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2023.09.21

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第36話
リセット④

長邸。
言い表すならば、そんな言葉だった。


(聞いてはいたけど……流石、オラリオでも屈指のダンジョン系【ファミリア】のホーム……)


都市オラリオの最北端。
メインストリートから一つ外れた街路の脇にそれはあった。
狭い敷地面積に無理矢理築かれたような長大な館。高層の塔が槍衾のようにいくつも重なり、お互いを補完し合っている。各塔の屋根が剣山を作っていた。
赤銅色の館の高さは流石にバベルの足元にも及ばないが、見上げているだけで首が痛くなってくるほど。最も背の高い中央塔が、黒ずんだ天頂部分を夕闇の色に染めている。
炎から削り出されたような邸宅。
そんな表現がしっくり来た。


「リヴェリアさん、お帰りなさい」

「すいません、そちらの方は……ギルドの?」

「友人の娘なんだ。大目に見てやってほしい」


男女二名の門番に話をつけ、エイナはリヴェリアとともに通される。
並べば姉妹に違いない二人の外見であるが、その実、年の差は倍ほども離れている。
エルフは亜人の中でも比較的長寿の種族だ。


「あの、今更なんですけど……本当に良かったんですか?」

「何がだ?」

「ギルドに所属している私をホームへ招いたりなんかして……【ロキ・ファミリア】の部外秘の情報が、私を通して流れでもしたら……」

「できもしないことを言うな、エイナ。お前が腹に一物ある人物ならば最初から誘いなどはしない。それとも、お前はよっぽど私に侮辱されたいのか?」

「い、いえっ。そういうわけじゃあ……」


門をくぐると、視界に広がったのは意外にも緑の芝が繁茂する庭園だった。
といっても広いわけではなく、塔と塔の隙間にできた本当に最小限のものだ。
頭上を見上げてみると空がでこぼことした三日月状に切り取られており、景色の半分が高くそびえる壁面に埋め尽くされている。


「アイナは元気なのか? オラリオにいるわけではないだろう?」

「はい。母さんはまだあの街にいます。文通をしていますが、元気そうです」

「そうか」


言葉少なくとも温かな雰囲気を滲ませるリヴェリアに先導され、エイナは応接間に足を踏み入れた。
橙黄色を基調とした落ち着いた感じのする部屋で、通路にそのまま面している。高そうなソファーとクロスのかかった丸テーブルがいくつも配置されていた。
高級感はあるものの、応接室のそれというより憩いと団欒の間、という方が似合っている。
この空間を見ただけで、なんとなしに【ロキ・ファミリア】の中のムードを察した。


(へえ、いいなぁ、ちょっと住んでみたいかも。……ん?)


エイナが部屋を見渡していると一つの光景が目に入る。
こちらに背を向ける素材の柔らかそうなアームチェア、その背もたれに美しい金の塊がちょこんと乗っかっている。
いや違う、人の頭だ。
長い金髪が肘掛からはみ出ている。
椅子に座していた人物は、細い首をひねって、ゆっくりエイナ達の方を振り向いた。
すぐにエイナは息を呑んだ。


「おかえりなさい、リヴェリア」

「ああ、ただいま。アイズ」


エイナより一つ二つ年下の、童顔の少女。
以前、彼女が言葉にしたことがあるように、その容貌は溜息をつきたくなるほど美しかった。
アイズ・ヴァレンシュタイン。
ベルが想いを寄せる、金髪金眼の冒険者だ。


「その人は……誰ですか?」

「あっ……わ、私はっ」

「私の親戚のようなものだ。二人とも、挨拶でもしておけ」


勧められる通り、アイズはエイナから目を逸らさずはっきりと自分の名を告げた。
防具を身に着けていないアイズは温室育ちの令嬢のように見えた。細い線が形作る体は、とてもではないが【剣姫】などと謳われる歴戦の戦士には見えない。
純白のワンピースに包まれるスレンダーな体つきは華奢という印象が強く、あくまで標準ほどの胸が、かえって大きいものと感じられてしまう。
何も履いていない色白の素足は、アラバスターのように繊細で滑らかだった。

……落ち着かない。
エイナはアイズには悪いがそう思ってしまった。
ここで当事者達が顔を合わせているわけではないのに、ベルとアイズの間で板挟みに陥っているような感覚に襲われたのだ。
少しぎくしゃくしながらも、アイズと向き合う形でリヴェリアとともにテーブルを囲む。


「アイズ、消費したアイテムは揃えたのか? 十日後にはまた遠征だぞ」

「うん……明日、行くよ」


アームチェアに膝を抱えて座るアイズはぽつりと呟いた。鈴を転がしたような声がか細く応接間に響く。
ずっと前に自分へ向けられていたものと同じ、自身の子を見るかのようなリヴェリアの視線に驚きを感じながら、エイナは気にかかったことを小声で尋ねた。


