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2023.07.13

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第26話
魔法は膝枕を喚ぶ魔法②

「……?」


ベルは足を止めた。
2階層と1階層を繋げる階段の途中で、首を巡らせて下の方を見る。


「どうしたんですか、ベル様?」

「……今、ダンジョンが揺れなかった?」


すぐ後ろに控えていたリリに見上げられながら、じっと2階層の地形、いや更にその奥に広がっているだろう『深層』へと意識を向ける。
まるで迷宮の底から何かが這い出してきたような、と感想を心の中で付け足しながら、ベルは意識を研ぎ澄ませた。


「揺れ、ですか? リリは何も感じませんでしたが?」

「……気のせいかな?」


待てども一向に変化は訪れない。
首を傾げるベルは、後ろ髪を引かれながらも、自分の勘違いということで納得することにした。
前を向いて残っていた階段を上り、1階層にひょっこり顔を出す。
ルームの中心にぽっこりと空いている階段口から、リリとともに抜け出した。


「今日はちょっと長引いちゃったね」

「はい。ちょっとどころか、かなり、ですけど。もう夜中の十二時を回りますよ」

「えっ、本当に!?」


ええ、とリリは金色の懐中時計を手にして答えた。
短針と長針が見事に数字の12に重なろうとしている。


「うわ、全然気付かなかった……」

「シシシシッ。最後の方はモンスターに群がられていましたからね」


時間を確認する余裕なんてなかったのでしょう、とリリは溜まりに溜まった背の荷物を揺らしながら言った。
多くのドロップアイテムを収納した大型のバックパックははち切れんばかりだ。

二人が契約を交わして数日が経とうとしていた。
ベルはリリの助力のもと順調と言える日々を送っている。冒険者として軌道に乗った、安定してきたと言えるかもしれない。
モンスターの戦闘以外にも様々な雑事に手間を取らされていたベルだったが、無駄な労力は全てリリによって省かれた。モンスターを狩る効率は格段に上がり、日々の収益はソロの時とは比べ物にならない。己の目標へ突き進むための全力疾走の態勢が整備された。
サポーター一人の加入でこうまで違うものなのかと、ベルは頻りに驚くばかりである。
一方で、新米冒険者としてはありえないモンスター撃破スコアを毎日叩き出すベルに、リリも舌を巻いていたが。
優に半日以上戦い続けることのできるその持久力……精神力は、どのような“想い”を源泉としているのかと、そんな思いが彼女の胸に渦巻いている。


「換金所はまだやってるかな?」

「ギルドの運営するほとんどの施設は二十四時間の営業ですから、安心してください」

「良かった。じゃあリリ、今日の給料も稼いだ分の山分けでいいよね?」

「……ベル様は、もう少し常識と俗世間というものを知った方がいいと思います。ありがたく頂戴しているリリが言える立場ではありませんが……人が良すぎです」

「でも、リリだって今はお金が必要なんでしょ?」

「そうなんですけど……。でも、リリはベル様のことが危なっかしくて見ていられないというか、知人に預けられたペットにはらはらさせられてつい世話を焼きすぎてしまうというか……う~、何だか毒されているような気がします~っ」


何だかこの頃、小言を言われる回数が増えてきたなぁ、とベルは思う。
少し前まではまるで主人と従者のような線引きを一方的にされていたが、今ではそういう他人行儀という体が薄れつつある。
仲良くなってきてるのかな、とリリとの間にあった溝が埋まっていく感触をベルは感じていた。
一方で、関わった人物が全員「危なっかしい」と似たようなことを告げてくるのに対し、少しだけ落ち込む思いだった。

深夜だろうが関係なく襲いかかってくるゴブリンを蹴散らしながら、ベルとリリは1階層内を進み、やがてダンジョンを後にする。
シャワーで体をすすぎ『バベル』の換金所に寄ってから、常時開き放たれている門をくぐって外に出た。


「うわぁ、本当だ。すっかり夜になっちゃってる……」

「シシシシッ。今までの探索の中でも最長記録ですね」


『バベル』を囲む中央広場セントラルパークは闇の帳が降りていた。
魔石を埋め込んだ、こじゃれた作りの街灯がぽつぽつと燐光をあちこちで灯している反面、昼間にはない夜の静けさが辺りを満たしている。
こんな時間帯でも、むしろここからだと明るく賑わっている遠方の酒場は、流石といったところか。


