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2023.06.08

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第21話
サポーターの事情②

ダンジョンは、決まった階層を境にして地形も性質も変わる。
1~4階層は薄青色の壁でダンジョン内が構築されており、出てくる敵は主にゴブリンやコボルトといった低級モンスターばかり。種類も少ない。
4階層に近付くにつれ微妙な強さの変動が起こるが、最上階層ということもあって、初心者の冒険者にとっても攻略しやすい階層と言える。
一人でいる際に複数のモンスターに囲まれることがなければ――つまりパーティを組んでさえいれば、まず命を落とすことはない。
しかし、5階層から状況は一変する。
外観が薄緑色の壁面に変わっただけでなく、ダンジョン自体の構造も複雑となり、7階層初出のキラーアントを始めとした“いやらしい”モンスターが多く出現するようになる。
またモンスターがダンジョンから産まれるまでのインターバルが4階層以上と比べ物にならないほど早い。袋小路に入った瞬間、壁から這い出てきた数匹のモンスターに囲まれるというのもざらだ。

4階層以上で緊張感が薄らいでしまった新米冒険者達の多くはここで屍と化す。
例え油断はしないにしても、ダンジョンの脅威の片鱗が示され始める5~7階層は、冒険者達の最初の難関と言えよう。
物足りなくなったからといって易々と下層へ下りてはいけない。
まずは、4階層以上で十分な下地を作ること。【ステイタス】に限った話ではなく、経験、武装、機転、その他全ての点においてだ。
熟練度が上がり難くても、駆け出しの冒険者にはまずそれが求められる。
ましてやソロの冒険者となれば尚更だ。
しかし、


「ふッッ!」

「ギシャアアッ!?」


ベルの場合は少し事情が異なっていた。
常人以上の“成長速度”を誇る彼は、いち冒険者の範疇に収まらない。
繰り出された大薙ぎの一撃が、キラーアントの細い胴を捉え真っ二つにする。
現在7階層。
本来ならばパーティの連携がより求められるこの層域で、ベルは間断なく押し寄せてくるモンスターの群れに一人で立ち回っていた。


「ジギギギギギギギッ!」

「よっ、と!」

「ビュギ?!」


上空から降下してきた『パープル・モス』を往なし、《ヘスティア・ナイフ》で羽を断つ。
片翼を失った巨大な蛾のモンスターは、バランスを失ったところに《短刀》を打ちこまれ、あえなく絶命した。


「そこ動くなよおおッ!」

「グシュァアアアアアアッ!!」

「ギィィィィィィィ!」


ベルが一目散に向かう場所には再びキラーアント。それも二体。
昆虫系特有の口をがぱっと大きく開けて威嚇してくる二匹のモンスターに対し、両手に持った二本の短刀を構え直す。
そのまま一挙に加速。二匹のキラーアントを同時に相手取ると見せかけ、右の一体に狙いを絞りこむ。急激な進路転換にモンスター達は一瞬反応が遅れた。


「はあっ!」

「!?」


突撃にものを言わせた刃の刺突がキラーアントの心臓を串刺しにする。
甲殻を砕き、肉を食い破った《ヘスティア・ナイフ》の威力に、その一匹は断末魔を上げることさえままならない。
双眼から光を消し、巨大蟻は沈黙した。
ベルはすぐさま残っているもう一匹に取りかかろうとするが――ナイフが抜けない。


「げっ!?」

「ギシイイイイイイ!」


割れた甲殻ががっちりと《ヘスティア・ナイフ》の柄に引っかかっている。ベルは動きを止めてしまった。
藍色の目を剥く間にキラーアントが回り込んでくる。同胞を殺されて怒り狂うモンスターは、その鋭い爪をベル目がけ振り下ろした。
ベルは、咄嗟に左腕を掲げる。


「ギッ!?」

「っ……ああああああッ!」


ガキンッ! と鉤爪を弾くのは緑玉色のプロテクター。
キラーアントの攻撃力をもってしって傷一つつかない防具は盛大な火花を散らす。
ベルは反攻。痺れる左腕を無視し手の中にある《短刀》をパス、《ヘスティア・ナイフ》から指を離した右手がそれをキャッチする。
斬る。
短刀が甲殻の間を縫って走り抜けた。紫の血飛沫が噴出する。
その威力は数ある武器の中で最底辺にも関わらず、白刃はキラーアントに致命傷を与える。


