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2023.10.26

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第41話
リセット⑨

「……は、はははっ」


仰向けのままダンジョンの天井を見上げながら、リリは壊れたように笑った。キラーアント達が足並みを揃えて彼女のもとに反転する。
最後の最後でこれかと、リリは無性に笑いたくなった。
やはり冒険者は信用ならない。
もしこの仕打ちが因果応報と言うのなら、あまりにもあんまりだと、リリは思う。


『ギシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


数え切れないキラーアントが、ぽっかりと空いているリリの周囲に詰めてくる。
リリの投げられた場所は通路が唯一ない、一面が壁に面した空間。
壁面を背にする形で、リリは虫のモンスター達に取り囲まれた。


「……悔しい、なぁ」


ぽつりと呟かれた言葉がキラーアントの足音に踏み潰されていく。
専門職のサポーター。蔑視の対象。
欠損しても冒険者は痛くも痒くも思わないただの荷物持ち。役立たず。
一人では何もできないリリの天職。まさに、リリそのものだ。
愚図な自分。
リリは、リリのことが一番嫌いだった。


「神様、どうして……」


リリは誰かに呼ばれたかった。リリは誰かに頼られたかった。
利用されるのではなく、必要とされたかった。
弱い自分は嫌いだった。他人の手で人生を左右される自分のことが大嫌いだった。
リリは、リリではない誰かになりたかった。
発現した魔法も、きっとリリのそんな思いが形になって現れたのだ。


「どうして、リリを、こんなリリにしたんですか……?」


これまで何度死のうと考えたかわからない。
神のもとへ還り、何度リセットを望んだのか覚えていない。
リリは今の自分ではない、もっとマシな、別のリリになりたかったのだ。
弱虫なリリは、結局そこまで踏み出すことはできなかったが。
リリは心のどこかで、己のリセットを望み続けてきた。


「ギシュゥゥゥゥッ……!」

「……そうですね。もう、関係ないですね」


モンスター達が作る半円形の空間が狭まっていく。キラーアントの波が蠢きながら詰め寄ってくる。
頬を地面につけて横を向いたリリは、諦念にまみれた笑みを浮かべた。
横になった視界の中で、一匹のキラーアントが大きくなってくる。
最期が目前に迫っていた。


「……寂しかったなぁ」


ぽろりと口から転がった言葉に、リリは驚いた。
最後の最後でこぼれた胸の中の本音。
そうか、自分は寂しかったのか。
誰からも必要とされてないことにはもう慣れていた。
慣れてはいたが、寂しさが消えることはなかったのだ。
寂しい。
誰も頼れず誰からも頼られなかったことが、寂しかった。
独りでいることは慣れてしまったけど、寂しかった。


「そうですか、リリは……」


誰かと一緒に居たかったのだ。
ようやく認めることのできた胸の内の気持ちに、リリは自嘲した。


「ギシュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


キラーアントが爪を振りかぶる。ダンジョンの天井から降る燐光を浴びて、ギラリと輝いた。
もうさよなら。
やっと死ねる。やっと終わる。やっと天に還れる。
ようやく、ようやくリセットだ。
何もできない自分を止められる。弱い自分を終わらせることができる。
誰も助けてくれない自分を、何の価値もない自分を、寂しい自分を、やっと、リセットすることができる。


(あぁ、リリはやっと……)


……やっと、一緒にいてくれる誰かを見つけられそうだったのに。


(やっと…………死んでしまうんですか?)


リリは泣き笑いを浮かべた。
そして、


「ファイアボルトオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


爆炎。


「……え?」


緋色の炎が、ルームに立ち昇った。


「リリィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」


リリを呼ぶ声がキラーアントの群れを引き裂く。
爆炎が爆炎を生む轟音。突如として始まった後方からの襲撃に、キラーアント達は慌てふためいて方向転換しようとするが、互いの体が阻害しあって身動きがとれない。
立て続けに炸裂する火炎は穿孔機のように虫の大群を抉り、リリの見開いた目にもはっきりとその炎の雷が見えた瞬間……白髪の少年が、モンスターの壁を割って飛び出してきた。


