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2023.02.23

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第6話
だから僕は走る②

神様達が下界に降り立つ以前から、ダンジョンというものは存在していた。
迷宮の上には今ほどの規模ではないにしても町が築かれており、その時からギルドの前身の機関があったらしい。
何が言いたいかというと、古代には、神様の恩恵を受けずにモンスター達と戦っていた人達がいたということだ。


「ギャウッ!?」

「はッ!」


信じられないという思いが半分と、本当に凄かったんだろうなという畏敬の念が半分。
恩恵を授かることで、こうしてやっとコボルトを屠れるようになった僕とは逆に、正真正銘の生身で凶悪なモンスターを打ち倒していた人達が、遥か昔、このダンジョンにはいたのだ。


「シャアッ!」

「ほあっ!?」

「グェッ!?」


もし、だ。
もしそんな古代の人達が今ここにいたとしたら。
純然な独力で敵を蹴散らす本物の戦士がいたとしたら。
やはり、めちゃくちゃ強い彼等は、こんな状況も鼻をほじりながら切り抜けてしまうのだろうか。


「「「「「「グルオァッッ!!」」」」」」

「無理だぁー!?」


僕にはできっこない。


「畜生ー! 卑怯だぞおおおおっ!?」

「「「「「「ガアアアッ!」」」」」」


コボルトの群れに背を向けて全力疾走。
計六匹の犬頭のモンスターが執拗に僕を追いかけてくる。
揺れる視界を埋め尽くすのは薄い青色に染まった壁面。空の見えない天然の迷路は、どこまでもどこまでも続いていた。
二また道、十字路、緩やかな下り坂。一定間隔で綺麗な道を形作っている地下空間を、僕は腕を振っては駆けていく。

早朝ということで他の冒険者の姿が全くないダンジョンの1階層、もぐってから順調にモンスターを狩り続けていた僕は、不運なことに、先程このコボルトの集団に出くわしてしまったのだ。
最初はなんと九匹もいて、囲まれる前に三体倒すことには成功したけど、あいつ等すごく綺麗な包囲網なんて敷いてきた。逃げるしか、道は残されていなかったのだ。
そもそもコボルトがあんなに群れていること自体、稀だ。駆け出しの僕が言うのもなんだけど、こんな光景は見たことがない。
先日のミノタウロスといい、この頃ろくな目にあっていない。僕、知らないところで呪われているんじゃないだろうか。


「っ!」


直角の曲がり角に勢いよく飛び込んで、ブレーキ、くるりと回転して息をひそめる。
僕が選択したのは待ち伏せ。コボルト達がすぐ前の曲がり角に現れた瞬間、一気に飛びかかる心算だ。
今からやろうとしていることに否が応でも緊張を強いれらていく。
他の冒険者がいたら僕の選択を「間抜け」と言って鼻で笑っただろうか? けど1階層の通路は幅が広くて多数対一の戦闘が容易に成立してしまう。いくら逃げ回ったところで、ダンジョンのセオリーである一対一が上手く整わないのだ。
逃げ続けた結果、他のモンスターとの挟み撃ちにもあってしまうかもしれない。
やるなら、速攻だ。

ドダドダドダッとただ地面を蹴るだけの雑な足音が近付いてくる。
まだ現れない敵に、短刀を握る手の平がじわっと湿ってきた。
幾重にも響く野獣の遠吠えを聞きながら必死に心臓の音を抑え込み、切歯。すぅぅ、と息を吸い込む。
そして次の瞬間、目を血走らせた獣の顔が壁の向こうから姿を現した。


「うあああああああああああああっ!」

「グェ!?」

『!?』


そいつの目とこちらの目があった時、既に僕は跳躍していた。
先頭で走ってきたコボルトの瞳の中で僕の姿が徐々に大きくなり――刺殺。
心臓に短刀が食い込む。まず一匹。
間を置かず角を曲がってきた他のコボルト達が、思いがけない光景に動揺をあらわにした。一方、僕の仕掛けた突撃の勢いは緩まない。始末したコボルトを盾にするように群れへと突っ込み、二匹のコボルトを巻き込んで地面に倒れ込む。


「ガ、ガァ!?」

「ふっ!」

「ギョグ!?」


もろに背中を強打した二匹とは異なり、僕は前転の要領で素早く立ち上がる。
振り返り、呻き声をあげる一匹のコボルトの喉笛に白刃を突き刺した。二匹目。


「グ、グオオオッ!!」

「!」

「ゴッ!?」


不意打ちに固まっていた三匹が再起動した。
飛びかかってくるのを往なし、ついでに未だ転がっている奴の頭に、ボールへそうするように蹴りをかます。ボキッと首のへし折れる音。
犬頭がとんでもない角度と方向を向く。三匹目。


「僕の勝ちだ!」

「キャインッ!?」


勝利宣言。
残った数のコボルトでは僕を包囲することもできない。
知能の低い低級のモンスターでは、人のような連携は取れないからだ。今、四匹目の腹をかっさばいて残るは二。
恐怖の眼差しを向けてくる最後のコボルト達を、僕はもう時間をかけずに処理をした。