「あの、リヴェリア様?」

「どうした?」

「何だかヴァレンシュタイン氏、落ち込んでいません……?」


白い生地に包まれた膝頭に、顔の半分をぽふと埋めている少女からは、少し元気が感じられなかった。長い金の髪も光沢が乏しく、しょぼん、といった感じ。
面識のなかったエイナでも気付けるくらいには、そう、落ち込んでいる。
そんなエイナの質問に対しリヴェリアは珍しく、くっくっ、と笑みを漏らしてみせた。


「なに、“気になっていた男”にどうやら逃げられたらしくてな」


余程面白いのかリヴェリアは肩を揺らし続けていたが、エイナにとってその発言は笑い事では片付けられない。
「あちゃー……」と片手で額を押さえ頭を痛める。どうやら可愛い弟分に春がやって来る見込みは低いようだ。
ベルには黙っていようと、今聞いたことは自分の中だけに封印するエイナだった。


「……リヴェリア様。それで、先程の件についてなんですが……」

「ああ、すまないな。今に呼ぼう」


一頻り笑ったリヴェリアは持ち帰ったサイドバックに手を伸ばす。
彼女が取り出したのは、あの『ソーマ』だった。


「えーと、リヴェリア様? 呼んでくださるんじゃあ……?」

「ここを立って探しに回っても手間だ。そもそも神出鬼没すぎて見つかるかもわからん。“来てもらう”方が確実だ」


はぁ、とエイナは生返事をした。リヴェリアの言っていることがイマイチわかりにくい。
リヴェリアは自分が購入した――【ロキ・ファミリア】への請求書一枚で全て買物を済ませてしまったのは鮮烈だった――酒の栓を抜く。
すぐに、酒には似つかわしくない独特な甘い香りが応接間を満たした。


「うわぁ……涼しい匂い」

「ふむ。嗅ぎ慣れているとはいえ、相変わらずだな」

「あの、本当に頂いちゃっていいんですか? やっぱりお金を支払った方が……」

「くどいぞ、エイナ。これまでの積もる話も聞かせてもらうんだ、駄賃代わりとして受け取っておけ。それに、私は酒は飲まん」


だったら尚更悪いんだけどなぁ、という本音を呟きつつ、エイナはリヴェリアの好意に甘えることにした。
出されたグラスを手にとって、程々に注がれる。
王族である彼女に注がせるなど身に余り過ぎて卒倒しそうになったが。


(うっわ……!)


グラスを傾けた瞬間、エイナは目を見開いた。
美味い。
美味過ぎる。
舌全体を痺れさせるような強烈な甘み、それでいてしつこくなく口溶けは滑らか。芳香が鼻腔をたちまち駆け抜けていく。
後味は爽やかで、最後の余韻まで意識そのものを翻弄してくる。まるで体の隅々まで染み渡っていくようだ。
これはリピーターが集まる筈だと、エイナは一口飲んだだけでそのことを悟った。


『この匂いはっ……!』


そして、エイナがソーマを口にしてからすぐに。
ダダダダッ、と“酒の匂いに釣られるように”、激しい足音が近付いてきた。


「お前、ソーマやなッ!?」


次の瞬間、なびく朱色の髪を振りかざし、リヴェリア達の主神ロキが姿を現した。
どこからともなく疾走し、通路の床を削る勢いでブレーキをかけた彼女は、すぐさま応接間へと飛び込む。
その瞳は獲物を狙う狩人のそれだ。


「来たな」

「来てもらうって、そういうことですか……」

「あー! やっぱりやぁ、やっぱりソーマやぁ! なに、リヴェリアがうちのために買ってきてくれたん!? かーっ、この親孝行もんめ!」


エイナは芳醇な香りを漂わせる手元のグラスを見下ろし、次にリヴェリアの目論見通り、見事誘い出されたロキへ視線を移す。
闇の中でも赤々と照るような朱色の髪と朱色の瞳。彫刻家が技術の粋をつぎ込んだような完璧な見目形は間違いなく神のそれだ。
細面の顔立ちは、今は尻尾をぶんぶんと振る犬のように輝いている。


「支払いをしたのは私だが、購入しようとしていたのは私でない」

「じゃあアイズか! さてはダンジョンから帰ってきてずっと落ち込んだ風に見せとったのも、このドッキリをやらかす前振りやったんやな! あぁもうマジクーデレ可愛えぇ、アイズたんモフモフさせてぇーーー!」


ぴょんっとロキはアイズ目がけ宙を飛ぶ。
真っ直ぐ自分のもとにダイブしてくる神に、アイズは無言で顎を引き、ブォンと頭突きを前に繰り出した。


「ぐぬえっ?!」

「……」


カウンター気味に入ったヘッドバットがロキの鼻柱に炸裂。
潰れたカエルのような声を出し、朱色の瞳がぐるんっと白目を剥く。
無意識のうちに迎撃を行ったアイズは、ロキの鼻を砕いた額をこしこしと擦った後、何でもなかったようにもとの状態に戻った。


