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2023.06.29

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第24話
サポーターの事情⑤

翌日。
僕とリリは朝早くからダンジョンへ赴いていた。
1階層の真っ当な土の地面を二人して踏みしめている。
結局、僕はリリをサポーターとして雇うことにした。
多くの留意点を念頭に置いて考え抜き、その後は自分の気持ちに正直になって、ぱぱっと決めてしまった結果だ。
【ファミリア】に関わる憂慮はないとエイナさんは太鼓判を押してくれているし、神様にも許しをいだいた。もう迷うことなんてなかった。
僕とリリは特に期限はもうけないで契約を交わし、今に至っている。


「……ベル様?」

「ん?」

「あのナイフは、どこにしまったんですか……?」

「うん、今度は落とさないようにプロテクターの中へ鞘ごと収納しているんだ。格納スペースがちょうどあったから」

「そ、そうですか……」


がっくり、と項垂れるリリに僕は首を傾げた。
どうもさっきからリリに元気がない。笑ってはいるけど、空元気。
昨日みたいに生き生きしてないんだ。何かあったのかな?


「……シシシシッ。ベル様、改めて、リリを雇っていただいてありがとうございます。ベル様に見捨てられないよう、リリは頑張りますよ」

「見捨てるって、そんなことしないよ。僕はリリ以外にサポーターの当てなんてないし」

「それはいいことをお聞きしました……なぁんて、リリもベル様がそんなことをするとは思っていませんよ。ベル様はびっくりするくらい“お優しい”ですから」


やっぱり慣れないなぁ、この距離感。
リリも砕けてはくれているんだけど、言葉遣いがちょっと。
“お優しい”なんて、何だかかゆくてしょうがない。


「ベル様、今日の予定をうかがっててもよろしいですか?」

「ええっと、今日は昨日と同じ7階層に行って、夕方まで粘ろうと思ってるんだけど。リリはそれでもいい?」

「ベル様がお決めになったならリリはそれに従いますよ。でも、いいんですか? リリはごらんの通りサポーターですから、戦力としてはあまりお役に立てません。ベル様はずっと連戦ですよ?」

「それは大丈夫。前なんか夜通しでダンジョンにこもっていたことがあるし、神様に溜まっていた【ステイタス】を更新してもらったから」


まぁ、夜通ししたことがあるから大丈夫ってのは根拠のない話だけど、あの酒場から逃げ出した時は本当に独りだけだったし(しかもがむしゃらに戦ってたし)、今までソロでいたということもあって長時間戦闘には慣れている。
エイナさんにみっちり仕込まれたから、ペース配分の調整だけは僕の少ない自慢の一つなのだ。だから僕はそこまで問題とは思っていない。
何より【ステイタス】が強化されたので、今の自分の力を試したくて逆にウズウズしてしまっている。
成長速度は以前と変わっていなかった。恐らく今の僕は絶好調だ。
……ただ、変化のない【ステイタス】の上がり幅を見て何故か神様の機嫌が急激に下がったけど、何だったんだろうアレ……。


「それより、リリの方に負担をかけちゃうことになると思うんだけど? ドロップアイテムが続けて出たら荷物がすごいことになるし……」


ちらと横のリリを見る。
パルゥムは成人になってもヒューマンの子供くらいの背丈しかない。リリ自身、僕のお腹の辺りに頭がくる。
ダンジョンを下りて上ってえっちらおっちら大荷物を運ぶには、これ以上似合わない種族はいないだろう。


「シシシシッ。心配はご無用ですよ、ベル様。リリも『神の恩恵』を授かっている身ですからね、荷物がかさばったくらいでへばったりしません」


きっとその通りではあるんだろうけど……ちょっとなぁ。
僕が使っていたバックパックの大きさは、ちょうどリリくらいかそれより小さいくらい。つまり、リリ=バックパックの式が成り立つ。
自分の体とほぼ同じ背負袋を装備するって、僕だったらろくに動けないような気がするんだけど……。
しかもリリのバックパックは標準サイズ以上なので、ドロップアイテムを回収していない今の状態でもすごい絵になっちゃってる。


