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2023.07.06

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第25話
魔法は膝枕を喚ぶ魔法①

銀の光が走った。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」


頭の天辺から股下まで一直線に刻まれた銀の軌跡に、骸骨のモンスター「スパルトイ」は絶叫を解き放つ。
ヒューマンをベースとした骨格がところどころ鎧のごとく隆起したような禍々しい姿。
鋭角的なフォルムを誇り、個体ごとに様々な白骨の武器エモノを持つその姿は、まさに骨の凶戦士と言うに相応しい。
『深層』を縄張りとするLv.3相当の強力なモンスターは、しかし一閃のもとに瞬殺された。


「……」


寒気を喚起させるほど冴え冴えとした一撃を放った剣士は、ヒュンとサーベルを鳴らして切っ先を地に下ろした。
骨、骨、骨、骨。
見渡す限りの周囲には数え切れない骨の破片が散乱している。
原型を留めていないそれら白い残骸は、十をも超すスパルトイの群れの末路ほかならない。
金髪金眼。
神にも劣らない美貌を持つ一人の少女が、モンスターの墓標の中心で静かにたたずんでいた。


「結局一人でやっちゃったし……」

「ちょっと苦戦でもしてくれると、もっと可愛げも出てくるのにねぇ……」


仲間のこぼす台詞を耳にしているのかいないのか。
長い金髪の少女――アイズ・ヴァレンシュタインは、無言のまま細剣を鞘に収めて彼等のもとに向かった。


「はいはい、お疲れアイズ~! ポーションいる? エリクサーは? アイズの大好きな小豆クリーム味のジャガ丸くんはどう!?」

「大丈夫、エルナ。ありがとう。……最後のは欲しい」

「そもそも、傷一つ付けられてないんだから、ポーションも何も必要ないわ」

「何はともあれ、あらかたモンスターは片付けたな……。この後はどうする、フィン?」

「ンー、そろそろ帰ろうか? 今回はお遊びみたいなものだし、ここで頑張って、帰りの道でダラダラと手を煩うのも面倒だ。リヴェリア、君の意見は?」


フィン、と呼ばれた黄金こがね色の髪をしたパルゥムがエルフの女性に問い返す。
現在位置37階層。深層域と定義されているダンジョンの奥深くで、【ロキ・ファミリア】の面々は迷宮探索に明け暮れていた。
この場にいる総人数は少ない。パーティはサポーターも入れて計七人。アイズ・ヴァレンシュタインを筆頭にした第一冒険者の数は、五人のみだった。
「お遊び」という言葉の通り、【ロキ・ファミリア】の冒険者達を結集して行われた前回の『遠征』とは異なって、今回は少数の仲間内で行う私的寄りなダンジョン探索だ。【ファミリア】全体で取り決められたイベントではない。
内実、暇つぶしでもある。
数多の冒険者達が未踏であるこの深層においても、お遊びと豪語できてしまうほど、彼等の実力は桁違いなのだった。


「団長の指示なら従うさ。……お前達、撤退するぞ!」


王族の風格を漂わせるエルフ、リヴェリアは声を飛ばした。
小麦色の肌をしたアマゾネスの姉妹が了解の意を示し、アイズの方は腐りかけたジャガ丸くんを両手にちょこんと持って、落ち込んでいた。
ダンジョンの深層に赴く際、食糧の保存状態が整っていなければ、こういった弊害はよく生まれる。


「にしてもさぁ、もし今頃ベートが一緒に来てたら、絶対やかましいことになってたよね~。あのええかっこしい、アイズの前では途端にはり切っちゃうんだもん!」

「あの宴会の後、酔いが醒めた後にそれとなくアイズに拒絶されたことを伝えたら、凄い勢いでへこんでたわよ」

「うっわァー!? 超見たかったー! 何で教えてくれなかったのエルマ~!」


撤収の準備といってもやることはほとんどない。魔石の回収はサポーターの仕事で、戦闘は先程からアイズの独壇場だったからだ。
Lv.2になったばかりの二名のサポーターがスパルトイの魔石を集める中、騒がしい姉妹を中心に弛緩した空気が流れる。
そんな中で、ジャガ丸くんから顔を上げたアイズが波紋を投じた。


「……フィン、リヴェリア。私だけまだ残らせてほしい」


名前を呼ばれた両名ともそれぞれの反応を示す。フィンは少し目を見開き、リヴェリアは怜悧な顔色を変えず片目のみ瞑った。
ぎょっ、として動きを止めるエルナとエルマに構わず、アイズは淡々と主張を続ける。


「食糧も分けてもらわなくていい。みんなには迷惑をかけないから。お願い」

「ちょ、ちょっと~! アイズ、そんなこと言う時点であたし達に迷惑かけてる! こんなところにアイズ取り残していったら、あたし達ずっと心配してるようじゃん!」

「私もエルナと同じ。いくらモンスターのLv.が低くても、『深層』に仲間一人を放り出す真似なんてできないわ。危険よ」


腰に手を当てて顔を鼻先まで寄せてくるエルナに、アイズは眉を少し落として困った顔を作った。エルマの援護射撃にも応戦できない。
彼女達の言っていることの方が、議論の余地もなく正しいからだ。


「何でアイズはそんなに戦いたがるの? アイズはすっごく別嬪なのに、もったいないよ~。もうちょっと女の子しようよ~。アマゾネスのあたしの方がお洒落でどうするのよぉー」