「どけえええええええッ!」

「ギガッ!?」


短剣と短刀を振りまわす少年、ベルは、強引にキラーアントの群れを退けた。
リリの側で腕を振り上げたまま固まっていた一匹に肉薄し、瞬時に首を刈る。


「リリッ! 大丈夫、ねえ!? 僕のことわかる!?」

「…………」


自分の体を抱く人物が、リリには最初わからなかった。
瞳が動揺に震えている。肩を掴む指が痛いくらいに握りしめられていた。
慌てながら取り出されたポーションが、口元に寄せられる。
縋るような眼差しを向けられてリリはゆっくりと口を開き、その青い液体を飲みほした。
すぐに、けほっ、けほっ、と可愛らしい咳が響く。


「……ベル、さま?」

「そうだよっ。無事、だよね?」


先程のリリのように涙ぐむベルは、笑いながら声を上擦らせていた。
先程まで寒かったリリの胸が痛いくらいに締めつけられ、熱くなる。
ベルはリリの安否を確認すると、すぐに顔を上げた。
鋭い双眸が依然として蠢くモンスターの群れに向けられる。
リリは無意識にその小さな手を動かし、懐に隠していた漆黒のナイフをベルのもとに差し出した。
彼は相好を崩してそのナイフを受け取る。


「いつもみたいに待ってて?」


最後にそう言って、ベルは立ち上がった。
怒りの啼き声がルームのそこら中を木霊している。あちこちで上がっている炎はベルの魔法の残滓だ。
これ以上のない孤立無援。
ベル達を完全包囲するキラーアントのその数なんと三十。更に通路の奥からまだ量産されてくる。
今にも飛びかかってきそうなモンスターの一群に、しかしベルは怖じけない。
先日までのベルなら間違いなくその数の多寡に屈していた相手。いや、今でさえまともにやり合っては太刀打ちすることはかなわない。
しかし、今のベルには『魔法』がある。


「いくぞっ……!」


レッグホルスターから柑橘色の液体が詰まった試験管を取り出す。
最近ようやく魔法制限に関わる精神力マインドの存在を知ったベルが、決死の覚悟で購入した価格8700ヴァリスの切り札。
『マジックポーション』。精神力回復特効薬。
ベルは栓を抜いて一気に嚥下した。


「……グシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

「ッッ!」


一匹のキラーアントが駆け出した瞬間、ベルも右腕を正面に構える。


「ファイアボルトーーーーーーーッ!!」


炎の稲光が炸裂した瞬間、キラーアントは爆砕され吹き飛ばされた。
一斉に動き出したモンスター達にベルは咆哮を連ねる。
炎雷の速射砲。
ベルが叫ぶ度、猛り狂った炎が走り抜けダンジョンを煌々と照らし出す。
緋色の雷は確実にキラーアント一体を葬り去り、時には二体まとめて串刺しにする。
爆風の余波を受け、キラーアント達はベルに取りつくことを許されない。
圧倒的な数の差を、魔法の恩恵が覆す。


「あああああああああああああああああああッ!!」


その数を激減させたキラーアントの集団にベルは武器を装備した。
《ヘスティア・ナイフ》と《短刀》を両手に持ち、満身創痍の体の敵軍へぶち当たる。
ナイフから発せられる紫紺の輝きが走る度、キラーアントの首が、胴が宙を飛んだ。


「……」


リリがその光景を半ば呆然としながら見守っていた。
白い影が駆け抜ける度に化物達は蹂躙され、瞬く間に体液を迸らせ事切れていく。
速くて、鋭くて、強い。
気が付くと、あれだけいたキラーアントの大群は動かなくなっており、ルームに立っているのは少年一人だけになっていた。
二刀のナイフを鞘に戻すベルは、自身も安堵したような表情で振り返り、リリのもとへ小走りでやって来た。


「……して」

「え? 何、リリ?」

「どうしてですか?」


リリの口は勝手に動いていた。
他に何か言うことがある筈なのに、それとは別の言葉がこぼれていた。


「何でリリを助けたんですか? どうしてベル様は、リリを見捨てようとしないんですかっ?」

「……ええぇ?」

「まさかご自分が騙されていたことに気付いていないんですかっ? リリがベル様を驚かしてやろうとナイフを持っていったなんて、そんな馬鹿なことを考えているんですか!?」


