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2023.10.12

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第39話
リセット⑦

8~9階層は7階層からまた毛色が違い、ダンジョンの景色と地形が大きく変化する。
まずルームの数が多くなり、また広い。ルームの間を繋ぐ通路は短いものばかりで、伴って3Mから4Mが精々だった天井の高さが、10M近くもなる。
地面も普通の土から短い草の生えた草原に。木色の壁面には苔がまとわりつき、頭上から降る燐光は太陽の光を彷彿させる。まるで広原に足を運んだかのような錯覚に陥ってしまう。
ダンジョン全体の規模が、ぐっと大きくなった印象だ。

モンスターは今までの総まとめといった感じ。新しい種類のモンスターはいないけど、代わりに1階層のゴブリンやコボルトなどが、より強くなった状態で現れる(微妙に色の濃淡も違う)。
低層にいる時と同じつもりでかかると痛い目にあうどころじゃ済まされない。
けれどその分、この階層に来るまで何度もやり合った相手というだけあって、基本的な対処法に変わりはない。相手の力を見紛わなければこれまで通りに戦える。
だからどっちかっていうと、この8~9階層はまだ攻略が楽な方かもしれない。これまでのおさらいと考えればそれで。
ただゴブリンやコボルトを始めとした群れる習性を持つモンスターが、冒険者と同じ“パーティ”を組み出す。連携はまだ雑だけど、そこの所だけは要注意しなければいけない。

で、肝心の10階層。
この階層は……


「霧……」


そこまでは深くない、けれど視界を妨げるには十分な白いもやが、ダンジョン中に立ちこめていた。
人が並べば十人ほど優に通れる一本道を僕とリリは黙々と歩む。
10階層のダンジョンの作りは8~9階層をそのまま引き継いでいる。ただ天井からの光源だけは先程までの燦々としたものではなく、まさに朝霧を連想させるような光度。
ダンジョンに入ってから初めて受ける、視野の妨害だ。


「リリ、離れないでね」

「……はい」


もう何度とも知れない言葉をリリへ告げる。
この霧ではぐれてしまうかもしれないっていう心配も勿論あるけど、それ以上に僕は昨日の男の襲撃に注意を配っていた。
この階層に来る前もしつこいくらいにリリの方を見て確認しているので、もうとことんウンザリされているかもしれない。
証拠に今日のリリは言葉数がぐっと減っている。表情も僕の方をちらちらと見ては沈んでいた。
ちょっと傷付くけど、仕方ない、リリが無事でいてくれるなら甘んじて受けよう。


(それにしても、案外しっくりくるなぁ、コレ)


僕はリリの気配に意識を割くのと平行して、手の中にある短剣を見やった。
使い勝手は上々。間合いの取り方が短刀を使い込んでいた影響を受けてまだ拙いけど、十分及第点だと思う。キラーアントも余裕を持って料理することができた。
リーチの長さが本当に新鮮だった。僕からすれば安全地帯からぽんぽんと攻撃を仕掛けている気分。
威力はやっぱり《神様のナイフ》ほど見込めないみたいけど……それには目を瞑るしかないだろう。


「……!」


進んでいた通路を抜け、視界が開ける。
僕は生え渡る雑草を踏みしめ、広々としたルームを見渡した。
ここにも霧が広がっているけど、ルームの中ほど辺りまでは視界が利く。勿論うっすらとぼやけているけど。
そしてその中で、葉と枝を失っている枯木が辺りに点々と立っていた。


「……」


僕は木が林立しているその光景に顔をしかめた。取りあえず、モンスターが生まれてくる壁際を避けて奥へ。
それぞれ1M、2Mほどある木の群れに近付く。
木肌は以外にもしっかりとしていた。幹は下から上に行くにつれて極端に細くなっていく。明らかにヘンテコな構造だった。
――ああ、やっばりこれが。
僕は苦々しい気持ちで木々を一通り見つめた後、リリの方を顧みる。


「どうしよう。これ、先に切っておこうか?」

「いえ、その暇はないようです」


前方を見据えるリリにはっとする。
背筋をぴりぴりさせる緊張感を覚えながら、僕は後ろを振り返った。
大柄なシルエットが霧の向こうで揺らめいている。ズシンッズシンッという足音と、僅かな地面の震動が僕の全身を通して伝わってきた。
僕は引きつりそうになる顔面を我慢して、奥歯を精一杯噛む。