「……やっぱり大きいなぁ」


ぐるーっと中央広場セントラルパークを見回していたベルの視点は、最後に自分の背後へ行き着いた。
宵闇を貫く巨塔。
悠然とそびえる白亜の摩天楼が、ベルのことを見下ろしている。
暗くなっている今は隅々まで視認できないが、この巨大な塔は細部まで意匠が凝らされていることをベルは知っていた。
機能的な内部からはとても結び付きそうもない、芸術作品的な外観美。それこそ神が贅を極めさせたような『バベル』の威容に、ベルは頂上あたりに視線を固定させたままほうと息をついた。


「『バベル』って、何でこんなに高いんだろう? テナントを貸し出すにしたって、四十階も上まで行くのは大変のような気がするんだけど……」

「ベル様、ギルドがテナントを貸し出しているのは二十階までですよ」

「え……そ、そうなのっ?」


目を丸くするベルに、リリは小さな唇で苦笑を作った。
少し気恥ずかしさを覚えながら、ベルは素直に尋ねることをした。


「お店が入っていないっていうなら、二十階から上は一体何があるの?」

「神様達が住まわれているんですよ、ベル様」

「……神様達が?」

「はい。オラリオの中でも有数と呼ばれる【ファミリア】の主神達だけですが、バベルの最上階まで彼等が居住しているんです」


すっかり軽くなっているバックパックを背負い直して、リリは説明を始めた。


「バベルはオラリオの中で最も高い塔で、この迷宮都市の象徴とも言える建造物です。位が高くて、贅沢好きでもある一部の神様達が住まおうとするのは、ある意味自然なことでした」


ギルドが保証するだけあって、設備は行き届き豪華絢爛の限りが尽くされたバベルの各個室は、間違いなくオラリオの中でも最高級の居住空間と言える。特に目玉である展望景色は、他の建築物の追随を許さない位置から広大な都市を見渡せるだけあって、絶景だ。
しかしあくまでギルドが管理者のもと賃貸されるので、法外な入居費を払うことのできる、よっぽど蓄財のある者でなければ住むことはかなわない。
早い話、金持ちの神だけに住むことを許された高級物件だ。金に目をつぶればオラリオでも最高の住み心地を手にいれることができる。
ちなみに、入居できる資格は神しか持ち合わせていない。


「へぇ……。ホームに住まないで、わざわざそんな場所で暮らす神様達なんているんだ」


通常ならば神は各々の【ファミリア】のホームで構成員と一緒に生活しているが、当然例外もいる。
本質的に勝手気ままな神達は、【ファミリア】に活動方針もろもろの指示を出した後、構成員達に運営を任せっきりにするというケースが少なくない。
個人の娯楽等を優先させる故の自由放任主義だ。揺るがない地位を手にいれた神もとい【ファミリア】だからこそ許される行為でもある。
そこから自分の都合で住居を購入するか、はたまた刺激を求めて都市をぶらぶらと放浪するかは、その神次第。


「神様達のプライベートルームと考えてもらえればいいと思いますよ? リリ達と交流することが好きな神様もいれば、昔からのイメージ通り、やっぱり孤高が好きという神様もいるわけですから」


なるほど、とベルは頷いた。


「もともと、この塔はこれほどまで巨大ではなかったそうです。ダンジョンから溢れてくるモンスター達を押さえる“蓋”としてようやく機能し出した頃は、周囲の建物と変わらなかったと聞きます」

「じゃあ、どうして今みたいな大きさになっちゃったの?」

「少し長くなるんですが……まず、この地に最初の神様達が降りてきた時、塔が崩壊してしまったんです」

「ど、どういうこと?」

「当たっちゃったんだそうです。こう、流れ星みたく降ってきた神様達が、塔の天辺に」

「……」


“わざと”壊したんだろうなぁ、と。
せっかくでき上がった塔を街の人々が泣いて喜んでいたところに、神達が完膚無きまでに突・撃・粉・砕……そんな光景を思い浮かべながら、ベルは空笑いした。
口を半開きにして固まっている旧オラリオ住民に、「わりぃわりぃ」とゲラゲラ笑いながら謝る神達の姿が目に浮かぶようである。
これがオラリオで最初にやらかされた神様達の神話なのかな、と妙に達観してしまう。


「それからこの塔は【崩落の塔】……【神塔バベル】と呼ばれるようになりました。神様達がこの搭に住まう理由はこういう背景もあるんですね」


塔を破壊した神達は、お詫びと言ってはなんだが塔の再建……というよりダンジョンの抑止に大きく貢献したらしい。他ならない、『神の恩恵』によって。
当時のオラリオの住民は力を授ける彼等を敬い、この塔を彼等の居住地として献上したのだ。
下界のあちこちに散った神達により【ファミリア】という体系が世界中に波及するまで、その崇め崇められる関係は続き、『バベル』は神の威光を示すように高くなっていったという。
そうした結果、バベルは現在の高さへと至り、引き続いて神の殿舎としての側面を残しているのだ。
時代を重ねるごとに崇拝する側だったギルドの力が増し、今ではバベル――というよりオラリオ――の管理者に返り咲いて、立場が逆転してしまったのは皮肉ではあるが。