間抜けな顔をするベルにリリはとうとう声を荒げていた。
自制の利かない感情が口をついて出てくる。


「ベル様って何なんですか! 馬鹿なんですか! 死ぬんですか!? 救いようのない阿呆なんですか!?」

「死っ……!? ちょ、リリっ、落ち着いて……!?」

「無理です!! ベル様は何も気付いていらっしゃらないでしょう! リリは換金の際にお金をちょろまかしていました! ベル様とリリの分け前は半々などではなく4:6です! 後から調子に乗って3:7にした時だってありました! アイテムのお使いを頼まれた時も定価の倍以上の代金の額をベル様に吹きかけました! 合計十二品もです! 盗む食指もわかない装備品やアイテムのしょぼさに失望したことなんて数え切れません!!」


次々と暴露される事実にベルは口をひくつかせる。
リリの声は止まらない。
頭の片隅がもう止めてと必死に訴えてくるが、どうしても告白することを止められなかった。


「これでわかりましたか!? リリは悪いやつです! 盗人です! サポーターの風上にもおけない最低のパルゥムです!」

「え、えと……」

「それでもっ……それでもベル様は、リリを助けるんですか!?」

「う、うん」

「どうしてっ!?」


息を切らしながらリリはベルを見つめた。
少年が次に言う言葉に何を期待しているのか、リリ自身わからなかった。
ただ心臓が馬鹿みたいに動悸を抱えている。
ベルは面食らったような顔をしてから、頬に指をやって困ったように言った。


「お、女の子だから?」


――かぁっ、と全身が熱で湯だった。
グッと眉が怒りの角度に持ち上がる。
何故かはわからないが、体がぐつぐつと煮え滾る。
何故かはわからないが、言葉では説明できない感情が募りに募る。
意味がわからない不満が爆発した。


「ばかぁっ! ベル様の馬鹿ぁぁッ!! またそんなことを言ってっ、あの時と同じじゃないですか!? ベル様は女性の方だったら誰でも助けるんですか!? 信じられませんっ、最低ですっ! ベル様のすけこましっ、女ったらしっ、好色漢っ、女の敵ぃいいいい!!」


口走っている自分が何故か涙ぐみそうになっていた。
そんなことを言える立場ではないのに、目の前の少年に不満をぶつけていく。
不満。何が不満なのだ。助けられておいて、一体全体何が不満だというのか。
もう、わけがわからない。
ベルはリリの非難の嵐をたじろいで受け止めていたが、やがてリリが息も絶え絶えになると。
本当に困ったように眉を下げて笑みを浮かべ、傷が消えたリリの頭に手を添えた。


「じゃあ、リリだからだよ」

――


焦げ茶色の瞳が一杯に見開かれた。


「僕、リリだから助けたかったんだ。リリだから、いなくなってほしくなかったんだ」

「……ふ、えっ……!」

「理由なんてさ、見つけられないよ。リリを助けることに、理由なんて……」


涙腺が決壊する。
大粒の涙がぐしゃぐしゃになった瞳からぽろぽろ溢れ出てきた。
リリは我慢することもできず、声を出して泣き出した。


「うえっ、うええええええええええええぇぇぇぇ……っ!」

「リリ。困ってることがあったら、相談してよ。僕ってバカだから、言ってくれなきゃわからないんだ」

「ひぅっ……! うああああああぁぁっ……!」

「ちゃんと、助けるから」


少年のお腹に抱きついた。
鉄色の鎧が抱擁を邪魔するが、どうでもよかった。背後に回した手で思いきりかき抱く。
頭の後ろと背中に置かれた温かい手の平が、何度もリリをしゃくりあげさせた。
知っていた。気付いていた。
ベルが自分のことを思って駆け付けてきてくれたなんてことは。
纏う軽装はあちこちへこんでいて、傷だらけで。
肌には掠り傷がいくつもついている。
モンスター達を無理矢理倒し、かきわけて、必死にここまで来てくれたなんてことは、わかっていた。
呼んでほしかった。言って欲しかった。認めてほしかった。
リリが大っ嫌いなリリのことを、受け入れてほしかった。


「ごめっ、ごめんっ……ごめん、なさいっ……!」

「……うん」


いつまでもどこまでも涙声は響き続けた。
虫の死骸が散乱する殺風景な一角。にもかかわらず、その絵は神達が見ていたなら涙をちょちょ切れさせる光景だった。
小人を抱きしめるヒューマンは、苦笑しながら、ずっと顔を綻ばせ続けていた。




























