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2023.03.09

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第8話
だから僕は走る④

シルさんの勤めている酒場、『豊饒の女主人』に足を運ぶ。
すごい名前だなと飾ってある看板を仰ぎながら、入口から中をそっと窺ってみた。
最初に目についたのはカウンターの中で料理やお酒を振る舞う恰幅のいいドワーフの女性――きっと女将さん――で、ちらりと見える厨房はネコ耳を生やしたキャットピープルの少女達がてんてこ舞いに動き回り、それぞれの客に注文をとる給仕さん達もさも当然のようにみんなウエイトレス。
まぁ何が言いたいかというと、店のスタッフがみんな女性なのだ。
……酒場の名前の由来をなんとなしに察した。


(いや、でもこれ、僕には難易度高過ぎない……?)


店員の中にプライドの高いエルフまで紛れ込んでいることに驚きながら、僕はごくりと喉を鳴らした。
昨日まで妄想していた美女美少女のお花畑が、疑似的とはいえ再現されちゃってる。ちなみに女将さんは除く。
別に、その、艶めかしいだとかそんな怪しい空間ではないんだけど……こういうのに免疫皆無の僕は、女の子のお店ってだけで赤面してしまう。
店内は本当に明るい雰囲気だった。店員さん達はみんなはきはきとして元気がいいし、飛び交うのは笑い声ばかり。客はほぼ男性冒険者で鼻を伸ばしている人なんて一杯いるけど、みんな純粋にお酒を飲んで楽しんでいる。料理も美味しそう。

内装は他の店と比べたら随分とシックな装いで、それでも酒場特有のイメージは崩れていない。
入口の脇にカフェテラスが設けられているところからわかるように、何だかこじゃれたような感じ。そういえばさっきからテラスの客の視線が痛い。
これなら、男の人だけじゃなくて女の人にも気に入ってもらえそうだ。
しかし僕は今すぐ撤退したい気分……。


「ベルさんっ」

「……」


いつのまに現れたのか、シルさんは僕の隣に立っていた。
僕は痙攣しそうになる口を封じ込めながら、無理矢理下手くそな笑みを浮かべる。
観念、しよう……。


「……やってきました」

「はい、いらっしゃいませ」


シルさんは朝と同じ服装で僕を出迎えた。
開きっぱなしになっている入口をくぐり、澄んだ声を張り上げる。


「お客様一名はいりまーす!」

(……酒場ってこんなこといちいち言うのっ?)


目立つような余計な真似しないでと胸の中で告げながら、店内へ進むシルさんの後に続く。
びくびくしながら体を縮こませた姿勢。自分のことながら失笑ものだ。
どこまで小心者なんだよ僕は。


「では、こちらにどうぞ」

「は、はい……」


案内されたのはカウンター席だった。
こう真っ直ぐ一直線に席が並ぶカウンターの中、ちょうどかくっと曲がった場所。すぐ後ろは壁があって、ちょうど酒場の隅に当たる。
曲がり角の席だから隣に椅子は用意されておらず、誰かが座ってくることはない。一人きりでカウンターの内側にいる女将さんと向き合う感じ?
シルさん、入店初めての僕に気をつかってくれたのかな。これなら他の人に邪魔されることなく自分のペースで食事ができる。
かなり融通してくれたのかもしれない。


「アンタがシルのお客さんかい? ははっ、冒険者のくせに可愛い顔してるねえ!」


ほっとけよ。
カウンターから乗り出してきたドワーフの女将さんに、僕は柄にもなく、半ば暗い視線をぶつける。
自分でも自覚があるんだから……。


「何でもアタシ達に悲鳴をあげさせるほど大食漢なんだそうじゃないか! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!」

「!?」


告げられた言葉に度肝を抜かれる。
ばっと背後を振り返ると、控えていたシルさんがさっと目を横に逸らした。
逸らしたよ! 目を逸らしたよこの人!


「ちょっと、僕いつから大食漢になったんですか!? 僕自身初耳ですよ!?」

「……えへへ」

「えへへ、じゃねー!?」


誤魔化されるか!
とんだ魔女だこの人!


「その、ミアお母さんに知り合った方をお呼びしたいからたっくさん振る舞ってあげて、と伝えたら、尾鰭がついてあんな話になってしまって」

「確信犯じゃないですか!」

「私、応援してますからっ」

「まずは誤解を解いてよ!?」


悪女かよ!
誰だ良質町娘なんて言ったヤツ!


