アニメ「ダンまち」シリーズポータルサイト アニメ「ダンまち」シリーズポータルサイト

2023.09.28

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第37話
リセット⑤

「信じられるか、エイナちゃん? この酒、失敗作なんやって」


「なっ……」と、エイナは奇しくもリリから話を聞いたベルと同じ反応を返してしまった。
ロキは笑みを深める。


「気になるやん、こんなに美味い失敗作を生み出す“完成品”ってやつ? そんでうち、ソーマんとこの【ファミリア】に直接乗り込んだんよ」


エイナは愕然とし、リヴェリアは今度こそ呆れ返る。
敵対していないとはいえ、神が他の本拠へ土足で入り込むなど、どうか襲ってくださいと言っているようなものだ。
神々の間にも暗黙の了解くらいはある。情報漏洩を防ぐ意味合いでも、他の【ファミリア】の者を易々とホームに侵入させるわけにはいかない。


「『ソーマァ! うちや、結婚してくれー!』って玄関の前で叫んだんやけど、なんか寂しいくらいに全力でシカトされてなぁ……腹たったから、断りもなしに本当に入ってしもうたんや」


頭が痛くなってきた。エイナはよろめく頭部をおさえる。
一方で、そこまで他の【ファミリア】の干渉に無関心な【ソーマ・ファミリア】に疑念を抱く。


「ガランとしててなぁ。人っ子一人いないんや。ホームにやで? みんな出払ってるってどういうこと? って、うちったらその時いよいよ薄気味悪く感じ始める……どころか、めっちゃウキウキし出してなぁ。鼻息荒くしてそこらへんを物色しまくったんや」

「……」

「頼む、ロキ。それ以上身内の恥を晒さないでくれ」

「グフフ、リヴェリアのいけず。まぁええ、探してみたところで本物のソーマどころか、何も見つからんかったし。それでいい加減うちも飽きてきて、帰ろうかなぁ思うたら……いたんよ、あのアホが」


その時の光景を思い出したのか、ロキはうつむいて笑みを噛み殺す。


「よぉ、ってうちが言ったら、あのアホ『いらっしゃい』とか抜かしてな? 言っとくけど初対面やで? うちにろくに目を向けないで、庭の方で何や知らんけど一人クワ持って畑を耕しておったん。後で聞いたんやけど、何でもソーマの原料が自家製の植物なんやって。あ、別にヤバイもんを肥料にしとるとかはないで?」


話してる間にもロキはソーマを口にし、頬を染めてほろ酔い加減になっていく。
声の調子が上がっていた。


「そんで、このソーマっちゅう神の外見がもう……アレでなぁ」

「アレ?」

「そう。こうひょろっとしたモヤシで、黒い前髪で目を隠した髪型で、いかにも優柔不断そうでヘタレ臭が漂うアレや。理由もないのに可愛い女の子達をはべらせてそうな、アレ」


どうしよう、意味がわからない。
エイナは汗をかく。


「しかも、ほれ、神やから結局イケメンやん? 髪の下の素顔は実はめちゃくちゃカッコええとか……ホントどこぞの主人公やお前は!! 幼馴染とか先輩を風が吹いただけでメロメロキュンさせとんじゃないわワレェ! あーくそっ、思い出しただけで虫唾が走ってきおったっ!」


がんっ、とテーブルに拳を打ちつけ出すロキに、エイナは本当にどうしようと困り果てた。
ロキの酔いは止まらない。


「しかも、しかもやでっ、エイナたん!」

「エ、エイナたん?」

「うちが本物のソーマを恵んでくれって、誠心誠意をこめて腰を折ったんよ! このうちがやで!? そしたらあのヘタレ、何て言ったと思う!?」


実際、ロキはソーマからは敵意の欠片も感じなかったのでイケルと思っていたらしい。一升くらいならなんとかなるだろうと。だから、油断していた。
人畜無害そうな神は、しかしその時は手を止めて真摯にロキと向き合い、言ったのだ。


『だが断る』


その時ばかりは強い意志を見せたらしい。


「ムッキャァー! ああいう輩にあんな台詞を言われるのが一番腹立つわぁッ!」

「……」

「ロキ、いい加減にしろ。話を脱線させてないで、早く本題に入れ」


ふぅふぅ、と息をしばらく荒くさせ、ロキは落ち着いた表情でソファーに座り直す。


「すまんすまん。そんで紆余曲折あったんやけど、あのアホからは【ファミリア】のことについて聞き出せてな。聞いたら普通に吐くわ吐くわ、馬鹿やろ? あいつホンマ【ファミリア】を運営するセンスはないわ。というか、最初からやる気がないやんな、きっと」