「ブグゥゥゥゥ……」


低い呻き声とともに大型級のモンスター、『オーク』は姿を現した。
茶色い肌に豚頭。ずるずる剥けた古い体皮が腰の周りを覆っており、まるでボロ衣のスカートを履いているようだ。
身長は三メートルを越すか。ミノタウロスよりやや高いくらい。
ただあっちの方が引き締まった筋肉質の体をしているのに対し、オークは丸く太ったずんぐりとした体型だった。


「やっぱり、大きい、よね……」

「シシシシッ。逃げてはいけませんよ、ベル様?」


避けては通れない道です、と言うリリに僕は唾を飲み込みながら頷いた。
そうだ。このオークを倒さなきゃ、この先の大型のモンスターなんて……ミノタウロスなんて、一生攻略できっこない。
自分より遥かにでかいからって、びびってなんかいられないんだ。
僕は大きく息を吸い込んで眦を決した。


「ブギッ、ブォフオオオオッ……!」


オークがその潰れた黄色い瞳で、僕とリリを射抜く。
獲物を肉眼ではっきりと視認した豚の化物は、腹の底に響く地響きを起こしながら木々の間を抜け、おもむろに手を伸ばす。
そして、オークはその巨腕で太木を――“引き抜いた”
僕が歪めた瞳の先で、ダンジョンの自然の一部だった筈の枯木は、その瞬間、無骨な棍棒へと成り果てる。

迷宮の武器庫ランドフォーム』。
ダンジョンの厄介な特性の一つ。この生きている迷宮が、ダンジョン内を徘徊するモンスター達に提供する天然武器ネイチャーウェポン
10階層で初出となるこの地形効果はもっぱらモンスター達の能力を後押しする。
素手や生身の状態でなら倒せるモンスター達も、このダンジョンからの支援を受けることによって、一癖も二癖もある敵へと変貌するのだ。

特に、大型級のモンスターがこのサポートを得るとその力は一気に増す。他のモンスターとは比べ物にならない怪力は、ネイチャーウェポンを手にすることによって凄まじい破壊力が上乗せされる。
こんな風に実物で見せつけられると、やはりダンジョンとモンスターは密接な共存関係を結んでることがわかる。


「タイミング、悪いよ……」


『ランドフォーム』は破壊可能だけど、これもダンジョンの一部なのだから、時間が経てば当然のように修復する。
モンスターが使用した後も同じだ。この木だったらすぐにもとの場所から生えてくるらしい。
通常なら、暇があれば『ランドフォーム』は破壊しておき、少しでもモンスターの強化は防ぐところなんだけど……本当にタイミングが悪い。
完全武装したオークと、僕はもう僅かの距離を残して対峙することになった。


「グゥウ、グブゥウウウウウウ……!」

「……」


オークの荒い呼吸音の間隔が狭まっている。今にも飛びかからんと醜悪な瞳がギラギラと輝いていた。
初の大型級モンスターの戦闘。これまでのモンスター達とは違う別格の敵。激する緊迫感。
爆発しそうになる心臓を意志の力でねじ伏せながら、僕は、肩の力を抜いた。
そして、オークが雄叫びをあげる。


「ブゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


戦闘開始の合図。
それを聞いて、僕はオークに向かって駆け出した。


(攻撃はもらえない!)


体格差からはっきりしている通り、オークの攻撃は僕じゃ防げない。
当たれば即座に吹っ飛ばされる。間違ってもプロテクターを用いた防御なんて無しだ。


(逆に、こっちが狙うとしたら……!)


まずは下半身。特に地に根を張る二脚。
でかければいいってもんじゃない。いや本音を言っちゃえばあの体格に終始ビビりっぱなしだけど、大きいヤツは大きいヤツなりに弱点を抱えている。
的が大きいのは当たり前として、小回りが利きにくい。
オークなんて動きがのろいのだから尚更だ。重すぎる自重はバランスも失いやすい。
一撃。
一撃だ。
相手の一撃をやり過ごせば、僕のリターンは大きい。
視界の中のオークが、見る見るうちに迫ってくる!


「ゴフォオオオオオオオオオオオオオ!」


まっしぐらに向かってくる僕にオークは棍棒を構えた。
根だった部分が丸く肥大したハンマーを、頭上に高く高く振りかぶる。
“振りかぶる”ってことは……!


「っ!」


僕は怯まず突進した。
得物を振り下ろす攻撃は薙ぎ払いと違って効果範囲は狭い。その軌道を見極めてしまえば回避はずっと楽だ。
地面に叩きつけるわけだから連続攻撃の心配もいらない。棍棒を引き上げるまでは完璧に相手は隙だらけ。
一気に、畳みかけてやる!