「ふ~~っ……勝てたぁ」


動かなくなったコボルトの群れの横でぺたんと腰を落とした。
この数を相手取るのは初めてだったけど、良かった、上手くいった。無傷で済んだんだし、かなり上出来ではないだろうか。
もしかしたらもっと上手い対応の仕方があったのかもしれない。けど、冒険者として指示を仰げる人がいない僕には、知りもしないことをやれと言われても無茶ってもんだ。
【ヘスティア・ファミリア】は僕一人だから、先輩も仲間もいない状態で我流のまま戦い続けなくてはいけない。我流なんて聞こえはいいけど、ただの素人。今の僕には酷く頼りない響きにしか感じられない。
死にたくないんだったら、それこそなりふり構わず他の【ファミリア】の人達に教えを請うた方がいいんだろうけど……ねぇ? 僕だけじゃなくて神様も馬鹿にされそうだし、【ファミリア】のいざこざは複雑に過ぎると聞くし。

色々天秤にかけてみると、まだ一人で頑張ってみようかな、という気分になる。そう、“冒険しなければ”この通り僕でも戦えるのだ。
エイナさんに叩きこまれたダンジョンの知識も、ちゃんと血肉になってる。


「……よいしょ」


立ち上がって、コボルト達の死体に足を運ぶ。
舌を口から出して無残に息絶えている様に、少し心の壁を削られるが、僕は頭を振って短刀を再び構えた。
一息で振り下ろして胸を抉る。びくんっとはねる体と飛び散る血はもう無視して、胸部の中心にある、小さく輝く紫紺の欠片を摘出した。
これが、魔石。
モンスターからとれる魔力のこもった結晶……らしい。いつものように詳しいことは知らない。神様が言うように本を読んだ方がいいかなぁ。

まぁとにかく、この結晶には不思議な力が宿っていて、ギルドに持っていけば換金ができるのだ。言っちゃえばこれがダンジョンでの直接の稼ぎになる。
僕達のホームにあった魔石灯がいい例だけど、魔石はヒューマンの技術で加工することで色々な方面に活用できるから、貴重な資源扱いになっている。
オラリオはこの魔石製品を他の地域、他の国に輸出することで莫大な利益を上げていると聞く。この場合、オラリオっていうよりギルドなんだろうだけど。
大きければ大きいほどやっぱりギルドの方も高く買い取ってくれるみたい。
コボルトからとれたこの魔石は、正確には『魔石の欠片』。爪ほどしかない小ささで、僕が確かめた限り、1~4階層のモンスターから出るのはみんなこんなものだ。

手の中の魔石をぼーっと見つめていると、魔石を取り除いたコボルトの体に変化があった。
急に色素が抜け落ちていったかと思うと、頭がぼろりと崩れ、ついには全身が灰となって跡形もなく消えてしまった。
これが魔石を失ったモンスターの末路だ。
エイナさんの話によると、魔石はモンスター達の“核”であり、これを基盤として彼等は活動しているのだと言う。故に魔石を狙うのはモンスターを倒す上で有効打にもなりうるのだと、彼女はそうも言っていた。
魔石が砕けちゃったら換金もできないけど、生きるか死ぬかの時だったら、四の五の言ってられないしね。

僕は灰になったコボルトを最後まで見届けると、やがて同じ作業を繰り返し始めた。
最初に仕留めた三匹のところにも行かないといけないから、呆けてる時間はないんだった。
短刀を振りかぶって、振り落とす、振り落とす、振り落とす。


「ん……?」


最後の死体を処理した時、全て灰になるはずの肉体の中で、右手の爪だけがぽつんと残る。
灰の中に埋もれたそれを取り出し、ポンポンとお手玉してみても、消える気配は見せない。
どうやら『ドロップアイテム』のようだ。
魔石を除去したモンスターは、時折、体の一部の原型を残すことがある。そのモンスターの中で異常発達した部位らしく、魔石を失ってもなお独立するに至る力(この場合は魔力か)が備わっているらしい。生きていた際にはそのモンスターの強力な武器としてさぞ活躍していたことだろう。
これも換金の対象になりうる。具体的には武器や防具の原料として使用するのだ。ものにもよるけど、大抵魔力の欠片よりは高く引き取ってくれる。


「ラッキー」


魔石の欠片を腰巾着、『コボルトの爪』を背にしょっている黒色のバックパックに放り込む。
これは特殊な製法でできていて、もとの大きさよりずっと多くのアイテムが収納できる魔法の袋…………とまぁ、そんな都合のいいものの筈がなくて。
生地の限界がくれば溢れるし破れる。勿論重さも健在だ。夢のような便利なアイテムはないんだよね……。
本来なら魔石やドロップアイテムは『サポーター』と言われる非戦闘員が回収して確保してくれるんだけど、ソロの僕は以下略。
僕はお金になる重い荷物を背負って戦わなければいけないわけだ。……フリーのサポーター雇おうかなぁ。エイナさんも今の僕の状況にいい顔してくれなかったし。
でも、そんなお金の余裕が僕と神様の【ファミリア】にある筈もなくて……。


「ウオオオオオオオンッ!」

「ガアアッ!!」

「……連戦?」


ええい、休ませろよ!


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