エイナは細い眉をぴくりと微動させた。
最初から、やる気がない……?
一体どのような思惑があるのかと疑問が頭をもたげる。


「エイナちゃん、あまり深く考えない方がええで? つまりソーマっちゅう神は、自分の“趣味”のことしか頭にないんや。よくいるやろ? 趣味に没頭して他のことにはなんも見えておらんやつ。あれを究極完全体にしたのがあのアホや。野望とか腹黒い魂胆なんて持っとるわけでもない、純粋に趣味に生きる純粋な趣味神やな」


「こう言うと、神の中でも悟りを開いた仙人みたいな奴やなぁ」と冗談交じりにロキは言った。
曲者が多い神の中でも一層の変わり者。
エイナはソーマの神像にそのような印象を抱く。


「で、ここで問題になってくるのが例の『ソーマ』や。アホ神は自分の趣味……酒の製造をするために【ファミリア】を作った。でも【ファミリア】は中々稼ぎを上げてこない。金のかかる趣味や、このままじゃあ続けられへん。ない頭を捻ったあいつは、“賞品”をもうけることにした。団員達がより頑張ってくれるような、起爆剤をな」

「まさか……」

「そ、『神酒ソーマ』や。完成品のな」


唇に浮かぶ酒の滴を、ぺろりとロキは舌を出して舐め取る。


「この失敗作を飲んだエイナちゃんにはわかると思うけど、完成品のできはヤバくてな。飲めば“酔う”。べろんべろんに酔っ払うとかそういう意味ちゃうで? 心の底から、ただの酒に“酔う”。心酔や。人心ならぬ、心身掌握っちゅうやつかな?」


ぞっ、とエイナは寒気に襲われた。
先程の“失敗作”を飲んだ時の高揚感を思い出す。
悪い意味ではなく、純粋に酒の風味に意識を引かれ惹かれた。心が確かに浮き立った。
あれ以上の、陶酔感?
スーツの舌で静かに鳥肌が立っていく。
ロキは「こう言えばわかりやすいんかなぁ?」と前置きをした。


「あそこの子達が崇めているのはソーマやない、神酒ソーマの方や」


信仰の中心が神ではなく、“神酒”。
つまり、神ソーマの評判に似つかわしくないほど【ファミリア】の構成員が多いのは、彼の創り出した神酒に心を奪われたから。
一口飲み干しただけで何事にも代えがたき多福感を与える神の酒に、信者達は溺れたのだ。


「あのヘタレ神は本物の変態や。『神秘』を持った構成員に手伝わせるでもなく、材料の開発と調合、そして製法のみで『神酒』を作り出しおった。“趣味”を極めた本物のアホが到達した、極致やな」


エイナは気付く。
ロキがソーマに向けるアホという呼称は、畏怖の意味もこめられているのだと。


「神の力なんて一切使っておらん。子供達と同じ、いやそれ以下の能力だけであそこまで漕ぎ着けた。信じれるか? 言ってしまえば人の手で神の酒を作り出しおったんや。天界でお前なにをやってったちゅう話や」

「ふむ、おおよその全容は見えた。つまり、神ソーマが神酒を団員達の餌にしたことで……」

「ん、あっとる。一度神酒の味を知ってしまった団員達は、何に代えても金をかき集めるようになった。賞品いうても、【ファミリア】の全員に配れるわけない。資金調達のノルマを決めたうえで、成績の上位者に神酒を与えることにしたんや。【ファミリア】内競争やな。あ、ノルマをちょっと越えれば、お猪口くらいの分はもらえるんやったかな?」


思い出せん、と唸るロキを尻目に、エイナはようやく納得することができた。
ギルドで度々見ていた【ソーマ・ファミリア】の金への異常な執着。
あれは、神酒を得たいがための“渇き”だったのだ。


「しかし聞けば聞くほど劇薬の類だな、神酒というのは。そんなものを放っておいていいのか?」

「うーん、言い方が悪かったかもしれんなぁ。“酔わせる”言うてもな、ヤバいクスリをきめたみたいに、頭がパーになるとか錯乱するとかはないんや。ただ感動する。打ち震える。もう一口と飲みたくなってしまう。でも、“酔いは必ずどこかで醒める”。普通の酒と同じようにな」


薬物と違うのはそこだとロキは言う。
禁断症状はない。依存症状も酷くない。
あくまで信者達の心酔は一時的なもので、本来ならば時間を置けば綺麗に消失する。
ただ【ソーマ・ファミリア】の場合、飲酒してから次の飲酒をする間隔が短すぎて、蟻地獄から抜け出せなくなっているのだ。


「依存症状はあくまで短期的、ということですか?」

「せや。神酒を飲めなくなって、正気に戻っている子達も大勢いるんやないかな?」


付け加えるなら、神酒にも耐性はつくらしい。
常に成績上位者に君臨する【ソーマ・ファミリア】の構成員は、そこまで“酔う”ことなく平静な状態でいるとのこと。彼等はノルマをあげる他にも、神酒の貯蔵された蔵を守る守護人ガンダルヴァという役職にも就く。
そういえば、とエイナは思い出す。
大部分が金へ執着していた【ソーマ・ファミリア】の冒険者の中で、Lv.1に登りつめている何人かの者達は比較的冷静であったと。