「私は……そういうのは、いいよ」

「なんでぇ? 強い雄……お気に入りの男とか見繕わないの? アイズのその綺麗な顔は飾りなの?」

「あんた、自分でもしないことを押し付けるのは止めなさい」


押し黙って軽くうつむくアイズに、一歩離れて見ていたリヴェリアは息をついた。
フィンに向き直って口を開く。


「フィン、私からも頼もう。アイズの意思を尊重してやってくれ」

「「リヴェリア!?」」

「ンー……?」


この場で誰よりも身長の低いパルゥムは、真意を尋ねるようにリヴェリアを見上げる。


「この子が滅多に言わない我がままだ。聞き入れてやってほしい」

「そんな、子を見守る親みたいな気持ちじゃあ動けないよ、リヴェリア。エルナ達の言っていることの方がもっともだ。パーティを預かっている身としては許可できないな」

「甘やかしている自覚はあるが……さて」


二回目の吐息をついたリヴェリアはアイズに視線を送る。
感情の起伏が少ない少女の顔が申し訳なさそうに彩られているのを見て、今度は自嘲。
それから再びフィンに目を合わせた。


「私も残ろう」


アイズのサポーターを担う、とその意図を伝えるリヴェリア。
凛とした彼女の瞳を覗きこむフィンは、手を組んでうーんと軽く唸った後、もったいぶるように頷いた。


「わかった、許可するよ」

「えぇ~、フィン~。説得してよ~」

「リヴェリアが残るなら万が一にも間違いは起こらないだろうしね。逆に、僕達の方が帰りの道できつくなるかもしれないけど」

「私は攻撃と回復を器用になんかこなせませんからね、団長」


リーダーが決定を下してからは早かった。
サポーターを加えたフィン達と、残留するアイズ達がその場で別れる。
一つしかないルームの出入り口で、エルナが帰り際にぶんぶんと大きく手を振り続けていった。


「ありがとう、リヴェリア」

「これっきりにしてほしいところだが、今更だな。あまり手をかけさせるなとだけ、愚痴を言わせてもらおう」

「……ごめん」


顔も見ずに交わされる彼女達の言葉の奥底には、信頼という感情がうっすらと見え隠れしていた。
37階層は『上層』とは異なり薄暗かった。頭上の空間は果てしなく高く、天井が肉眼では確認できない。暗澹とした闇に塞がれてしまっている。
白濁色の壁面が等間隔で灯す、蝋燭のような燐光だけが視界の頼りだった。
しばらくその場を動かず無為に時間を過ごし、リヴェリアが怪訝な色を顔に映し出した頃。
何かを察知したように、アイズが剣を抜いた。


「来た」

「なに?」


その美しい眉目を若干鋭くするアイズに、リヴェリアは何を言っているのか問いかけようとしたが――すぐに彼女も気付く。
自分達の立つダンジョンの地面が、揺れている。


「まさか……」


その呟きに同調するように、アイズの視線の先、広大なルームの中心点が盛り上がる。
次の瞬間、大地が割れた。
大量の土塊を押しのけ、途轍もなく巨大な“図体”が地面から顔を出す。
ビキッビキッと鳴り響く、地面に亀裂が走る嫌な音。巻き込まれた土砂は“それ”の体に持ち上げられ、轟音、あたかも滝のように床へ叩きつけられていく。
頭蓋が、鎖骨が、肋骨が、骨盤が。剥き出しになった黒色の骨格系が、地面から生えて全貌をあらわにしていく。
震動は最高潮。37階層全体がわなないていた。
まるで我が子を産む代償を支払っているかのように、ダンジョンが唸り声をあげる。


『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッ!!』


これ以上のない凶悪な産声が、真上に打ち上げられた。
天に向かって吠えるそのモンスターは余りにも鴻大だった。10Mメドルを越えるか。全身を真っ黒に染め上げた骸骨の巨身。
下半身を地面に埋め、スパルトイをそのまま大きくしたような巨大モンスターは、頭に二本の突起を生やしていた。
真っ暗な眼窩の奥では、火の粉のような小さな朱色の光が揺らめいている。
そして胸部内部。肋骨と胸骨に守られるように、規格外の魔石が中空に浮いていた。


「そうか。もう、三ヶ月経ったか……」


通常、階層ごとのモンスターの出現数は種類ごとに分かれて決まっている。一定数以上に増えることはなく、減少すればダンジョンの壁を破り新たなモンスターが補充されることになる。
次のモンスターが生まれるまでの次産間隔インターバルは階層ごとにばらつきがあるが、最長のものでも約一日ほどだ。
そんな中、絶命してもすぐに補充されず、一定周期の次産間隔インターバルを要する特別なモンスター等が存在する。
付け加えれば、その特別なモンスターは決まったその階層ごとに“必ず”一体しか現れない。
その強さ故か、その巨大さ故か。
理由はともあれ、そのモンスター達は生まれ落ちた階層を一匹のみで徘徊することしか許されなかった。
古代から存続しているギルドは、往時からその特別なモンスター等をこう呼んでいる。
迷宮の孤王モンスターレックス』と。


「リヴェリア、手を出さないで」


特別な次産間隔インターバルを持ち、外見を含めた多種多様性を持つ『迷宮の孤王モンスターレックス』に共通していることは、“めちゃくちゃ強い”。
階層ごとに推定されているLv.の、そのプラス2以上と言われている。
第三級以上の冒険者達からは『階層主』と恐れられているように、本来ならば超人数の冒険者達が徒党を組み、連携して攻略に乗り出す存在だ。


「アイズ、本当に一人でやるつもりか?」


険しい目付きをしてリヴェリアは問うた。
アイズは一本の銀の剣を提げ、凄まじい咆哮で威嚇してくる階層主『ウダイオス』へ静かに歩み寄っていく。


「大丈夫」


神達が『ボスキャラ乙www』と口を揃えて讃歌を送る強大な敵に、少女は一人で対峙した。


「すぐに終わらせるから」


一週間後、Lv.5に到達したという【剣姫】の噂が、オラリオ中を駆け巡ることになる。



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