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2023.06.01

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第20話
サポーターの事情①

「じゃあ、君はフリーのサポーターじゃなくて……」

「そうですよ、リリはちゃんと【ファミリア】に入っています」


バベル二階、簡易食堂。
大半の冒険者達がダンジョンにもぐっている正午前、使用者の少ないこのだだっ広い空間で、僕はパルゥムの少女とテーブルの上で言葉を交わしていた。
リリルカ・アーデ、と名乗ったこの女の子が持ちかけてきた話を吟味するためだ。


「【ファミリア】の名前は?」

「【ソーマ・ファミリア】ですよ、お兄さん。割と有名な【ファミリア】だとリリは思っています」


サポーターとしてダンジョン探索に同行したいと交渉してきたリリルカさんは、何でも今まで行動をともにしていた冒険者パーティに契約を解消されてしまったらしい。
困り果てながら新しい契約相手を見つけようとギルドとバベルを往復する毎日を送り、そして今日、僕を見つけ出したのだ。
パーティもサポーターもいない、まさにといったソロの冒険者。もうこの人しかいないと一も二もなく飛びついてきた……とのこと。

確かにサポーターが欲しいって前から思っていたけど、その申し出にすぐ頷けるほど、僕もおめでたくはない。
ちらり、と目の前の少女を観察する。
薄汚れたクリーム色の外套。体はやせ気味で、目深にかぶったフードの下では小さな唇がいつもにこにこと笑みを描いている。ぼさっと伸びた髪の隙間から時折ちらつく円らな瞳が、僕のことを真っ直ぐ見つめていた。
こんな無邪気そうな子を疑うなんてしたくないけど、会って間もない相手の依頼を聞き入れてしまうのも間違っていると思う。常識的に考えて。
何となく気になることもあるし、僕はひとまず、いくつかの質問を通して彼女のことを見極めようとしていた。


「どうして違う【ファミリア】の僕に? 君の【ファミリア】の仲間とはパーティを組まないの? それに、別々の【ファミリア】の構成員が繋がりを持つことはあまり良いことじゃないのに……」

「えへへ、リリは足手まといですから。何をやっても鈍臭いリリに、【ファミリア】のみんなは愛想をつかして邪魔者扱いにしてるんです。頼んでも仲間に入れてくれないんですよ」

「……」

「【ファミリア】の話はきっと大丈夫です。ソーマ様は他の神様達のことに未来永劫無関心なので、敵になるとかならないとか以前の問題です。そちらの神様がソーマ様を目の敵にしていない限り、【ファミリア】間の抗争が勃発することはまずないと思います」


後の話は聞いちゃいなかった。最初の返答の内容に、言葉が詰まる。
【ファミリア】の中で身内をのけ者にするなんて、本当にそんなことがあるの?
僕からしてみれば【ファミリア】っていうのは家族だ。
【ヘスティア・ファミリア】はまだ僕と神様しかいないけど、そこにはちゃんとした絆がある。決して気休めなんかじゃない、家族と言える温かな場所と繋がり。これから加入してくる人が増えてもそれは変わらないだろう。
苦楽をともにする生涯の関係。それが【ファミリア】の筈だ。
それなのに……この子の【ファミリア】は、家族を蔑ろにする?
リリルカさんの言葉が偽りだとは思えなかった。理由なんて説明できないけど、何でもないように笑ってみせたその表情に、漠然と確信を得てしまう。
嘘なんかじゃないんだって。


「格安とはいえ、場末の安宿に泊まり込むのも手持ちのお金が心もとなくなってきました。ですから、ぜひっぜひっぜひっ! リリはお兄さんとダンジョンにもぐりたいんです!」


【ファミリア】のホームに寝る場所が、居場所がないと、発言の裏側から拾い上げる。
胸の中で渦巻く吐き気を必死に堪え、ずれた方向に脱線しかけている思考を強引に修正した。
僕が感傷に浸ってどうするんだよ。そもそも他所の【ファミリア】の問題に口出しするのはタブーだ。僕が彼女にしてやれることなんて、ない。
ちっとも納得していない本音に建前で蓋をして、僕は意識を当初の目的に戻した。