「それに一応、リリには『スキル』の補助があるので、万が一にも運搬作業で足手まといになることはありえません」

「ええっ! リリ、スキル発現してるの!?」


凄い! 羨ましい! という感情を隠しもしないで僕は叫んだ。
そんな僕の驚きにリリは苦笑して顔を振る。


「持っているだけマシ、というような情けないスキルです。ベル様が考えているような恩恵ではありませんよ?」

「それでもいいよ。僕なんてまだ一つもスキルを持ってないし……」


『スキル』は『魔法』と違ってスロットの制限がないから、【経験値】の都合がつけばいくらでも発現できると聞く。五つ以上のスキルを持っている冒険者もいるなんて、小耳に挟んだことがあった。
たとえリリの言うような、効果があまり実のないスキルだとしても、マイナスに作用するものでもなければあるに越したことはないのだ。


「やっぱり羨ましいなぁ。スキルって実は魔法より獲得できる確率低いんでしょう? 僕なんてその魔法だって発現してないし……あ、そういえばリリは魔法も発現してるの?」

「……残念ながらリリも魔法は持っていません。先にスキルが発現した珍しいケースですね」


へぇ。やっぱりそういう人もいるにはいるんだ。
と、一人で納得していると、リリに注意されてしまった。
同じ【ファミリア】の仲間でもない限り、【ステイタス】のことに大きく踏み込むのはマナー違反、厳禁なのだと。例え契約を結んだ相手だったとしても、だ。
よく考えてみれば当たり前か、個人の【ステイタス】情報は冒険者の生命線でもあるんだから。
話を聞いた僕は、迂闊だった自分の発言を猛省した。


「あとさ、本当に契約金とか前払い金はいいの?」


モンスターの気配を探りつつ、僕はリリに尋ねた。
さっきバベルの中で契約儀式の真似事をした時、リリに言われたのだ。報酬はダンジョン探索収入の分け前だけでいいと。
……僕、雇ってる側なんだけどなぁ。面目みたいなものが……。


「ええ、構いません。ベル様は他の方とパーティを組んでいませんので、配分を行う際にややこしいことになりませんし。……それに」


それに? と僕がおうむ返しをすると。
リリは、それまでの朗らかな姿勢を変え……確かにその前髪の奥で、淀んだ瞳を浮かべた。


「……それに、そちらの方がベル様にもご都合がよろしいでしょう?」

「え?」


含みを持たせた言葉に、僅かな嘲りと自嘲を滲ませた視線。
リリがどうしてそんな言動をするのかわからず、僕はうろたえてしまう。
それから一秒も経たないうちに、リリは今あったことがなかったかのようにぱっと微笑んで、普段通りの明るい雰囲気を身にまとった。


「シシシシッ、さぁ行きましょう。ベル様が頑張ってリリの食いぶちを増やしてくれれば、何も問題はありませんから!」

「う、うん……」


僕に都合がいい……?
それはつまり、リリにお金を払わなくて済むから、ってこと?
それとも、他に意味が?
わからなかった。リリが何を言いたかったのか。
彼女ではない僕には、あの子が何を思って何を隠しているのか、ちっとも
ただ、

――お前も他の冒険者と同じなんだ。

リリのあの瞳に、そんなことを言われたような気がした。















「エイナ、エイナ」

「ん?」


ギルド本部窓口にて、エイナがいつものように小冊子を読んでいると、同じ受付嬢のヒューマンが声をかけてきた。
なに? と目で尋ねると、彼女は「見て見て」とある方向を指した。視線を移すと……換金所スペースの前で、ギルド職員と一人の冒険者が激しい口論を交わしている。


「ほら、まただよ。また【ソーマ・ファミリア】の冒険者」

「……」


エイナは眉をひそめてしまった。
耳を傾けずとも、あちらの方から乱暴な怒声が押し寄せてくる。


「たったの14000ヴァリス!? ふざけるなっ、あんたの目は節穴か!」

「馬鹿野郎、何年この仕事で飯を食ってきてると思ってるんだ! 俺の目がおかしい筈ねえだろ!」


換金の内容をめぐる揉め事であることは明白だった。
この光景は別段そこまで珍しいものではない。
冒険者達も命をチップに日々ダンジョンへもぐっている。多かれ少なかれ期待をもって換金所に出向いておいて、予想していたものより低い額で魔石等が取り引きされたなら、声を高らかにして食ってかかるだろう。割に合っていない、と。
ギルドの方もそういった相手の対応には慣れっこなので、換金所にどっしり構える鑑定役員はみな肝玉が大きい。今も相手の冒険者に負けないほど声を張り上げていた。
そう、この光景自体はありふれたものだ。