「僕、絶対大食いなんてしませんよ!? ただでさえうちの【ファミリア】は貧乏なんですから!」

「……お腹が空いて力がでないー……朝ご飯を食べれなかったせいだー」

「止めてよ棒読み!? ていうか汚いですよ!?」


自分で無理矢理押し付けといて一飯の恩を返せとか、どんな詐欺だよ!


「うふふ、冗談です。ちょっと奮発してくれるだけでいいんで、ごゆっくりしていってください」

「ちょっと、ね……」


ちゃっかりしてるよなぁ……。
僕は溜息をつきたくなる衝動を抑えながらカウンターに向き直った。
ご丁寧に用意されているメニューを手にとり、料理の内容より値段の方を先に見て重きをおく。
今日の僕が換金したお金は4400ヴァリス。過去最高のモンスター撃破スコアに加えドロップアイテムが運良く発生し続けたおかげで、普段より大幅な収入を得られた。いつもは2000ヴァリスを上下するくらい。
一度の食事は50ヴァリスもあれば十分お腹を満たせるけど……冒険者の装備品やアイテムの相場はかなり高い。
体力を回復するポーションは最低でも500ヴァリスはするから、僕はこれまで新しい武器等を購入することもできなかった。今使ってる短刀だって1800ヴァリスも払った。ギルドに借金という形で。
防具も合わせて返済はやっと済ませたけど、絶対足元見られてるよね、冒険者って。

諸事情によりなるべくお金は取っておきたい。貯金もしたいし。
無難にスパゲティを頼んでおいた。それでも250ヴァリスかかったけど。おいおい。
料理は結構洒落てるものが多い。酒場なんてここが初めてだけど、手をかけているようなぶん、他のところより高いのかも。
「酒は?」と女将さんに尋ねられ、少し考えてからご遠慮しますと答えた。まだ子供だからなんてそんな抜けたこと言うもりはないけど、ここで一人で初めて飲酒することに踏ん切りがつかなかったのだ。お金もかかるし。
しかし女将さんは僕の言葉を無視してエールをどんっとカウンターに叩きつけた。聞いた意味ないじゃんか……。


「楽しんでいますか?」

「……圧倒されてます」


スパゲティを半分食べたところで、シルさんがやってきた。僕はちょっと皮肉をこめて素直な感想を述べる。
彼女はエプロンを外すと壁に置いてあった丸イスを持って、僕の隣に陣取った。


「お仕事、いいんですか?」

「キッチンは忙しいでしょうが、給仕の方は十分に間に合ってますので。今は余裕もありますし」


いいですよね? とシルさんは視線で女将さんに尋ねる。
女将さんも口を吊り上げながらくいっと顎をあげて許しを出した。


「えっと、とりあえず、今朝はありがとうございます。パン、美味しかったです」

「いえいえ。頑張って渡した甲斐がありました」

「……頑張って売り込んだっていう方が正しいんじゃないんですか?」


思っていたよりの夕食の出費につい愚痴をこぼす。
シルさんは苦笑して「すいません」と謝った。その言葉が本物だと心から願いたい。
それからシルさんとここのお店のことについて少しだけ聞いた。
この『豊饒の女主人』は女将さんのミアさん(店員の人はお母さんと呼んでいるらしい)が一代で建てたもので、彼女は昔冒険者だったらしい。所属する【ファミリア】からは半脱退状態らしく、神様の許しも受けているそうだ。そんな人もいるのかと思わず感心する。
従業員は女性のみ受け付けと徹底的。何でも結構わけありな人が集っているらしく、そんな人達でもミアさんは気前良く迎え入れてくれているのだとか。
じゃあシルさんも? と思い切って尋ねてみると、彼女は「働く環境が良さそうだったので」と答えた。
同姓だけならそれだけ気楽なのかな、と納得する。


「このお店、冒険者さん達に人気があって繁盛しているんですよ。お給金もいいですし」

「……シルさんってお金が好きな人、なんですか? もしかして」

「ジョークですよ、ジョーク。それに、ここには沢山の人が集まるから……」


シルさんはそう言ってカウンターから顔を上げて、店内を大きく見渡す。
注文を取りにきた店員にちょっかいを出すドワーフの客に、それを軽くあしらうヒューマンのウエイトレス。
運ばれる料理に満足そうに舌鼓を打つエルフもいれば、テーブルをくっつけお祭り騒ぎの小人族パルゥム達もいる。
みんな一様にジョッキを掲げ、顔を赤くして賑わっていた。