「ブォグウウウッ!!」

「当たりぃっ!」

「ゲブォア!?」


振り下ろされた棍棒を余裕をもって回避。
突撃の勢いを緩めずオークの脇を駆け抜け、すれ違い様に横っ腹を切っておく。
裂かれた腹から緑色の鮮血が飛び散り、オークは堪らず叫び声をあげた。
草原がより色の濃い緑液に染め上げられる。


「ふっ!!」


ガラ空きの背後から、予定通りに右足を狙った。
地面ギリギリからすくい上げるような、斬り上げ。
両手で持った短剣の切っ先が草を削り、間髪いれずオークの太い短足に銀の刃が叩きこまれる。


「ブゴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」


耳を聾する大絶叫。
膝を叩き割って内部に滑り込んだ《バゼラード》は一旦停止した。硬い骨の感触、更にオークの全体重もそこへかかり剣身がこれ以上動かない。
けど僕は、歯を食い縛って、オークを持ち上げるかのように力任せで《バゼラード》を突き進ませた。


「こんッ、のぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


切断する。
短剣が勢いよく右足から飛び出し、すぐに片足を失ったオークは草原に倒れ込んだ。
潰れる悲鳴にルーム全体を震わす衝撃。オークは悶えるけど、僕は止まらない。
ダッ、ダッ、とオークの巨大な背中の上を駆け抜け、そして後頭部、剣先が真下に向いた《バゼラード》を振り下ろす。
鈍い音とともに刃がオークの頭が貫通した。


「ギッ、ごぉ……」

「ベル様、もう一匹来ました!」

「!」


ビクンッと痙攣してやがては絶命したモンスターから顔を上げ、リリの言葉通り、僕達のやって来た逆方面の通路から現れたオークを視認する。
戦闘の音を聞きつけたのか、既に興奮しながら霧の海をかきわけてくる。周囲のネイチャーウェポンを装備しようともしない。
僕は死体となったオークから飛び降りて右腕を突き出した。
外れるわけがない。
つり上げた双眸をでか過ぎる図体のオークへと照準させ、僕は一気に魔法の引鉄を引く。


「【ファイアボルト】!」

「ブゲェエアアアアアアア!?」


電撃のごとく折れ曲がる炎の矛はオークの胸部に命中する。
オークは叫び声をあげて踏鞴を踏むけど、それだけ。黒焦げた胸は破れてボロボロになっていても、まだ撃破には至っていない。
やっぱり発現したばかりだけあって、今の僕の魔法じゃあオークを一発で倒すことはできないようだ。
【ファイアボルト】の火力はまだまだ低い。
でも――


――ファイアボルトォッッ!!」


連射。
立て続けに放たれた炎の雷が再びオークを襲う。
狂いなく同じ箇所を被弾したオークは、胸元で巻き起こった大爆発に顎を殴り飛ばされ、天井を仰いだ格好でよろよろと後ろにふらつき……固まった。


「……」


無言でオークは灰色の塵に変わっていく。
二度に渡り【ファイアボルト】が直撃した胸部は風穴が開いており、その中にあっただろう魔石は綺麗に姿を消失させていた。
ぼろぼろと崩れていくオークだったものを見届け、僕は荒い呼吸をつきながらゆっくりと腕を下ろす。


(勝てた……)


通用した。
剣も、戦い方も、魔法も。
自分より遥かに大きい、あのミノタウロスのような大型級のモンスターに。
平静を取り戻していた心臓が、今度は次第に熱を宿していく。
達成感と、たぶん充実感。
口の端をゆるゆると引き上げていく火照った感情を、僕は思う存分に噛み締めた。


「リリ。やったよ、ぉ……」


喜びを浮かべながら振り返る僕の視界に映ったのは、白い霧だけだった。
今日まで行動をともにしてきたパートナーが、忽然と消えてしまっている。
それまでの感情が一瞬で消失した。


「リリッ!?」


悲鳴に近い声が喉から放たれる。
弾かれたように顔を左右に振って、ルームを見回す。でも目に映るのは立ちこめる霧ばかりで、リリの姿は影も形もない。
最悪の予想が思い浮かぶけど、すぐに頭を冷やしてその場から駆け出す。
もしあの冒険者の男が襲ってきたならリリも抵抗するなり叫ぶなりする筈だ。まだモンスターと何かあったと考えた方が可能性はある。
このルームは広い。それこそオークが何十匹と溢れてこようが問題ないほどに。
僕は視界の悪い正方形の空間を探し回った。