「何となくはわかったけど……。うーん、そういう神様達の話を聞く度に思うけどさ、“天界”ってそんな暇なところなのかなぁ? 神様達がこの下界へ降りたいって思っちゃうくらい?」

「シシシシッ。お仕事が嫌になって逃げ出してきたのかもしれませんよ?」


『バベル』を見上げていたベルだったが、聞き慣れない言葉に首を傾げてリリの方を向く。


「天界では、神様達にもやらなければならないいくつかの義務があると聞きます。その最たる例が、下界で眠りについたリリ達、子供達の処理だそうです」

「それって……」

「はい。亡くなった人の、死後の進路ですね」


内容が内容だけに、ベルは自分の鼓動の間隔が狭まっていることを感じた。
実感が伴わない話である筈なのだが、避けられない破滅の運命故に聞きいってしまう。
リリの話を要約すると、神達は下界の者の死後を預かる身らしい。あえて言葉で表すとしたら、それは『魂』の清算か。
それぞれの神達によって死後の扱いは千差万別で、天界での生活を許したり、浄化したり、想像を絶する責苦を与えたり、終わりのない無意味な重労働を課し続けたり、とにかく例をあげれば切りがない。
下界から解放された子供達は神達の裁量一つで管理されるのだ。そこに生前の振る舞いだとか、善や悪といった概念だとかは存在しない。
神に気に入られるか、気に入られないか。あくまでその神のポリシーに乗っ取られた処置が下されるか。その時の神の気分によって吉か凶かが決まるか。
いい加減で、規則性もなく、独断と偏見に拠った、『神の審判』がそこにはある。


「でも、大体は最終的に転生させるようです。新しい子供を生むのは中々簡単なことではないのだとか。……とういか、面倒臭いって公言しちゃってますね」

「次元が違い過ぎるような、嫌に俗っぽいような……」

「天界では激減した神様達の穴を埋め合わせるため、居残り組の神様達が今も不眠不休のデス・マーチ状態らしいです。かなり殺気だっているらしいですよ? 次回の下界行きも、血生臭い厳重な『お話し』のうえで順番を決めるそうです」


そんなところに行きたくない。いや死にたくない……。
と、ベルはちょっと本気で思ってしまった。
今、天界の神達の御前に足を運んでしまったら、俗に言われている地獄にて、問答無用で歓迎されるような気がする。憂さ晴らしで。
そんな考えが見透かされたのか、リリはベルの顔を見てクスクスと肩を揺らした。ベルもちょっと情けない顔をして、笑う。
何だか可笑しかった。


「……でも、リリは死ぬことに憧れていたことがありましたよ」


だからか。
その言葉はベルにとって不意打ちだった。


「……ぇ」

「一度、神様達のもとに還れれば……今度生まれるリリは、今のリリよりちょっとはマシになっているのかなぁ、なんて……」


『バベル』を、いや更にその上に広がる夜空を見上げながら、リリはそう呟いた。
前髪がこぼれて、あらわになった大きな瞳が遠い目をしている。
まるで、闇に染まったあの天に思い焦がれるかのように。


「リ……リリッ!」


気付けばベルは叫んでいた。
叫ばなければ、リリがどこかへ行ってしまうような気がした。
リリはゆるゆると瞼を閉じて、空から視線を切り、前髪で目元を隠した顔をベルに向けた。


「……シシシシッ。ごめんなさい、変なこと言って」

「……」

「昔のことです。真に受けないでください。リリはこれでもたくましくなりましたから、今はそんなことちっとも思っていません」


ベルは何も言えなかった。
きっとそれは事実なのだろう。むん、と軽く胸を張る少女の仕草は悲愴の欠片も感じられない。
彼女は、きっともう立ち直っているのだ。
でもだからこそ、ベルは今自分が持て余している感情を形にできず、言葉としてリリへ伝えることができなかった。


「シシシシッ。さぁベル様、もう遅いのですから早く帰りましょう。リリも今日は【ファミリア】へ一度帰っておかなければいけません」


明るく小笑いしてリリはバベルに背を向けた。小さな歩幅で、ペタペタと音をたてながら前へ進んでいく。
彼女の肩を見る。重い荷物を背負うには、あまりにも小さ過ぎる肩だ。
不相応なまでの大きなバックパックを背負うリリの後ろ姿を、ベルは胸苦しい思いを引きずりながら、追いかけた。



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