「結論から言ってしまうと、趣味にしか興味のないアホ神のずさんな【ファミリア】の管理、神酒の魔力、そして団員達の神酒への飢え、これ全部がうま~く組み合わさって、今の【ファミリア】ができあがったちゅうわけやな」


本来ならば、【ファミリア】のトップである神が目を光らせていればこうはならない。
鶴の一声が発動すればどのような【ファミリア】も必ず沈黙するのだから。もしそこで逆らえば、神の恩恵の封印が待っている。
そう考えるとこの状況を招いているのは、人畜無害といっても、やはりソーマ本人にあると言えるのかもしれない。


「こんなところやな。で、エイナちゃん、まだ聞きたいことはあるか?」

「いえ、もう大丈夫です。本当にありがとうございました」


【ソーマ・ファミリア】の抱えている事情はわかった。
少なくともベルが命の危険に晒されるという最悪の事態はなさそうだと、エイナは内心で安堵した。
そんな彼女を、ロキはその細い双眸をそっと開いて正視する。


「エイナちゃん」

「はい?」

「目の前に人参を吊るされたロバ達が、ずっとその人参を食えないでいるとどうなるか、知っとるか?」


いきなり出された変わった質問に、エイナは顔をきょとんとさせる。
ロキは両手の人差しをぴっ、ぴっ、と一本ずつ上げ、彼女の返答を待たず、次の言葉を継いだ。


「力のないロバはぶっ倒れて退場して、せこいロバは他のロバの人参を食らおうと、蹴っ飛ばしてまで横取りに走る」


最初に浮かんだのは当惑で、次に訪れたのは理解。
ロキが何を言わんとしているのかエイナは察した。


「今のあそこの【ファミリア】はまさにそういう感じや。あのアホが人参吊るしとるから、止める者もおらんしな」

「……」


そしてロキは全ての指を折りたたみ、右手の小指だけ、ぴっと上げる。


「そんでな、中には仲間に蹴っ飛ばされてもめげないロバがおるかもしれん。一人ではなんにもできない代わりに……同情なんかを買ったりして、うまーく他所の飼い主に取り入るような、ずる賢くて、したたかなロバが」


朱色の瞳に映る自分エイナの顔が、静かに強張っていた。


「気付いたら身ぐるみをはがされていました、ってこともあるかもなぁ」


ロキはエイナの瞳を覗きこむようにしていた姿勢を直し、ソファーに深く腰かける。
半分も中身のないエイナのグラスにソーマを注いで、そっと勧めた。


「もしな? あそこの連中とつるんでいる友達がおったら、それとなく声をかけておいた方がええかも、なんてな? 大事にはならなくとも、痛い目には合うかもしれん」


「ギルドで冒険者の世話するのも大変やろ?」とロキはおどけてみせる。
見透かされている。
流石は神といったところなのか。
エイナはゆっくり息をはいて、神妙な顔で頷いた。


「ちょっと老婆心ちゅうか、余計なお世話かもしれんけど」

「……いえ。肝に銘じておきます」


いい神なのだろう、彼女は。
話で聞いていたより、ずっと親切だ。あるいは自分が身内リヴェリアの知人だからなのかもしれない。
エイナの視線の礼で、ロキはにへらっと笑った。


「さて。酒も無くなってしもうたし、お開きにしよか」

「すまないな。最後まで付き合ってもらって」

「ええよぉ。うちも美人で可愛いエイナちゃんと話せて良かったわ」

「あはは……」


ん~、と立ち上がって思いきり伸びをするロキは、終始黙ってしょんぼりしっぱなしだったアイズのもとへ向かう。


「ほれ、アイズぅ。自分、いつまで落ち込んでんねん」

「……」

「そや、【ステイタス】更新しよ? 返ってきてからまだやっとらへんやろ? な?」

「……わかりました」

「フヒヒ、久しぶりにアイズたんの柔肌を蹂躙したるわ……!」

「変なことしたら斬ります」


「えっマジで?」と少しビビるロキは、アイズの肩に手を回して応接間を後にする。
壁の向こうに消える直前、エイナ達にウインクして手を振った。


「面白い、神ですね」

「面白いかは賛同しかねるが、あれで存外に切れる。我々からの信頼も厚い」

「リヴェリア様も、ですか?」

「ああ、私もだ」


両目を瞑って、少しだけ微笑を浮かべるリヴェリアに、エイナも笑う。
テーブルに置かれている、最後に酌をされたグラスを手に取って頂戴した。
――明日、ベル君に会えるかな。
ロキの忠告を思い出しながら、少し苦く感じるようになったソーマを口に含むエイナだった。


『アイズたんLv.5キタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

「ぶっっ!?」

「……エイナ」

「わああああああああっ!? ご、ごめんなさぁあいっ!?」



ページトップに戻る