「ドロップアイテムもちゃんと勘定に入れたのか!? なぁ、もう一度確かめてみろ! ほらっ、これだけの筈、これだけの筈が……っ!」


しかし、“また”【ソーマ・ファミリア】が問題を起こしているとなると、そのありふれた光景は、度の過ぎた異常な光景となってくる。
数えることが億劫になるほど、【ソーマ・ファミリア】の構成員達は換金所のくだす判断に難癖をつけてきた。連日ことごとくだ。繰り返される茶番劇に、鑑定役員達は既に辟易している。
【ソーマ・ファミリア】の冒険者達が口を揃えて言うことは、「もっと金を寄こせ」、この一点だ。
尋常とは思えない金への執着。見ていて寒気を感じるほど、彼等は大金を求めていた。


「う~、あんな裂けるくらいに目を見開いちゃって、気持ち悪い! 私、【ソーマ・ファミリア】の担当じゃなくて良かったぁ~」

「……」


隣で好き勝手に言う同僚にエイナは渋い顔を作る。
彼女もまた【ソーマ・ファミリア】の冒険者を担当しているわけではないが、しかし今となっては他人事ではなくなっている。


「くそっ、こんなんじゃあ……これだけなんかじゃあ……っ!!」


頭を両手で抱え出すその冒険者を遠目に、エイナ自身も頭痛を堪えるように額へ手をやった。


(早まっちゃったかなぁ……)

















リリというサポーターの存在は、劇的だった。
まず、彼女が魔石やドロップアイテムを一手に回収してくれるため、僕は重荷となるバックパックに悩まされることなく――戦利品をいちいち換金しに行く必要もなく、普段より長い時間ダンジョンへもぐれようになった。
これまでもぐる階層が下層に向かう度、換金所からダンジョンへの往復距離が長くなったので(つまりダンジョンに留まれる時間が短くなったので)、到達階層を増やしたところでそこまで稼ぎが増えるということもなかったのである。いわば時間のロスだ。
それが今日、綺麗に解消された。

僕は彼女のおかげでバックパックを装備する必要がなくなり、身軽になって7階層で暴れに暴れまくった。
狩ったモンスターの数はもはや僕自身覚えていない。
目の前に出てくる度に僕はナイフを振り、そしてリリが素早く魔石と時折出現するドロップアイテムを回収する。
その結果。
ギルドの換金所から受け取ったお金は――


「「…………」」


口が空いた亜麻色の袋の中身を、僕とリリは一緒に覗きこむ。
開いたその大口から見える光景は…………金貨金貨金貨金貨金貨。
数え切れない金貨が、狭苦しいと言わんばかりに袋の中でひしめき合っていた。すごく眩しい。


「「26000ヴァリス……」」


二人一緒に袋から顔を上げて、至近距離で見つめ合う。
次の瞬間、


「「やあぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」」


僕達は歓喜して飛び上がった!


「すごい、すごいですっ! ドロップアイテムは数えるくらいしか出なかったのにっ、ベル様一人で25000ヴァリス以上稼いでしまいました!!」

「わっ、わっ、わっ! 夢じゃないよね!? 現実だよね?! 一日でこんなにお金が手に入るなんてっ……これもリリのおかげだよ!」


サポーター万歳!!


