会金を立て替えることができたとしても、リリは決して受け取らないだろう。


「あの……【ファミリア】から抜けることって、そんなに難しいんですか? 僕の知っている人で、何人か【ファミリア】から脱退している人がいますけど……」

「その主神次第だね。構成員の申し出を受け入れてくれる神もいれば、取り合わない神もいる」


【ファミリア】の脱退は、抜ける側の当人だけではなく、抜けられる側の【ファミリア】側にもリスクが付きまとう。
情報漏洩はその最たる例だ。もし脱退した構成員が他の【ファミリア】に移籍した場合、旧【ファミリア】の機密が流出する事態が起こる。無所属フリーでいようとも、その者の口が軽ければ情報はタダ漏れだ。
脱退式が行われる際、その【ファミリア】の主神と構成員の間では厳重な契約と儀式が執行されるのが常である。
どんなに放縦な神でも、【ファミリア】の最低限の管理だけはデリケートに行っているものなので、大概の場合、神々は構成員の脱退を嫌っている。


「君のその知り合いも、案外“人には言えない事情”っていう子が多いかもしれないよ?」


リリのことを一度見やってからそのように告げてくるヘスティアに、ベルも彼女の言わんとしていることがわかった。
リリと同じ、【ファミリア】に所属しつつ脱退……つまり、脱走状態。
野良猫ならぬ、野良の冒険者だ。
神の許しを受けている『豊穣の女主人』のミアはともかく、シルが言葉を濁していたリューは、もしかしたらそれが当てはまるのかもしれない。
聞けば、そのような者には捕えるにしても口を封じるにしても、【ファミリア】の方から刺客が放たれるのだと言う。

途端に【ファミリア】という響きが物騒なものに思えてきて、ベルは二の腕を擦った。
もしあの店に身を隠しているのだとしたら、間違ってもリューを【ヘスティア・ファミリア】に誘うことはできないと、ベルは心の中で一人思った。


「……自分の意思で【ファミリア】に入った人じゃなくても、そうなっちゃうんですか?」

「シシシシッ。貴族の子は貴族、農民の子は農民。つまりそういうことです、ベル様」


【ファミリア】の構成員の間で子ができれば、その子供が【ファミリア】に入団するのは義務だ。
主神にしてみれば、己の分身を作った時点でそれは親の責任、自分は望んでいなかっただのどうだの子供が騒ぎ出しても関与するところではない。
突き放した言い方をしてしまえば、神の知ったことではないのだ。
脱退が認められるかは、結局、その神の度量次第。善良な神に恵まれるか否か。
運がなければ、ある神には代償を求められ、ある神には無理難題を課せられニヤニヤと成り行きを見守られる。
ベルは複雑そうな顔で、笑っているリリを見つめた。


「ソーマの協力が得られないのなら、恩恵の引き継ぎもできない……改宗コンバージョンも無理か」

「そうなりますね……」

「けど、君もこのままでいるつもりはないんだろう? いつか打診しに行くつもりかい?」

「はい。今はまだ無理だと思いますけど、折を見てソーマ様のもとへ足を運ぼうと思います。いい返事が聞けるかどうかはわかりませんが……」


それきり話が途切れた。
それぞれが思い詰めたような顔を浮かべる。
うららかな陽光が少々無神経に照る中、ベルは顔を上げてリリに向かって尋ねる。


「じゃあリリ、これからどうするの? またバベルとか、他の宿に一人で……?」

「実は顔馴染みのお店……まぁ“リリ”にとっては正確には違うんですけど、ともかく、ちょっと気を許せるノームのお爺さんがいるので、そこでしばらくお世話になろうかと思っています。あ、勿論働きますよ? なるべく変身も使わないで、ちゃんと認めてもらうように努力します」


明るく言うリリの言葉に、ひとまず当てがあるとわかったベルは安心を得る。
リリを一人にするのは見過ごせなかったが、そういうことならば大丈夫だろう。


(今度、エイナさんとも話した方がいいよね……)


話がどう転がるかはわからないが、エイナに一度相談しておいた方がいいだろうとベルは考える。
情けない話だが、【ソーマ・ファミリア】の問題はエイナの手を借りないことには何も状況が進みそうにない。
【ファミリア】が他所の【ファミリア】の事情に干渉することはタブーだ。面子の問題もあるが、どこの【ファミリア】も自分達の領域テリトリを荒らされたくないのである。
小難しいルールが定められていない各【ファミリア】の間でも、こればっかりは鉄の掟だった。

【ヘスティア・ファミリア】は実際に【ソーマ・ファミリア】に危害を加えられたわけでもない。弾劾することは勿論、訴えることも不可能だ。
いちゃもんをつけたとして手痛いしっぺ返しが待ち受けていることだろう。
『気に食わなければ潰す』……【ファミリア】の世界ではこの法則が存分に成り立つのだが、事実上ベルだけで支えている【ヘスティア・ファミリア】と中堅規模の【ソーマ・ファミリア】が争うことになれば、どちらが潰されるかなど火を見るより明らかだった。

そしてまた、ギルドもよっぽど大きな案件でなければ【ファミリア】の問題に対しては動かない。
彼等はダンジョン……オラリオの管理者であって、冒険者のための機関ではないのだ。
ギルドが冒険者をサポートするのは、あくまでダンジョンから生まれる利益を効率良く回収するために過ぎない。冒険者やサポーターの個人間のトラブルは本来ならば受け合うことはない。のである
エイナの人の良さに甘えてしまっていると、ベルはこめかみを片手で押さえた。


「おいおい、そんな押しかける真似して平気なのかい? 何だったら、ボクのバイト先を紹介してあげようか?」

「シシシシッ。リリはジャガ丸くんの魔石点火装置の扱いを間違えて、露店ごと大爆発させる真似だけは御免なので、丁重にお断りさせてもらいます」

「なぜそれを知っているッ!?」

「つい先程周囲の喧騒から拾ったのですが、ロリ神の祟りこと、西通りの天災の噂はこの界隈でも有名なのだとか……」

「うわああああああああっ!? ベル君の前でバラすなぁああああああああああ!!」

「むぐぐぐうっ!?」


でもまぁ、ともベルは思う。
いま目の前で神とふざけ合い、笑っている女の子ためなら、この白い頭で良かったらいくらでも下げようと。
ベルはようやく本当の笑みを咲かせているリリを見守りながら、相好を崩すのだった。



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