「リリルカさんの事情はわかったけど……最後に一つ、確認させてもらっていいかな?」

「はい、何でしょう?」

「僕達、本当に会ったことない?」


僕が気になっているのはこれだ。
昨日、冒険者の男に襲われそうになっていたパルゥムの女の子は、リリルカさんではないのか。
顔や声をまともに確認していたわけじゃないけど、あの子と彼女は特徴が酷似している。流石に昨日の今日で記憶が食い違う筈もない。
疑う僕の態度に、リリルカさんは困ったように口を曲げた。


「リリはお兄さんと初対面の筈なんですが……見間違えだったりしませんか? パルゥムなんてこの都市には沢山いますし」

「……もしよければ、そのフードを取ってくれないかな?」


そうすればはっきりするから、と言外に告げた。
目を覆い隠すフードの下を確認すれば判断はつく。僕が同一人物だと確信に踏み切れないのは、この子の顔が半分しか見えていないからだ。
僕の要求に目に見えて動揺したリリルカさんは、体を頼りなく左右に揺らした後、「わかりました……」とぽつりと呟いた。
小さな両手がフードにかかる。


「!?」

「……え、えへへっ。これでいいですか?」


そして、隠されていた醜い傷が、僕の視界に飛び込んできた。
右の側頭部から頭頂を経由して額まで走っている、歪な一本の線。
地割れのような太い傷痕は当時に被った傷の深刻さを物語っている。ぼこぼことしたその頭皮からは毛がごっそり無くなっていた。
――あの子じゃない。
強烈な衝撃に見舞われ、僕は僕の疑念を放棄した。
こんな目も背けたくなるような傷痕、記憶の中の女の子にはない。あれば嫌でも覚えている。
それほどまでリリルカさんの古傷は鮮烈だった。これだけで、些細な共通項なんて吹き飛んでしまうくらいに。


「ご、ごめんっ! もういいからっ!」


僕の叫びにリリルカさんはするっとフードを戻した。
気まず過ぎる沈黙。犯してしまったあまりに不用意な行動に、罪悪感がこみ上げてくる。
リリルカさんはフードの上をぺたりと撫でた。


「シシシシッ。気持ち悪いですよね。冒険者の人はこれを見るだけでリリを毛嫌いするので、いつもこうして隠しているんです」

「……その傷は、モンスターに?」

「半分はそうです。【ファミリア】のみんなに、無理矢理身代わりにされて……それで」


聞かなきゃよかった……。
完璧に藪蛇。尋ねた質問のほとんど、滑っていた感じが否めない。見極めるどころか同情心が芽生えかけちゃってる。
リリルカさんが【ファミリア】の仲間と行動を取りたがらない一因を垣間見てしまった。
封じ込めていた胸のむかつきがぶり返してくる……。


「……わかりました。それじゃあひとまず、今日一日だけ、サポーターをお願いします」

「ありがとうございます!」


もう疑う気力がなくなった僕は、取りあえずリリルカさんに付いてきてもらうことにした。
一日様子を見て、という判断はこの流れからいっても妥当の筈だ。
……本音をさらけ出しちゃえば、サポーターは、今の僕が喉から手がでるほど求めてやまなかった存在だ。
本来なら一刻も早く強くなりたい身の上としては、ダンジョンでは戦闘のみに集中していたい。
リリルカさんの提案は僕にとっても渡りに船だったのだ。


「えっと、こういう場合は契約金とか、そういうのは必要なんですか……?」

「シシシシッ。その場合もありますが、今日はお試しという形なので、ダンジョンでの収入を別ける形でいいですよ? リリは三割も恵んでもらえると飛び上がってしまうほど嬉しいです」

「ええっ、それだけ? いいですよ、もっとちゃんと……」


それからしばらく、屈託なく笑い続けるリリルカさんと僕は、顔を近付けあって話し込んだ。



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