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2023.02.09

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第4話
世界と現実と憧憬③

「……ごめんねぇ、こんなヘッポコな神と契約させちゃって」

「か、神様ぁ……」


 しゅんと小さくなる神様を見て、僕も情けない声を出してしまう。
 田舎から出て冒険者になろうとしていた僕は、ちょうど【ファミリア】の構成員を探しに街を回っていたヘスティア様と出会った。
 有名な【ファミリア】は人員も豊富で基本的に飽和しているところが多い。中小規模の【ファミリア】だって頼りなさそうな田舎臭さ丸出しの輩より、多少なり戦闘や専門職に心得がある人材を優先させる。ことごとく門前払いを受けていた僕は、神様の勧誘に一も二もなく飛びついた。
 どうやら神様はそれに負い目を感じているようだった。世間知らずの子羊ちゃんを見事に引っかけちゃったぜ、みたいな。
 ヘスティア様は比較的最近に天界から降りてきて、僕に会うまでは友人の神様の【ファミリア】にお世話になっていたと、そう教えてくれた。
 例に漏れず、家でゴロゴロ転がりながら大好きな下界産の本を読み耽るという自堕落な生活を送っていたところ、勤勉なご友神の逆鱗に触れ、追い出されたそうな。下水道に設けられたこの部屋は、その神様が加えてくださった最後の手心らしい。

 でも実際、神様達の『恩恵』には差がない。これは事実。
『神の恩恵』を授かる誰もが、最初は同じ力を手に入れることになる。そこから発展していくはその人次第。
 結局【ファミリア】としての名は、どんなお店もどんな国も同じように、所属する人の能力に左右されるのだ。
 神様が悪いだなんてことは決してない。


「大丈夫ですよ神様! 僕達の【ファミリア】はまだ始まったばかり、言っちゃえば発展途上ってやつです! 最初のうちはそりゃ苦しいかもしれないですけど、ここを乗り切ればずっと生活は楽になる筈ですっ、余裕もできれば加入してくれる人もきっと出てきますって!」

「ベル君、君ってやつは……!」


 がばっ! とソファーから立って力説。神様は僕のことを感動した眼差しで見上げてくる。
 実はこれ全部、さっきまで聞かされていたエイナさんの弁だ。心が痛い。

 でも、何だっていいから神様には喜んでいてもらいたい。
 ハーレム云々なんてアレなこと考えていた僕だけど、神様はこの街に来て潰されそうになっていた僕の手を、優しく引っ張ってくれた大切な人だから。
 この人を助けてあげたい。それは彼女と出会ってから僕の心に深く刻み込まれた、一番最初の自分への約束だ。


「うふふっ、君みたいな子に会えてボクは幸せ者だよ。それじゃあ、ボク達の未来のために君の【ステイタス】を更新しようか!」

「はい!」


 神様も足を振ってソファーから立ち上がった。少女の体にはありえない双丘がたゆんっと揺れる。
 僕はぴくりと笑みを引きつらせたまま、そっと目を逸らした。情けない意味で、僕にとって目に毒だ。
 他の神様達からは『ロリ巨乳www』と言われ馬鹿にされているらしい。ロリってなんだ。


「はい、じゃあいつものように服を脱いで寝っ転がって~」

「わかりました」


 部屋の奥にあるベッドへ向かい、冒険者用のライトアーマーを外してインナーも脱ぐ。
 上半身を包むものが一切無くなったところで、ちらと後ろを振り返った。
 壁に取りつけられた姿見。そこに映るのは、老人のような白髪と色白の肌を持つ僕の後ろ姿で、特筆すべきは背中にびっしりと刻み込まれた黒の文字群だ。
 これ全部神様が僕に刻み込んだもので、これこそが『神の恩恵』。


「はいはい、寝た寝た」


 神様に促されるままベッドに体を横たえる。
 うつ伏せでいると、ぴょんっと神様が僕に飛び乗った。僕のお尻のあたりに神様は座り込む。


「そういえば死にかけたって言ってたけど、一体何があったんだい?」

「ちょっと長くなるんですけど……」


 口を動かしている間、神様は僕の背中を撫でた。ぞくり、とする。
 一回、二回、と何度も同じ箇所を往復して肌を労わるように。
 やがてチャリという金属の音が鳴る。神様が針を取り出したのだ。わかっていても、訪れるだろう痛みにやはり緊張してしまう。


「出会いを求めて下の階層って……君も大概にダンジョンに夢想を抱いてるよねえ。あんな物騒な場所に、君が思っているような真っ白サラサラの処女みたいな女の子、いるわけないじゃないか」