――ギ」

「次ぃ!」


《ヘスティア・ナイフ》を回収しとどめを刺したベルは休むことなく、未だ存在するモンスターへ駆け出していった。


「シシシシッ! ベル様お強い~!」


ベルがモンスターを蹴散らす光景を脇に、リリルカは彼が屠った死骸をズルズルッと一ヵ所にまとめる。
手馴れた動きだった。笑っていても周囲には細心の注意を払い、間違ってもモンスターとの鉢合わせは引き起こさない。
茶色に塗装された特別製のサポーターグローブが、モンスターの足を、手を掴んで容赦なくダンジョンの床を引きずっていく。


「シッ!」

「ギャウ!?」


リリルカの何気ない働きによって足場に不自由しないベルは、『ニードルラビット』を《短刀》の餌食にする。
ベルは基本に忠実だった。
既にキラーアントクラスのモンスターを圧倒できる実力を持ちながら、驕り高ぶらない。
エイナに教わった通り、仲間を呼ぶ厄介なキラーアントを真っ先に潰し、決して複数対一を作らないようにしている。
広いルーム内での戦闘は、完全にベルが手綱を握っていた。


――グシュ……ッ! ギシャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「わああっ! ベ、ベル様ーっ、また生まれましたぁー!?」


ダンジョンの壁面を破ってキラーアントが禍々しい産声をあげる。
もう何度目ともわからない場面の遭遇に、ベルの行動は迅速だった。
最後に残っていたモンスターを片付け、壁から這い出ようともがいているキラーアントへ疾走する。
約10メドルの助走をつけて、左足を踏み切った。


「せぇー、のッッ!!」

「グヴュ!?」


飛び蹴りが炸裂する。
ズンッと薄緑色の壁に鈍い音が響き、首の折れ曲がったキラーアントが、ぐったりと力を失った。
ルームにようやく静寂が訪れる。


「あ~ぁ……どうするんですか、ベル様? このキラーアント、壁に埋まっちゃってますよ?」

「ど、どうしようかっ?」


まるで穴にはまったような間抜けな格好で壁面に垂れ下がるキラーアントに、ベルは汗を流した。
己の身長より高い位置にある死体に向かってピョンピョン飛び跳ねていたリリルカは、本当に困っているベルの横顔を見て、ぷっと吹き出した。


「ベル様はお強いのに、どこか変わっているです。あはははははははっ!」

「……笑わないでよぉ」


その後、戦闘を終えた二人はモンスターの魔石除去の作業に取りかかった。
といっても、その場はサポーターが本職であるリリの独壇場で、ベルはモンスターの襲撃を警戒することしかやることはない。


「はぁ~、上手いもんだねぇ……」

「シシシシッ。リリはこれくらいしか取り柄がありませんから。このモンスター達を倒してしまったベル様の方が、ずっと凄いですよ」

「……あのさぁ」


自前のナイフで綺麗に魔石のみを切り抜くリリルカの技術は洗練されていた。
その小さな手がもぞりと動くたび、モンスターは小さな穴だけを開けて灰へとかえっていく。
これがベルだったなら時間をかけ過ぎる上、ほじくり返したような不規則な穴しか開けられず、魔石には肉片がことごとくこびり付いてくる。


「その、ベル様、って止めてほしいんだけど……」

「ごめんなさい、そういうわけにもいかないんです。仮契約とはいえ、上と下の立場ははっきりつけないといけません。冒険者様には、サポーターはへりくだらないといけないのです」

「いや、でも、リリルカさん」

「ベル様、リリのことはリリと呼んでください。他の呼び方でもいいですが、『さん』づけはダメです」

「ど、どうして呼び方くらいでそんな……」


三体目のキラーアントを灰にしたリリルカは顔を上げてベルを見た。
目を隠すフードの下で口元が笑みを作り、「いいですか、ベル様?」と一つ前置きをして語り出す。


「サポーター、なんて聞こえはいいですけど、蓋を開けてみればリリ達はただの荷物持ちです。命を賭けて直接モンスターと戦っている冒険者様からしてみれば、リリ達は安全な場所に逃げ込んで傍観するだけの臆病者で、何もしていないくせに甘い蜜を吸おうとする寄生虫なんです」