「~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」

「あまり恥ずかしい姿を見せないでくれ、ロキ。【ファミリア】の沽券に関わる」

「ははは……」


鼻面を両手で押さえてゴロゴロ床を転がるロキに、エイナは苦笑い。
またアクの強い神が出てきたなぁ、とぼんやり思った。


「おぉっぅ……!? ……アイズたん、実はクーデレの皮を被ったツンデレやないかと最近うち思うんやけど、そこんとこどう思う?」

「同意を得たいならまず私にもわかる言葉で話せ。それより、土産を持ってきたのはこの子だ」


あ、そいうことにするのか。
と、エイナはリヴェリアの真意を悟る。
【ソーマ・ファミリア】の内情に精通している人物というのは、間違いなく、彼女達の主神であるこのロキであろう。
神に供物を捧げることで、質問に答えてもらおうというのだ。
正直、神へ直接意見を拝聴するなど気が引けるどころではなかったが、もう手段を選んではいられないと、エイナはこの時腹をくくった。


「んんぅ? 誰や、この子?」

「初めまして、神ロキ。私はエイナ・チュールと申します。この度は突然の来訪を……」

「ああ、そういうのええから。首の裏がかゆうなる。ぜひ止めて」


面倒くさそうに手をぱっぱっと振るロキは、ふと何かに気付いたように制服姿のエイナを見つめた。
右側の糸目を開いて、ニヤニヤと笑みを作る。


「何や、ギルドのもんがうちの【ファミリア】に接触してくるなんて……ウラノスのジジイ、中立とかほざきおって懐刀を備えておこうっちゅう、そういう腹か?」

「い、いえっ!? 私はっ……!」

「この子は私の客人だ。中傷など許さんぞ」

「あっ、そう。リヴェリアの客っちゅうんなら、間違いないんやろうなぁ。すまんなぁ、エイナちゃん。どうか堪忍して?」

「だ、大丈夫です。お気になさらずに……」


リヴェリアの静かな眼差しを受けて、ロキは毒気を抜かれたように肩をすくめ、苦笑。
彼女はどかっと乱暴にソファーへ腰を下ろした。


「ほな、建前とかはええ、サクサク行こうか。うちのオキニ持ってきてくれたってことは、何か聞きたいことでもあるんやろ?」

「……では、お言葉に甘えさせて、単刀直入に聞きます。【ソーマ・ファミリア】のことについて教えていただきたいのです」

ソーマだけに、か? ははっ、なるほどなぁ」


片手にソーマを持って、もう片手のグラスへ無作法に並々と注ぐ。
ぐいっとあおったロキは美味そうにぷはぁと息を吐き出し、ほんのり赤く染まった顔をエイナに向ける。


「一つ聞くんやけど、これってエイナちゃんの都合? ギルドがソーマんとこを嗅ぎ回ってるとか、そんなんやなくて?」

「はい、私情です。ギルドは取りわけ【ソーマ・ファミリア】をどうこうしようと考えているわけではありません」

「まぁ、そうやろうな。あそこは別段問題起こしとるわけでもないし」


今度は少しずつソーマを味わいながら、ロキは「ふむぅ」と唸る。


「うちもソーマのアホとは仲いいわけでもない、エイナちゃんの期待に応えられるかわからんけど……ええよ、ちょちょっと口を滑らせたげる。なに聞きたい?」

「……【ソーマ・ファミリア】を取り巻くあの異常性の原因について、何かご存じですか?」

「んっ、いきなり核心きたなぁ。……でも、どう説明したらええんやろ」


ロキはグラスを揺すりながら、その中で波をたてるソーマを見つめる。
少しの間を置いて、彼女はくいっとグラスの中身を飲み干した。


「よしっ、うちとソーマのなりそめを語っちゃろう! あ、ソーマって酒のソーマのことな? 間違ってもあのアホ神のことやないで?」

「は、はぁ」

「では……うちなぁ、酒が好きやねん。好きで好きで大好きで、一日も何件も店をはしごしまくって、色々な酒を飲み比べておってんね? そんである日……とうとう巡り会ったんや、このソーマに」


理解できん、とリヴェリアが嘆息して飲んだくれの神に半眼を送る。
ロキは構わず話を続けた。


「運命の出会いっちゅうやつ? 一口飲んだ瞬間に惚れ込んだわ! どっかの【ファミリア】が作ってようが関係あらへん、もう追っかけのごとくオラリオ中のソーマをかき集めてかき集めてかき集めて……それでなぁ、そんなことをしてる内に、面白いことを小耳に挟んでな?」

「面白いこと……?」



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