ベルはバベルへと歩んでいた。
空は快晴。いつか誰かに突然声をかけられた日と同じように、雲一つなく晴れ渡っている。
あれから二日。
リリと別れてから、音沙汰がすっかり無くなっていた。
宿泊施設からも荷物は引き払われ完璧な音信不通。【ソーマ・ファミリア】に足を運んでも得るものはなく、リリはベルの前から姿を消したことになる。

心配と不安は感じている。
あてもなく都市中を探し回ろうと思ったことも何度か。
しかしベルは同時に、何となく思っていた。
近いうちに会えるだろう、と。
本当に何となくそう思って、こうしていつもの自分のサイクルをなぞる真似をしている。
自分を見つけてもらえるように。


「!」


ベルは足を止めた。そしてすぐに動かし出した。
北西を向くバベルの門。そこに、小さくちょこんとたたずむ、クリーム色の外套。
背負ったバックパックの肩の帯に手をやって、うつむき加減。
前髪は取り払われ、円らで可愛らしい瞳が、日の下に晒されている。
足早になる歩みを我慢して少女のもとへ向かった。驚かさないように、刺激しないように。
やがてパルゥムの彼女もこちらの存在に気付く。
可哀相なくらい肩を上下させて、小さく身じろぎを繰り返す。


「……」

「……」


互いに手を伸ばせば届く位置までやって来た。
リリは顔を上げて、何度も口を開けようとして、またすぐにうつむいてしまう。
最初の一声が掴めないようだった。彼女らしくない姿。
ベルはリリが喋れるようになるまで辛抱強く待っていたが、やがて苦笑して、自分から口を開いた。


「サポーターさん、サポーターさん。冒険者を探していませんか?」

「えっ?」


リリは顔を上げる。
目を丸くしているその焦げ茶色の瞳に、ベルは笑いかけた。


「混乱していますか? でも、今の状況は簡単ですよ? サポーターさんの手を借りたい半人前の冒険者が、自分を売り込みに来ているんです」


リリも気付いたようだった。
頬が温もりに染まり、ぐっと潤み出す瞳が喜びを湛えていく。
ベルは照れ臭そうに――実際、恥ずかしながら――右手を伸ばした。


「僕と一緒に、ダンジョンへもぐってくれないかな?」


今日からまたやり直し。
ベルとリリが本当に手を繋ぐ、二人だけの小さなパーティ。
二人の関係のリセット。
改めての、始まり。


――はいっ、リリを連れていってください!」


向日葵のような笑顔を浮かべ、リリは差し出された手に自分の手を重ねた。





















【リリルカ・アーデ】
所属:【ソーマ・ファミリア】
種族:パルゥム
ジョブ:サポーター
     ・到達階層:11階層
     ・武器:短刀 弓矢
所持金:300ヴァリス

【ステイタス】
Lv.0
力:I 46 耐久:I 42 器用:G 61 敏捷:G 85 魔力:F 17
《魔法》
【シンダー・エラ】
・変身魔法。
・変化効果は身体的特徴に限る。極端な体格変化は無効。
・変身像は詠唱時のイメージ依存。具体性欠乏の際は失敗ファンブル
・模倣推奨。
・詠唱式【貴方の刻印きずは私のもの。私の刻印は私のもの】
・解呪式【響く十二時のお告げ】
《スキル》
縁下力持エンノシタノチカラモチ
・一定以上の装備過重時における積載影響軽減。
・軽減補正は重量に比例。

短刀:I 50
弓矢:H 39

【装備】
≪リトル・バリスタ≫
・【ゴブニュ・ファミリア】作。パルゥムを始めとした小人専用装備。
・サイズに似合わない高威力が売り。ボルト式弾装により連射も手軽。ただし射程に難あり。
・別売りの矢によって破壊力および飛距離は変動。

≪サポーター・グローブ≫
・モンスターの死骸処理を目的としたサポーターの装備品。使い捨て。
・強力な胃酸等から皮膚を防ぐ。異常効果にも耐性あり。
・彩色バリエーション豊富。リリのお気に入りはブラウンカラー。



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