ダンジョンへもぐる時点でサポーターも同じ危険に晒されているため、一概にはそう言えないのだが、リリルカは訂正することなく持論を続ける。


「リリ達が冒険者様と同格であろうとすることは傲慢です。冒険者様もそれを許しません。もしそんなことをしてしまえば、冒険者様は怒ってリリ達に分け前など恵んでくれないでしょう」

「そんなことっ!?」

「シシシシッ。ベル様がお優しいことは、会ったばかりのリリにもわかっています。けど、けじめはつけなくてはいけません。もしリリがベル様を敬わず生意気なサポーターだという風評が流れてしまったら、ベル様以外の冒険者様とダンジョンにもぐろうとする時、リリは全く相手にされなくなってしまいます。せいぜいタダ働きがいいところでしょう」

「……」


自分自身のことならば否定できた。
しかし、他の冒険者のことになるとベルは異論を口にできない。
自分にとって間違いであることが、他人にとっては当然のことであるのかもしれないのだ。


「ベル様には慣れないことを強要させてしまいますが、受け入れてくれませんか? どうか、リリを助けると思って」

「……わかったよ、リリ」

「ありがとうございます!」


結局ベルは折れた。
リリルカのためにと言われたら、自分の些事など捨てるしかない。
丁寧な言葉遣いも止めて、同年代の友人にそうするようにする。


「話は変わりますが……本当にベル様は駆け出しの冒険者なんですか? こんな数のモンスターをお一人で倒すなんて……」


リリルカは小休止というように手を止めて、まだ残っているモンスターの死体の数を数えた。
既に灰となって消えたものも入れれば、キラーアントが四匹、パープル・モスが三匹、ニードルラビットが五匹の計十二匹。
亜人と同程度の体格を誇るキラーアントを除けば、パープル・モスとニードルラビットは小型種のモンスターなので、倒そうと思えば確かにそこまで手間はかからない。
が、やはりたった一人でこの数を捌いたことを加味すると、見方は大分変わってくる。


「んー、でも倒したっていっても危なかったところは結構あったし……」

「ベル様はお一人なのだから当然です。普通の冒険者様なら三人以上のパーティを組んでダンジョンへもぐるんですよ? ソロというのは普通、誰もやりたがりません」


ダンジョン内での連携は攻撃・防御(補助)・支援が成立しているものが理想とされる。
三という数字は不測の事態に直面してもぎりぎりで対応を働ける数なのだ。
ソロの場合、一人でこの三つの動作をこなさなければいけないわけだから、当然それぞれに割ける力は低くなる。手が回らなくなる、ということだ。


「でも、それはやりたがらないってだけで、できないって言うわけじゃないんでしょ? Lv.0で僕より強い冒険者なんて一杯いるだろうし」

「それは……そうかもしれませんが」

「リリは色んなパーティと契約してたなら、実際に僕より強い冒険者を見てきたんじゃないの?」

「……はい。確かに、リリはベル様よりお強い冒険者の方々を見てきました……」

「じゃあ、やっぱり僕はまだまだだよ」


苦笑するベルにリリルカは困ったような顔をした。論点がずれていたからだ。
一人でソロをこなせる冒険者は確かにいる。
だがリリルカが聞きたいことは、ベルが冒険者になって、本当に一ヶ月も経過していないのかということだ。

Lv.0の冒険者が攻略可能なのは1階層から12階層の間までと言われている。
階層ごとに基本アビリティ評価による到達基準を設けると、
1~4階層がIからH
5~7階層がGからF
8~10階層がEからC
11~12階層がBからS
といった具合だ。しかしこれもあくまで参考の域は出ない。
13階層以降はLv.1にカテゴライズされるモンスターが出現するために、Lv.0の冒険者には絶対攻略不可能と言われている。