「沢山の人がいると、沢山の発見があって……私、目を輝かせちゃうんです」


瞳を細めてシルさんはこぼした。
横からじっと注視する僕の視線にはっと気付いた彼女は、頬を赤らめてわざとらしく「こほん」と咳をつく。


「まぁ、そういうことなんです。知らない人と触れ合うのが、ちょっと趣味になってきているというか……」

「ああ、それはわかるような気がします」


僕もオラリオに来て興奮ばかりしてる口だ。
新しい発見ばかりあるというのは、この都市に身を置く人達の特権なのかもしれない。

そんなシルさんの言葉に共感を覚えていると、突如、どっと十数人規模の団体が店に入ってきた。
予約をしていたのか、僕の位置とちょうど対角線上の、ぽっかりと席の空いた隅の一角に案内される。
一行は種族がてんで統一されていない冒険者達で、見るに全員が全員半端じゃない実力を漂わせているような……。


(って――


心臓がとび跳ねた。
多用な外見を持つ実力者達の中に、砂金のごとき輝きを帯びた金髪の持ち主が紛れ込んでいたのだ。
整った眉を微動だにせず、静かな表情で落ち着きを払った美少女。
見間違える筈がない
ヴァレンシュタインさん……!


『……おい』

『おお、えれえ上玉ッ』

『馬鹿、ちげえよ。エンブレムを見ろ』

『……げっ』


周囲の客も彼等が【ロキ・ファミリア】だということに気付いた途端、これまでとは異なった喧騒を広げていく。
顔を近付けあって密談を交わすようなひそひそ話。
『あれが』
『……巨人殺しの【ファミリア】』
『第一級冒険者のオールスターじゃねえか』
『どれが噂の【剣姫】だ』
聞こえてくるさざ波のような声には全て畏怖がこめられていた。
中にはヴァレンシュタインさんや他の女性のメンバーを見て口笛を吹かす人もいる。
一方で僕も自若なんか保っていられない。憧れの相手にまさかこんな形で再会するなんて思いもよらなかった。
ど、どうする?


「ベ、ベルさん?」


助けてもらったお礼を伝えに……いやいやいや、こんなところで出てったらいい晒し者だって。
大体あの人の前に出てどうするつもりだよ。好きです付き合ってくださいなんて言うつもりか。冷静になれよ馬鹿。僕達は赤の他人もいいところでうんやらかんやら。
決めた。様子見だ。
ていうか何をすればいいのか全くわからない。頭が真っ白になっちゃってる。


「……ベルさーん?」


赤くなったり紅潮したり放熱したりする顔をカウンターに伏せ、できるだけ姿勢を低くし、【ロキ・ファミリア】の動向を窺う。草むらにひそみ、息を殺して罠の行方を見守る狩人みたいだ。
奇行を演じる僕にシルさんが結構困った顔で声をかけてくるけど、生憎構っている余裕がない。
ヴァレンシュタインさんの席はちょうどこちらを真正面に向く形。僕はズクンズクンと鳴り響く鼓動を耳にしながら、視線の先の彼女だけを真っ直ぐに見つめた。


「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん! 今日は宴や! 飲めぇ!!」


一人の人物が立ち上がって音頭をとった。真後ろの姿しか見えず、僕の方からは顔が窺えない。
その首唱を皮切りに【ロキ・ファミリア】の人達は騒ぎ出した。ガチン! とジョッキをぶつけ合い、用意された料理と酒を豪快に口に運んでいく。ヴァレンシュタインさんは小食で、マイペースだった。
【ロキ・ファミリア】が宴会一色の雰囲気に突入すると、他の客も思い出したように自分達の酒をあおり始める。


「【ロキ・ファミリア】さんはうちのお得意さんなんです。彼等の主神であるロキ様に、私達のお店がいたく気に入られてしまって」


僕が興味全開で【ロキ・ファミリア】を見ていることに気付いたシルさんが、耳に顔を寄せ、手で壁を作りながらこっそり教えてくれる。
ワカッタ、もう忘れない。ここに来ればヴァレンシュタインさんに会える確率が高まる。
ぎんぎんに見開いた僕の瞳はヴァレンシュタインさんの一挙一動に翻弄されていた。
飲め飲めと勧められるお酒に困ったように苦笑していたり、隣にいる元気のいい女性の同僚と会話していたり、小動物のような仕草で口元をナプキンでこしこしと拭っていたり……。
気持ち悪いことこの上ないけど、今まで知る筈もなかったヴァレンシュタインさんの沢山の表情が、僕の二つの目を釘付けにする。
あんな風に話して、あんな風に笑う。
心臓まで真っ赤に染まっていくわけのわからない感覚を、僕は初めて味わうことになった。


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