「馬鹿言っちゃいけないです、ベル様っ。モンスターの種類やドロップアイテムにもよりますけど、Lv.0の五人組パーティが一日かけて稼げるのが20000ヴァリスちょうどくらいなんです。つまり、ベル様はお一人でパーティを優に凌ぐ働きをしたことになりますっ!」

「いやあ、ほら、兎もおだてりゃ木に登るって言うじゃない! それだよ、それ!」

「ベル様が何を言いたいのかリリには全くわけがわかりませんが、取りあえず便乗しときます! ベル様すごい! まだ上を目指せますよ!!」

「誉めすぎだよぉリリぃ!」


浮かれ過ぎて興奮の度合いが酷いことになっているけど、止められない。
酒場でもないのに二人してギャーギャー騒いで笑いまくる。
もう夕闇が降りてる時間だったから、このバベルの簡易食堂には僕達くらいしか冒険者はいない。他の人達はそれこそ酒場に足を運んでいることだろう。
いぇーい、と椅子の上に立ったリリとハイタッチを交わしながら、僕等の高揚感は留まることを知らなかった。


「……では、ベル様、そろそろ分け前を頂けませんか?」

「うん、はい!」


どばっっ、と13000ヴァリスをリリの方に渡す。


「…………へ?」

「あぁ、これなら普通に神様へ美味しいもの食べさせてあげられるかも……!」


握り拳を作ってその時の光景を頭の上に思い浮かべる。
やっと神様に恩返しができるんだ!
隣でリリが目を点にしていたようだけど、僕は構わず自分の想像に耽りに耽った。


「ベ、ベル様、これは……?」

「分け前だよ、決まってるじゃん! あ、そうだ! せっかくだしリリ、良かったらこれから一緒に酒場に行かない? 僕、美味しい店を知ってるんだ!」


僕が上機嫌にお誘いすると、リリは瞠目して息を呑んでいた。
あ、「豊饒の女主人」は行きたくないんだっけ?
でもまぁ、いいよね! 今日くらい!


「じゃあ、行こうリリ!」

「ベ、ベル様!」


善は急げと荷物をまとめ出した僕に、リリが叫んだ。
え? と不思議そうな顔をする僕の目の前で、彼女は小さな唇を震わしている。


「……ひ、独り占めしようとか……ベル様は、思わないんですか?」

「え、どうして?」


僕は問い返した。
リリは質問を質問で返した僕の対応に、逆に言葉を詰まらせてしまう。


「僕一人じゃこんな稼げる筈なかったよ。リリがいてくれたから、でしょ?」


だから、ありがとう、と僕は上機嫌のまま言った。
これからもよろしくね、と言葉も添えた。
リリと会えて本当に良かったよ、と笑ってもみせた。


「…………」

「リリ、ほら、行こう?」


ぼぅっと僕を見上げてくるリリに手を伸ばす。
差し出された手を、彼女はじっと見て、おずおずと自分のものと重ねた。


「……変なの」


そのちっちゃな呟きを、僕は見事に聞き逃した。



















【ベル・クラネル】
所属:【ヘスティア・ファミリア】
ホーム:下水道の隠し部屋
種族:ヒューマン
ジョブ:冒険者
到達階層:7階層
武器:短刀
 ・《神様のナイフ》
 ・《短刀》
所持金:18900ヴァリス

【ステイタス】
Lv.0
力:D 91 耐久:F 37 器用:C 8 敏捷:C 21 魔力:I 0
魔法
【】
スキル
【憧憬一途】
・早熟する。
・懸想が続く限り効果持続。
・懸想の丈により効果向上。

短刀:D 73

【装備】
≪兎鎧(ピョンキチ) Mk-II(マークツー)≫
・【ヘファイストス・ファミリア】所属鍛治師ヴェルフ・クロッゾ作、防具シリーズ第二弾。
・作品名がアレだったため死蔵入りしかけた経緯がある。ボックス行きになったのもほぼこの事柄が原因。ベルの心に微妙に傷を残している。
・材料にドロップアイテム『メタルラビットの毛皮』を使用。
・ヴェルフ・クロッゾは未だ『鍛治』のスキルを修得していないので、鎧自体に敏捷補正はなし。ただしベル曰く「めちゃくちゃ軽い」。
・むしろ防御力の高さが【ヘファイストス・ファミリア】経営陣に評価されている。

≪グリーン・サポーター≫
・価格7700ヴァリス。
・エイナからの贈り物。彼女の瞳の色と同じ緑玉色をしている。
・盾と用途を同じくするプロテクター。純粋な盾より耐久は低いが、軽量。
・幅の面積が狭い代わりに細長い。短刀および短剣ならば格納可能。



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