「しょ、処女……! い、いえでもっ、別に決まりきってるっていうわけでもないでしょう! エルフなんて自分が認めた人じゃないと手も触れないなんて聞きますよ!」

「怒鳴るな怒鳴るな、痛むよ? まぁエルフみたいな種族もいれば、アマゾネスみたいに強い子孫を残すためだけに屈強な男に体を委ねる種族もいるんだ、君の過度な期待は身を滅ぼすだけだとボクは思うな」

「……ううっ」


 さらりと重いことを告げられ枕に頭を埋没させる僕を尻目に、神様は背中に針を刺した。細い痛みに思わず顔を歪める。
 僕の背中に彫られているのが【ステイタス】。神の恩恵。
 神様達が扱う【神聖文字ヒエログリフ】を刻むことで対象の能力を引き上げる、神様達のみに許された力。
【経験値】というものがある。モンスターを倒したこと等によって得られる、まぁ文字通り経験した事象だ。当然不可視で、下界の者達には手にとって利用できる代物じゃない。言わば自己の歩んできた歴史なのだから。
 神様達はその歴史に埋もれている『モンスターを倒した』という軌跡を引き抜いて、成長の糧へと変える。倒した敵の質と量の値、【経験値】。神様にはそれが見えて、更に料理することができるのだ。敵を倒したという偉業を称えて祝福する、っていう古代の仕来たりに似ているのかもしれない。
 背中の文字群を塗り替え付け足し、レベルアップ、能力向上。この力によって神様達は下界の者達に持ち上げられる。


「それに、アイズ・ヴァレンシュタイン? だっけ。そんな美しくてべらぼうに強いんだったら他の男どもがほっとかないよ。その子だって、お気に入りの男の一人や二人囲っているに決まっているさ」

「そ、そんなぁ……」

「ふんっ。いいかい、ベル君? そんな一時の気の迷いなんて捨てて、もっと身の周りを注意してよく確かめてみるんだ。君を優しく包み込んでくれる、包容力に富んだ素晴らしい相手が100%確実にいる筈だよ」


 考えまいとしていたことを指摘され、涙目になる。神様はそれからヴァレンシュタインさんのことを罵り続けた。
 何だかやけに機嫌が悪い。僕は何か地雷を踏んだのか。
 神様はああ言ってるけど、今のところ僕の周りにいる異性なんてエイナさんと神様しかいない。エイナさんにはきっと相手にしてもらえないだろうし、神様に末長いお付き合いを……なんて流石に口が裂けても言えないからなぁ。そんな大それたことできないって。
 神様、現実って厳しいよ。エイナさんにも言われたんだ。


「ま、ロキの【ファミリア】に入ってる時点で、ヴァレン何某とかいう眷族とは婚約できっこないんだけどね」

「…………」


 とどめを刺された。
 大抵【ファミリア】に加入している者は、【ファミリア】内かあるいは無所属フリーの異性と結婚する。
 別の【ファミリア】の相手と結婚して子供ができると、じゃあその子供はどちらの所属になるの? という話になってしまうからだ。
 これは一例でそれだけが全てじゃないけど、とにかく別の【ファミリア】と深い繋がりを持つということは弊害が生まれやすい。規律のためにも神様達は【ファミリア】の管理だけは厳しかった。
 また、相手が仲の悪い神様同士だったらその【ファミリア】はそれだけで敵対関係に当たる。構成員は不用意に【ファミリア】を危険に晒すわけにはいかないのだ。
 エイナさんにも忠告されたけど、【ヘスティア・ファミリア】の一員である僕が【ロキ・ファミリア】所属のヴァレンシュタインさんと、健全なお付き合いをすることは中々に困難なのである。


「はいっ、終わり! まぁそんな女のことなんて忘れて、すぐ近くに転がってそうな出会いってやつを探してみなよ」

「……酷いよ神様」


 ええい、決して諦めないぞ。少なくともまだ何もやってないんだから挫折はしない。
 僕とあの人との関係はまだ始まってすらないんだからっ。
 僕が覚悟を新たにしながら着替を行っている最中、神様は用紙に更新した【ステイタス】を書き綴っていた。僕は【ヒエログリフ】なんて読めないから、神様が下界で用いられている共通語コイネーに書き換えて【ステイタス】の詳細を教えてくれる。
 そもそも背中に書き込まれた文字なんて見えにくい。


「ほら、君の新しい【ステイタス】」


 どうも、と差し出された用紙を手に取る。
 僕はそれに視線を落とした。



ベル・クラネル
Lv.0
力:I 82(↑5 耐久:I 19 器用:H 16(↑9 敏捷:H 72(↑24 魔力:I 0
《魔法》
【】
《スキル》


短刀:I 70(↑7



これが僕の背中に記されている【ステイタス】の概要だ。
基本アビリティ――『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』の諸項目――は五つで、更にI からSの十段階で能力の高低が示される。
 I の隣にある数字は熟練度。これが99に達して超えればI だったら次のHに能力が強化される仕組み。その分野の能力を酷使すればするほど熟練度は上がるけど、Sに近付くにつれ伸びは悪くなっていくらしい。
 Lv.は一番重要。これが一つ上がるだけで基本アビリティ補正以上の強化が執行される。“進化”と言っても決して大仰ではないのだそうだ。神様はこれを【ランクアップ】と呼んでいた。【ランクアップ】すると基本アビリティの値は全てがI にリセットされる。
 あとは使った武器の熟練度もアビリティの一環として表示される。僕は短刀使いなのだ。