冒険者達の中で“一般的”と言われるLv.を仮に定めるとしたら、それはLv.0。冒険者の半数がここにいる。
そして残る半分が中堅と言われるLv.1と、それ以上のLv.に達した者達。Lv.0とLv.1の間には下級冒険者と上級冒険者としての境界線、つまり大きな線引きがなされている。“第三級冒険者”とはっきりとした地位を認められるのもLv.1からだ。
Lv.0が一般的であるなら、Lv.1から先は少なからず才能と素質を求められる世界ということになる。
基本アビリティを含めた個人情報の流出は防がれているため、Lv.0の【ステイタス】の中でもどこまでが標準的な【ステイタス】なのか規定するのは難しいが、【ランクアップ】していない冒険者達は比較的7~10階層の間に留まっている者が多い。
つまり基本アビリティ評価G~C。これがビギナーを越えエキスパートへと至れていない“一般的”な冒険者達の【ステイタス】と言える。

冒険者としての時間を半月と僅かに越えただけのベルが、その一端と言われる彼等と肩を並べているのだ。
リリルカが解せないという顔をするのも無理はない。


「……シシシシッ。まぁ、ベル様のお強さは【ステイタス】以外にも、“武器”によるところも確かにあるのでしょうが」


さわ、とリリルカの声の調子が少し変わった。
フードと前髪に隠れた焦げ茶色の瞳が企図の色を孕み、ベルの腰、一本のナイフを直視する。
その様子に気付かないベルは照れくさそうに笑った。


「やっぱりそうだよね。僕もちょっとこのナイフに頼っちゃっているんだ。こんなんじゃあ、本当に強くはなれないかなぁ」

「いえいえ、武器は持ち主に頼られてこそ本懐です。要は武器の力に翻弄されず、御することができれば、それはベル様の歴としたお力ですよ」

「そう、なのかな?」


ベルはモンスター警戒のためリリに背を向けている。彼の色白の手が後ろに回り、そっとナイフを撫でた。
先から先まで漆黒に染まった珍稀な短刀。指の隙間から覗ける鞘には【Ἥφαιστοςヘファイストス】の刻印。
リリルカの目が爛々と輝く。


「武器に疎いリリでもベル様のそのナイフは立派なものだとわかるのですが、一体どうやって手に入れたのですか? 失礼ですが、駆け出しのベル様にはお金がないんじゃあ……」

「神様に……僕の【ファミリア】の主神に頂いたんだ。何でも友達の神様に無理言って、譲ってもらったんだって。無茶するよね」

「……それは、良い神様ですね」

「うん……。僕の大切な人なんだ」


動揺と、僅かな嫉妬に揺れた声音はベルには届かなかった。
最後のニードルラビットを少し乱暴に処理したリリルカは立ち上がり、ベルの背後に忍び寄る。


「ベル様」

「あ、終わった?」


自分の方に振り向くベルに、リリルカはにっこりと笑う。


「シシシシッ。あの壁に埋まっちゃっているキラーアントの魔石も取っちゃいましょう、せっかくですから」

「ああ、そうだね。でもどうやろっか?」

「あの細い胴体を切っちゃえばいいんですよ。魔石は胸にあるんですし。後はリリがやっちゃいます」

「なるほど。じゃあ……」

「はい、ベル様」

「え……あ、うん」


さっと差し出されたリリのナイフをベルは受け取ってしまう。
自分の《ヘスティア・ナイフ》を使おうと思っていたが、まぁいいかと、下半身が埋もれたままのキラーアントに歩み寄った。
死骸の甲殻を掴みながら、上半身と下半身を繋げている胴に刃を沿わせる。


(んっ、ちょっと切りにくい……)


慣れないナイフに悪戦苦闘するベルはつま先立ちになる。
意識は視界に集中させ、背後はまるで顧みない。
脇が開いて遮るものが何もなくなった腰は、無防備だった。


「っ?」


神経を過敏にさせる気配。何かが頭の感覚に引っかかった。
即座に振り返る。


「終わりましたか?」


視界の中、リリルカがちょうどベルの隣に並んで、ぐっと背伸びをしてキラーアントを見上げようとする。
目を丸くさせたベルは苦笑して、もうちょっと待ってと手を動かす。
それからすぐにキラーアントは切断され、リリがあっという間に魔石を抽出した。