「……っ?」


焦りながら枯木を縫うようにして走っていると、突然鼻が異臭に襲われた。
腕で口元を覆い視線を左右にさまよわせる。そして、臭いのもとはすぐに見つかった。
木の根元に、生々しい血肉が転がっていた。


「これって……モンスターをおびき寄せるための?」


膝をついて屈み、特殊に加工されている脂ぎった血肉を凝視する。
間違いない。確か道具屋で売っていた。冒険者どうぎょうしゃが多く回るダンジョン内で、モンスターを狩る効率をあげるためのトラップアイテム……。
どうして、今ここに……。


――


地響きが鼓膜を震わせる。オークだ。
しかも、足音は一つだけじゃない。下手くそな重奏のように、いくつも重なり合っている。
そして僕は気付いた。ぬめぬめと光沢を放つ肉の塊が、周囲の草原に散乱している。
思考が一瞬止まった後、いよいよ間近に迫った気配の数に、僕は言葉を失う。


「グゥゥゥゥゥゥ……」

「ブギッ、ブブフゥ!」

「ヌブゥウフッ?」

「ゴボォオオオオオオオオ……!」

「……嘘でしょ?」


四体。
仲良く並んで前の方からやって来るオークの群れに、僕は呆然と呟いた。
一匹でも手間取る相手を同時に四匹だなんて、無理だ、敵いっこない。
個別に対処しようとしたところであの巨体だ、射程の広いネイチャーウェポンを使われれば必ずどこかで捕まる。
逃げる。逃げなきゃ。
僕じゃこの状況は切り抜けられない。
でも、リリは? 
もし怪我とか何か理由があって、このルームから動けないとしたら?
取り残すの、リリを?

血肉に釣られて引き寄せられたオーク達は、既に僕を見るなり穏やかじゃない空気を醸し出していた。
もはや一戦は避けられない距離まで詰められ、それでも僕が動けないでいると。
視界の外側から、ヒュンと風の切る音が聞こえてきた。


「いでっ!?」


バチン! と右脚から何かが弾けたような音が鳴り、取り付けられていたレッグホルスターの一部が宙に投げ出される。ナイフがしまってある嚢だ。
ホルスターの革の留め具には、キラリと光る金属矢が突き刺さっていた。
あ、と呟きが漏れる中、オーク達はそれを皮切りにしたかのように、一斉に襲いかかってきた。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

「っっ!?」


武器を装備した二体が大振りの一撃を繰り出す。
僕はなりふり構わない横っ跳びでその場を離脱した。
休む暇もない。鈍重でありながらその広い歩幅で間合いを貪り食って、瞬く間に残る二匹が掴みかかろうとする。


「ブギョァアアアアアアアアアアアッ!」

「う、わぁっ!?」


顔のすれすれを横切った肉腕に悲鳴をあげる。
本当に冗談にならないっ! どうするんだよ、こんなの!?
ソロの弊害を今ほど味わったことはない。息をつかせる暇もないモンスター達の乱暴な嵐に、僕は焦燥を浮かべながら必死にやり過ごした。
そして、薙がれた棍棒の一撃をかいくぐった、その時だった。
オーク達の図体の隙間の奥で、リリがてくてくと歩いているのを見つけたのは。


「リリ!? って、どわあぁ!?」


叫ぶと同時にオークの攻撃が僕を掠める。意識を他所に向けられない。
その間にリリは、外れたレッグホルスターのケースをひょいと拾って、中から《神様のナイフ》を取り出した。
よく見た後でそれを懐の中に入れて、僕の方を向き、あのいつもの笑顔を向ける。


「シシシシッ。ごめんなさい、ベル様。もうここまでです」

「リリ、なに言ってんの!?」

「……リリは、ベル様はもう少し人を疑うことを覚えた方がいいと思います」


僕の混乱した叫びにリリは可愛らしく首を横に傾ける。
瞳はフードと前髪で窺えず、小さな唇は笑みを描いたままだった。
それも、どこか寂しそうに。


「隙を見て逃げ出してくださいね」


最後の助言を残すように、リリはオーク達の向こうでそう言った。
ぱんぱんに膨らんだバックパックを背負い直し、彼女は僕に背を向ける。


「さようなら、ベル様。もう会うことはないでしょう」


最後に首だけひねって、リリは霧の奥へ消えていった。


「リリ、リリィ!? ――っっ、あーもうっ、うるせえええっ!!」

「ブギョオ!?」



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