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2023.02.16

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第5話
だから僕は走る①

「……ん」


【ヘスティア・ファミリア】の本拠、下水道の隠し部屋。
街の地中に作られているために朝日も鳥の鳴き声も届かないこの場所で、けれど僕はしっかり早朝を認め、起床を定めている時間に目を覚ました。
生まれ故郷の田舎で、朝早くから畑仕事に駆り出される習慣が染みつき、お腹のあたりに体内時計が開発されてしまっているのだ。


(……五時、ぴったし)


一応ソファーの上から頭を巡らして、壁に備え付けてある時計を確認する。
魔石技術により発明された魔石灯が、天井でぼんやり燐光のごとく輝いていて、地下でありながらも部屋は完璧な暗闇に包まれていない。周囲を見渡せる程度には肉眼がしっかり機能する。
この『魔石灯』を作り出したヒューマンを、神様は「本当に手先が器用」とこぼしていた。
あの神様達の舌を巻かせるほどなのだから、発明された当時「世紀の大発明」とまで言われた魔石製品のすごさがよくわかる。

昨日、神様とささやかなパーティを開いた後すぐに就寝した僕は、いつも通りベッドを神様に明け渡して、ソファーを寝台として扱った。結構狭いけどもう慣れたものだ。
瞬きを数度繰り返し、顔を洗うために体を起こそうとして……はたと気付く。
シーツ以外に丸いものが僕の上にもたれるようにして乗っかっている。全然軽い。息苦しくないから全く気にもならなかった。
疑問符を浮かべてそれに手をかけると……一発でわかった。神様だ。
僕の胸に顔を埋めるようにして眠りこけている。ぎょっとしたけど、すぐに苦笑した。


(寝ぼけちゃった……のかな?)


珍しいこともあるものだと思って、さぁ困ったと考える。
神様を起こさずソファーを抜け出すのには自信があるけど、なんだ、すごく温かくて抱き心地のいいこの存在を離したくない。
最高級な抱き枕を越えた、まさに神作級の抱き枕。伝説級の武器やアイテムを確保しているどんな【ファミリア】にも、これ以上のアイテムなんてないって断言できる。神様やっぱりスゴイ。
畏れ多くもつい手を回して柔く抱く。ほわん、とした感触。あぁ不味い、本当に抜け出せなくなってしまう。
いい香りも漂わせてくる神様にすこぶる力の抜けた顔をしていると、「んっ……」と小さく身じろぎして、赤ん坊のように顔を僕の胸板に擦りつけてきた。
あぁもうめっちゃ可愛い……!
などと、心中で悶えまくっていると――「むぎゅ」と神様の双丘が鳴って、僕の上で圧倒的質量のそれが潰れた。
そこからの僕の行動は迅速だった。神アイテムから劇薬アイテムに変貌した神様を直ちに除去、場所を入れ替えるように彼女を寝かせ僕はソファーから脱出した。


(神様が僕を殺しに来るなんて……!)


初めて神様に戦慄を抱いた瞬間だった。あと一秒遅かったら僕の呼吸は止まっていたかもしれない。
神様にシーツをかけ自らはいそいそと身支度をする。何だか居たたまれなくなった。冷静になって考えてみると、僕の馬鹿野郎、神様相手になんちゅーことを。
ささーっと速やかにドアを越えて、僕は音もなく部屋を出ていった。


「…………ベル君のあほぉ。むゅぅ」















「あ~、朝ご飯食べてないや……」


昼間とは趣が異なったオラリオのメインストリートを一人で歩く。
東の空は既に明るい。早朝といっても既にまばらと人影があって、露店の準備をしている小人族パルゥムもいれば、僕と同じ冒険者のドワーフ達が徒党を組んで何か話し合っている。これからダンジョンへ向かうんだろう。
僕もダンジョンへもぐる装備をして神様から逃げ出し……部屋から出てきたんだけど、参った、お腹の中に何も入れてない。ひもじい。
この空腹感をどうにかしないと探索に集中できなそうだ。昨日の今日で節約を無視したくないんだけど、しょうがない、何かを買って……


「……!?」


ばっ、と振り返った。立ち止まって自分の背後を見る。
……嫌な感じ。殺気とか僅かな気配とか、そんな大それたものを察知できるほど一端の冒険者じゃないけど……“視られてた”?
肌を犯されるような感覚。まるで物を値踏みするかのような、普通の人にはとても真似できない、無遠慮に過ぎる視線。
一人でカフェテラスの準備を行う店員、路地の角でたむろする獣人の二人組、商店の二階の窓から大通りを俯瞰する女の子……広がる景色の中、動くものに何度も視点を移ろわせる。
半ば動転しながらぐるりと辺りを見渡した。
本格的に目覚める前の朝の商店街、不審な影はない。通りのど真ん中で棒立ちになる僕に奇異の目が集まるけど、気にする余裕がなかった。
僕の勘違い……?
やけに耳にへばりつく心臓の音を聞きながら、ちっとも納得できない顔を浮かべてしまった。


「あの……」

「!」


後ろからの声にすぐさま反転し身構える。周りから見れば大げさ過ぎだと思われただろう。
呼びかけてきたのは僕と同じ、ヒューマンの女の子だった。
服装は膝下まで丈のある若葉色のワンピースに、その上から長目のサロンエプロン。
鈍色の髪を後頭部でお団子にまとめ、そこからぴょんと一本の尻尾が垂れている。ポニーテールの亜種みたい。
円らな瞳は純真そうで可愛らしい。ミルクのように白く滑らかな柔肌の顔は、僕の警戒じみた挙動に驚きを示していた。
明らかに無害な一般市民……。な、なんて真似を……!


