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2023.03.02

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第7話
だから僕は走る③

魔石の存在もひっくるめて、ダンジョンは不思議に満ちている。
この迷宮、さっきも語ったように、神様のいない前から既に下界にあったのだ。
一説によるとダンジョンの最下層は地獄やら魔界に繋がっているとかいないとか。
神様達は何か知ってそうなものなんだけど、別段何も教えようとはしてこない。
『ダンジョンはダンジョンだろ。ダンジョンに他の何を求めてるんだよダンジョン』とは神様達の名言らしい。どれだけダンジョン好きなんだよ。

ダンジョンについて聞いて最も驚くのが、ダンジョンは生きている、ということだろう。
別に生きているからって階層ごとの地形は変わらないし、肉厚の壁が襲ってくるなんてこともない。冒険者が踏破してマッピングした階層の地図はギルドにも売られている(ただし下の階層に行くにつれて面積がありえないほど広くなって、マッピングしきれてない階層もちらほらとあるらしい)。
生きているとはつまり、修復されるのだ、破壊された地形が。勝手に。
ダンジョンは魔石の下位、あるいは上位物質できているらしい。迷宮の組成ばっかりは未だ学者達の間でも解明できていなくて、ただ発生する現象を見せつけられるに留まっている。
また魔石に近い物質ということで、迷宮の中は日の光が届かずとも明るい。この1階層なんて天井に当たる部分が照明のように点々と燐光を発しているものだから、時間を問わず馬鹿みたいに明々としているのだ。

更にモンスター。あいつ等はダンジョンの中で生まれる。
冗談のような話だけど、迷宮の壁から雛が卵の殻を破るように這い出てくるのだ。実際見た者も多くいる。
多くの冒険者がどれだけモンスターを倒そうとも、その数が尽きないのはそういう理由。
また、階層ごとに壁面から生まれるモンスターは決まっている。たまに生まれたモンスターが下の階層から上ってきたり、逆に下りたりするイレギュラーがあるらしいけど、大体出てくるモンスターは階層で固定していると考えていい。
階層と階層を繋ぐ経路は階段だったり巨大な下り坂だったり、まぁ色々。間違っても瞬間移動ワープとかそんな反則級な行為はできない。モンスターも僕達も、ダンジョン内を徘徊するためには自分の足だけが頼りとなる。

モンスターはダンジョンの中でしか生まれない。だからダンジョンを管理すればモンスターの脅威には晒されない。そういった経緯でギルドは太古から創設されていたのだ。今では迷宮から生まれる利益も大いに絡んでいると思うけど。
僕は子供の頃ゴブリンに殺されかけたことがあるけど、それはギルドが作られる前に地上へ進出したモンスター達の子孫だったのだろう。このオラリオの周辺地域を遠く離れた世界各地でもモンスターが散見されている。
つまり、モンスター達も生殖行動ができるというわけだ。
種の繁栄が十分に可能な数多のモンスター達を生み出すダンジョンは、まさに神秘そのもの。
怖い想像をするけど、僕にはこのダンジョンこそが、下界に亜人を創造した神様達と同等のような存在に思えてならない。
口が裂けても、神様は勿論、誰にもそんなこと言えないんだけど……。


――せいっ!」

「ゴブリャアッ!?」


通路の真ん中で突っ立っていたゴブリンに、見つけると同時、飛び蹴りをかました。土手っ腹にヒット。
体をくの字に折って、目玉を飛び出さんばかりに見開くゴブリン。吹っ飛んだ。
僕にトラウマを与えてくれたこの緑色のニクイ奴も、神様から恩恵を受けた今では瞬殺できる。何だかなぁ。
ダンジョンに入って最初に会った時、目も当てれないほど震えあがっていたのが遠い昔のことのように思えた。


「おっ、またドロップアイテム」


今度は『ゴブリンの牙』だ。
手を後ろにやって収納すると、すっかり重くなったバックパックが体を地面に引っ張ってくる。
んー、オークの皮でできているから、容量的にはまだ余裕があるけど……僕の動きに支障が出るかな?
いや、でも、今みたいなゴブリンとか相手だったらこのくらいなんとも――