 ……うーん? 今回のダンジョン捜索で上がったのが『力』と『器用』と『敏捷』……って『敏捷』の上がり方すごっ!?
 ミノタウロスに散々追いかけ回されたからかな……?
 この熟練度のシステムはその分野の能力を使用しなければ一切上がらない。例えば『耐久』を上げるには敵から攻撃を受けるしかないのだけれど、僕は逃げてばっかりだから一向に上がらないという様相を見せている。
 盾や武器など装備品で防御することでも上昇するらしいけど、どうしても逃げに走ってしまう。痛いのは、ちょっと。


「……神様。僕、いつになったら魔法を使えるようになるかな?」

「それはボクにもわからないなぁ。主に知識が反映されるみたいだけど……ベル君、本とか読まないでしょ?」

「はい……」


【ステイタス】を神様に刻まれる中で誰もが関心を寄せるのが、『魔法』を扱えるようになるということだろう。
 神様達が下界に来る前は、魔法は特定の種族の専売特許に過ぎなかった。けれど、神様達の『恩恵』はいかなる者でも魔法を発現させることを可能としたのだ。
 最低一つ、最高三つと、魔法が発現する数は決まっている。一つ使用できるのが一般的。
 魔法を二種類扱えるだけでその人は仲間内で引っ張りだこになると聞いたことがある。
 それだけ魔法の存在は肝要なのだ。遥か昔、一人のエルフが風を操って百人のヒューマンを薙ぎ払ったという伝説の通り、言うなれば切り札、形勢を逆転させるだけの必殺になりうる。
 まぁ、普通に炎の海を出す相手に剣を持って挑んでも勝てる気がしないから、つまりそういうことなんだろう。
【ステイタス】を確認しても僕の魔法スロットは一つしかないから、当然使える魔法は一種類だけなんだけど……ん?


「神様、書き忘れですか? スキルのスロットが中途半端に終わってますけど?」

「……ん、ああ、ちょっと手元が狂ってね。いつも通り空欄だから、安心して」

「ですよねー……」


 少し期待してしまった。
 スキルというのは【ステイタス】とは別に、一定条件の効果や作用を肉体にもたらす恩恵のことだ。
【ステイタス】が器そのものを強化するものだったとしたら、スキルは器の中で特殊な化学反応を起こさせる。
 魔法のように目に見えた派手さはないが、発現して損なものは極めて少ないとのこと。
……ゼロではないようだ。


「じゃあ、神様。夕飯の支度しましょっか? ジャガ丸くんパーティでも、流石にそれだけじゃあ物足りないですよね?」

「うん、ベル君に任せるよ」

「はーい」


 にこっと笑う神様に背を向けてキッチンへ向かう。
 簡単な料理しかできないけど、うん、エイナさんに言われた通り、今日からなるべく節約しながら考えるようにして……。









 ヘスティアは戦場に向かう気概でキッチンへ入るベルを見送って、静かに溜息をついた。
 先程指摘された【ステイタス】の用紙を手に取り、少年の背と見比べる。


(子供達は本当に“変わりやすい”んだな……不変のボク達とは全然違う)


 些細なことでもすぐさま影響が肉体に、精神に伝播する。
 欲望でも文化でもなく、“変質”こそこの下界の住人である彼等の特徴なのかもしれない。


(……あー、やだやだ。他人の手で、彼が変わってしまったという事実が堪らなく嫌だ。認めたくないっ)


 グシャグシャグシャと両手で思いっきりその漆黒の髪をかき乱す。
 ちくしょー、とヘスティアは頭を抱え唸った後、もう一度ベルの背中を見た。
 正確には、その華奢な背に刻まれた【ステイタス】――その中のスキル欄を、だ。



ベル・クラネル
Lv.0
力:I 82(↑5 耐久:I 19 器用:H 16(↑9 敏捷:H 72(↑24 魔力:I 0
《魔法》
【】
《スキル》
【憧憬一途】
・早熟する。
・懸想が続く限り効果持続。
・懸想の丈により効果向上。

短刀:I 70(↑7



 有望そうな【経験値】を取り出し、自らの手で【ステイタス】にそのスキルを刻んでしまったことに、今更ヘスティアは後悔を覚えていた。

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