「ご、ごめんなさいっ! ちょっとびっくりしちゃって……!」

「い、いえ、こちらこそ驚かせてしまって……」


慌てて謝るとあっちも頭を下げてきた。申し訳なさ過ぎる。
年は僕より少し上くらいだろうか。一つ二つくらしか離れてないように見える。
この人、もしかしてさっき見たカフェの準備をしていた人かな? テーブルを一人頑張って運んでいた……。


「な、何か僕に?」

「あ……はい。これ、落としましたよ」


差し出された手の平に乗っていたのは、紫紺の色をした結晶だった。


「え、魔石? あ、あれっ?」


首を捻ってお尻の上にある腰巾着を見る。
僕はモンスターから得られる『魔石』を、この亜麻色の腰巾着の中に回収している。いつも紐はきつく絞ってあるけど、何かの拍子で緩んでしまったんだろうか。
でも昨日の換金の時、魔石は全部ギルドに渡したんだけど。残ってたのかな?
冒険者じゃない人が魔石なんか持っている筈なんてないし……うん、きっとそうなんだろう。


「す、すいません。ありがとうございます」

「いえ、お気になさらないでください」


ほわっとする微笑みが返ってきた。すまなさそうに眉を下げながらも、僕もつられて笑ってしまう。
純粋な善意に触れて肩の力はすっかり抜けていた。


「こんな朝早くからダンジョンへ行かれるんですか?」

「はい、ちょっと軽く行ってみようかなぁなんて……」


間を繋ぐように声をかけてくれた。この場をどう収拾しようか迷っていたので、正直助かった。
あと一言二言交わしてから別れの挨拶を告げよう。
……なんて、そんなことを思っていた矢先、グゥと僕の腹が情けない声を吐いた。


「……」

「……」


きょとんと目を丸くする店員さん。
顔を赤くする僕。
すぐに店員さんはぷっと吹き出した。痛恨のダメージ、僕はうつむいて煙を吐き出す。


「うふふっ、お腹、空いてらっしゃるんですか?」

「……はぃ」

「もしかして、朝食をとられていないとか?」


恥ずかしくて堪らず、僕は店員さんに目を合わせられないままこくりと頷いた。
彼女は何か考える素振りをすると、急にぱたぱたと音をたててその場を離れる。
例のカフェテラス……そこを越えていったん店内へと消え、僕が怪訝な顔をして突っ立ていると、ほどなくして戻ってきた。
ここを離れた際にはなかったもの――ちんまりとしたバスケットが、その細い腕に抱えられていた。
中には拳大のパンとチーズが見える。


「これをよかったら……。まだお店がやってなくて、賄いじゃあないんですけど……」

「ええっ!? そんな、悪いですよ! それにこれって、貴方の朝ご飯じゃあっ……?」


店員さんはちょっと照れたようにはにかんだ。
うぐっ……この人、体の内から可愛さが滲み出るタイプだ。
ヴァレンシュタインさんや神様みたいに思わずはっとするような美貌ではないんだけど……。
接すれば接するほどその魅力に惹かれていくような……なんていうか、神様達だったら『良質町娘キタァー!』とか絶賛しそうな感じ。


「このまま見過ごすと私の良心が痛んでしまいそうなんです、だから冒険者さん、どうか受け取ってくれませんか?」

「ず、ずるいっ……」


そういう言い方をされたら断れるわけない。その笑顔でそんな殺し文句、卑怯だ。
めちゃくちゃ困り果てながら僕が返答に窮していると、店員さんは少しの間を置いて目を瞑る。
次にぱっと瞼を開いた時、今度は少し意地悪そうな笑みを浮かべて、僕の目の前に顔をすっと寄せた。
ち、近い……。


「冒険者さん、これは利害の一致です。私はちょっと損をするけれど、冒険者さんはここで腹ごしらえができる代わりに……」

「か、代わりに……?」

「……今日の夜、私の働くあの酒場で、晩ご飯を召しあがって頂かなければいけません」

「……」


今度は僕が目を丸くする番だった。
言われたことの意味を、時間をかけてゆっくり呑み込む。
にこっと笑う店員さんを前にして、僕は初対面の人に対する壁みたいなものを、完璧に取り払われてしまった。
くしゃっ、と破顔する。


「もう……本当にずるいなぁ」

「うふふ、ささっ、もらってください。私の今日のお給金は高くなること間違い無しなんですから」


遠慮することはありません、と店員さんは言ってくれた。
何だよ、この人、全然したたかじゃんか……。


「……それじゃあ、今日の夜に伺わせてもらいますっ」

「はい。お待ちしています」


最後まで店員さんは僕のことを笑ってくれた。
終始やりこめられた感じなのに、紅茶を飲んだ時のように心地が良い。急に照れくさくなってしまった。
バスケットを片手にして店員さんに見送られる。それからちょっと歩いてふと、僕は後ろを振り返った。
不思議そうに見つめ返してくる店員さんに向かって言う。


「僕……ベル・クラネルって言います。貴方の名前は?」


目を僅かに見開いた後、彼女はすぐにぱっと微笑んだ。


「シル・フローヴァです。ベルさん」


笑みと名前を僕等は交わし合った。


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