「ギシャアアッ!!」

「!? ぐえっ!」


――訂正っ。一旦どうにかした方がいい!
不意打ちとはいえ、避けられない攻撃じゃなかった。
陰にでも隠れていたのか。僕はゴブリンと向かい合いながらバックパックを地面に下ろす。
そうだ、油断しちゃいけない。冒険なんかしなくても、ダンジョンには危険が沢山孕んでいる。「まぁいいっか」の積み重ねが一番危ないとエイナさんは言っていった。
一度地上に戻ろう。手に入れた戦利品を換金してから、また帰ってくればいい。手間だなんて言うのは無しだ。
ヴァレンシュタインさんと仲良くなるんだろっ。何をすればいいかなんて具体的なことはわからないけど、少なくとも、今の僕のまんまじゃあ駄目なんだ!
自分を助けてくれた金眼金髪の彼女の顔を思い浮かべる。募ったあの人への恋慕が、僕の体を燃焼させているような気がした。

今日はシルさんのお店にも行かなくてはいけないから、普段以上に稼ぎを得なくてはいけない。
約束の時間のその時まで、同じこと繰り返して、今日半日は踏ん張ってやる。
暴れるぞ。


「取りあえず……僕のノーミスを返せええええええええええええっ!!」

「ブベエッ?!」


粉砕!















ベル・クラネル
Lv.0
力:H 42(↑60 耐久:I 66(↑47 器用:H 71(↑55 敏捷:G 43(↑71 魔力:I 0
《魔法》
【】
《スキル》
【】

短刀:H 23(↑53




「……え゛っ」


夕刻。下水道の隠し部屋に戻ってきた僕は、自分の目を疑った。
神様から受け取った更新【ステイタス】の用紙、その中に記される成長っぷりが半端なかったのだ。


「か、神様、これ書き写すの間違ったりしていませんか……?」

「……君はボクが簡単な読み書きもできないなんて、そう思っているのかい?」

「い、いえっ! そ、そういうことじゃなくて……ただ……」


ただ……ちょっとありえない数字が並んではいないだろうか? 何だか棘のある神様の言葉を否定しておきながら、僕はまじまじと用紙を見つめる。
今日は確かに頑張った。昨日までとは異なった奮闘ぶりをした自信が確かにある。
でも、この数字は流石に……熟練度上昇トータル250オーバーって何なの?
これじゃあ、僕のこれまでの半月は一体何だったんだという話に……。


「か、神様、でもやっぱりおかしいですよ!? ここっ、ほら、『耐久』の項目! 僕、今日は敵の攻撃を一回だけしかもらっていないのに!」

「……」


僕が今日与えられたダメージは、あの時のゴブリンによる一撃のみだ。後は全て往なしてやった。
だというのに、『耐久』が一気に三倍以上も数値を伸ばしている。
今日まで散々殴られてきてやっと以前の数値だったんだ、いくら頑張ったからといって、一度の被撃だけでここまで熟練度が上がるのはありえない。


「だからやっぱり何かがっ…………あ、あの、神様?」

「……」


おかしい。
神様の機嫌が悪い。すこぶる悪い。ていうか怖い。
幼い顔付きがむっつりとしていて、半眼で僕のことを見据えている。不機嫌デスと尋ねずとも聞こえてくるかのようだ。
な、何で? 僕、なにかやらかしちゃったんですか?
神様のこんな様子に初めて直面しただけに、どうすればいいのかわからない。
汗を頬にかき、無力なゴブリンのように怯えあがってしまう。


「か、神様……?」

「……」

「えと、その、だから……」

「……」

「な、何で僕、こんないきなり成長したのかなー、なんて……」

「……知るもんかっ」


ぷいっ、と頬を膨らませた神様はそっぽを向いた。
ヤダ可愛い、とこの状況で思っちゃう僕は狂っているのか。
神様はじめての反抗期。


「ふんっ」


神様は僕に背を見せ、無言で部屋の奥にあるクローゼットへ向かった。うねうね動くツインテールがこちらを威嚇してくる。
扉を開け、プルプル震えながら頑張って背伸びをして、神様用に採寸された特注のコートを取り出した。
小さな体に不釣り合いな胸も覆い隠す外套を羽織り、たじたじになって立ちつくす僕の目の前を通り過ぎていく。


「ボクはバイト先の打ち上げがあるからそれに行ってくる。君もたまには“一人で”羽を伸ばして“寂しく”豪華な食事でもしてくればいいさっ」


バタンッ! と音をたててドアが閉められた。
神様は最後まで僕と視線を合わせようとしなかった。そしてバイト先は何の打ち上げをするのかという謎を残していった。
……何だったんだ、一体。
僕に落ち度があったんだろうかと振り返ってみるけど、わかる筈もなく。
ただ神様を怒らせてしまったという事実にへこみながら、僕も隠し部屋を後にした。溜息と一緒に。
シルさんのもとに行くまで、立ち直らなきゃな……。


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