「シシシシッ。それでは今日はこれくらいにしましょうか、ベル様」

「えっ、もう? 僕はまだ余裕あるけど」

「いえいえ、それは油断です、ベル様。ベル様が今日沢山倒したパープル・モスは毒鱗粉を撒き散らしています。下級モンスターなので即効性こそありませんが、何度も浴びれば『毒』の異常効果が発生します」

「うっ、嘘!?」

「本当です。愚鈍なことにリリは毒消しを切らしておりまして……早急にバベルへ戻って治療してもらうことをお勧めします」


思い出してみれば、エイナもあの蛾のモンスターと交戦する際には、常に位置取りを気にするようにと言っていた。
あちゃー、とこめかみをおさえるベルはリリの意見に賛成した。意識をダンジョン脱出に切り換える。


「毒ってどうなるんだろう……うわぁ、発生するまで時間ないのかな? 帰り道のモンスターは全力で倒しにいかないと……」

「大丈夫ですよ、ベル様。モンスターと遭遇しないで素早く帰還できる裏技をリリが教えてあげます」

「そ、そんなのあるの?」


はい、と頷いたリリはルームの出入り口に指を向ける。
通路の奥には数人の冒険者がいて、ベル達を一度見るとモンスターがいないことを悟り、踵を返していった。


「他の冒険者様達の通った道を辿れば、モンスターはいません。冒険者様達はモンスター目当てでダンジョンにもぐっているのですから」

「ああ、なるほど」

「よしんばモンスターが出ても、他のパーティの影に紛れれば勝手に倒してくれますしね。要は人がいるところを選べば、モンスターとのエンカウントはゼロにすることができます」


本来ならば、他【ファミリア】の構成員がたむろする場所は余計ないざこざを起こさないために避けるのだが、状況によってはその限りではない。
時には上手く利用することで、窮地を打開するための一手ともなるのだ。


「この時間帯なら冒険者様達は溢れるほどダンジョン内にいるでしょう。リリに付いてきてください、ベル様には一度も武器を使わせませんよ」


笑顔を浮かべて見上げてくるリリにベルは頼もしいと思った。
ダンジョンの知識は彼女の方が一日の長があるので、素直に頷くことにする。


「リリもやっぱり凄いよ。サポーターなんて、って言うけど、すごく頼りになる」

「シシシシッ。ベル様も経験を積めばこんなのすぐですよ。さぁ、早く行きましょう!」


どこか急かすリリに手を引っ張られてベルは出発した。
地面に残る足跡を辿って、度々冒険者達とすれ違い、時にはモンスターを彼等にぶつけるリリの手並みは見事だった。
慣れ過ぎているというくらい、それほど効率が良かった。


「ベル様、ベル様。今日の報酬の話なんですが……」

「うん。こんなに手伝ってもらったし、普通に山分けで……」

「回収した魔石とドロップアイテムは全てベル様にお渡します。どうか懐を温めてください」

「って、ええ! それじゃあリリ、本当にタダ働きだよ!? 三割は欲しいってあの時に言ってなかった!?」

「シシシシッ。これでベル様の信用が買えるならお安いものです。今日はいわばベル様の中でのリリの価値付け、信頼に足る相手なのか見極める通過儀礼なのですから」

「うっ、わかっちゃってた……?」

「みんなそうですよ、ベル様だけじゃないです」


リリを試すような真似をしていたことを看破され、ベルはばつが悪い思いをした。
顔を恥ずかしそうに染め、彼女に対して申し訳なくなる。


「…………まぁ、あとは置き土産でしょうか」


ぽつり、と呟かれた言葉は風の中に掠れて消えた。


「? 何か言った、リリ?」

「いーえ、何でもありません。……ベル様、もしよかったらこれからもリリを雇ってやってくださいね?」

「うん、いい返事ができるように考えておくね」


リリは走ったまま、ベルに振り返って満面に笑う。


「はい。リリはいつもバベルにいますから、いつでも会えます。リリは決して逃げませんから、ゆっくりお考えになってくださいね!」


田舎者で無知な少年が違和感を抱くことは、ついぞなかった。



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