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2023.04.27

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第15話
デートのちサポーター①

じり、じり、と土を噛む音が鳴る。
天井から燐光の光が落ちてきて、四方八方を薄緑色の壁に囲まれた辺り一帯を照らし出す。「ルーム」と呼ばれている、ダンジョン内で正方形に開けた空間だ。
僕は逆手に持った《神様のナイフ》をソイツに向けていた。
計六本の足に二本の腕、大きな二つの瞳。茶色一色に染まっている全身はまさしく蟻というような風貌。
普通の蟻とは異なるのは、全長が僕と同じくらい巨大なことと、そのくびれた腰を起点にして上半身がもたげるように起き上っているということ。無理矢理わかりやすいイメージをあげるなら、虫の下半身をしたケンタウロスといったところだ。
キラーアント。
7階層になって初めて姿を現すモンスター。冒険者の間では「新米殺し」と呼ばれているらしい。
その名前の謂れは身に纏った頑丈な硬殻と、ゴブリンやコボルトとは比べ物にならない攻撃力。
体の表面を覆っている外皮はまるで鎧のように硬い。半端な攻撃は弾かれてしまい、そうでなくともあの殻の上から肉体に直接ダメージを与えるのは大変手こずる。
細い腕――本来なら前肢なんだろうけど、その外見から腕と呼ぶ――の先には発達した三本の鉤爪。僕の右膝に深手を与えた爪だ。
中々防御を攻め崩せない間に鋭い爪で致命傷を与えられる。これがキラーアントにやられるパターン。
これまでとは明らか勝手が異なったモンスター故に、6階層までの敵に慣れ切った冒険者達はことごとく奴等の餌食になるのだ。


「……」

「ギギッ」


キチキチキチッ、とキラーアントが口をもごもごと動かし歯を鳴らしている。
実はこのモンスター、仲間を呼んだりする。叫び出したりはしないけど、どうやら僕達にはわからないフェロモンみたいなものを、ピンチに陥ると発散するらしいのだ。
本当に硬殻との相性がいい。僕達冒険者からすれば最悪なんだけど。
とにかく、倒すなら速攻。最良なのは一撃で完全に息の根を止めることだ。
数歩の間合いを置いて、僕とキラーアントは睨み合う。


――ふっ!」

「! キシャアアアッ!」


動いたのは僕。
反撃とか後攻とか、そういうのは性に合わない。こっちから仕掛ける。
ナイフの柄を握る指に力をこめ、相手に肉薄。キラーアントは右腕を振りかぶって僕を迎撃しようとする。
宙に白い弧を描いた三本の鉤爪が、視界の左側から迫って――切断。
僕の方が一瞬早い。キラーアントを上回るスイングスピードで、その鉤爪を前腕から斬り裂いた。


「ギュッ!?」


右腕――武器の無くなったキラーアントの右側面へ回り込み、その痛みの呻き声を耳にしながら、僕は《神様のナイフ》を次の瞬間のために溜める。
キラーアントを上手く倒すには、硬殻の隙間を狙い、奥の柔らかい肉を攻撃するのが常套手段。細い殻の間をつくのは駆け出しの冒険者には難しいけど、少なくともそれがセオリー。
だげど、僕はあえてそれを無視した。
腕がなくなって無防備な半身を晒すキラーアントの首めがけ、漆黒の刃を真一文字に薙いだ。


「シッ」

――


首を守る硬殻ごと刃が沈み込んでいく感覚。
感触は最初だけ。後は大した抵抗もなく刃は滑り込み、僕はいつもそうするように自然体で腕を振り切った。
サンッ、と小気味いい音とともにナイフが流れ出て、そしてキラーアントの首は宙を飛ぶ。
何が起こったのかわかっていない眼をする顔が上空を錐揉みし、紫色の体液を首の断面から滴らせながら、ぼとっと地面に墜落した。
間を置かず、首を失った体が思い出したように脱力し、地面に崩れ落ちる。


「……うん、いい!」


ヒュン! と振るって付着した体液を飛ばしながら、僕は《神様のナイフ》を見た。
まるで手の平に吸いついているかのようだった。これまでずっと一緒に居たかのように、僕の手に馴染んでいる。
威力も申し分無し。あのキラーアントの硬殻をバターのように切り裂いてしまった。
すごい、これがヘファイストスの武器!
神様が僕のために贈ってくれたもの!


「~♪」


新しいおもちゃを与えられた子供のように浮かれながら、葬ったキラーアントの魔石回収作業を行う。
実際、今の僕は子供と変わらないだろう。田舎で畑を耕してばっかりだった毎日、年一回の誕生日に英雄達の絵本をもらった、あの時の気持ちと似ている。
ずっと大切に使おうといつも思っていて、最初のうちは触れて汚れるのが怖かったくらい。
今もそんな感じ。流石に使うのがもったいないなんて言わないけど、心が浮かれ立つのは止められない。モンスターを殺す道具だっていうのに、ちょっとおかしいかな?
思わず鼻唄も歌ってしまった。


(ありがとう、神様……)


神様と同じ髪の色をしたナイフに視線を落として、僕は感謝の思いを笑みと一緒に滲ませた。
絶対強くなる。この武器に振り回されることのないように、神様の苦労と思いを蔑ろにしないために。
腰に差した鞘にナイフをしまい、僕はダンジョンの探索を続けた。

















「ななぁかぁいそぉ~?」

「は、はひっ!?」


ベルは悲鳴をあげた。
胡散臭げな声とは裏腹に、目の前で眉根を寄り合せるエイナから怒気の匂いをぷんぷんと感じ取ったからだ。
ギルド本部にある面談用ボックス。机を置いてベルは自分の担当官であるハーフエルフの少女と相対している。一触即発の空気に体を抱かれながら。
本日7階層にてキラーアントを始めとしたモンスターの狩りを終えたベルは、ヘスティアから贈られたナイフの存在もあって、上機嫌にギルド本部へ凱旋した。
しばらくご無沙汰していたエイナのもとに、顔を出すがてら近況報告をと意気揚々に足を運んだのだが、到達階層を7階層まで増やしたと彼女に話した瞬間、ベルの絶頂期は終わりを迎えた。


「キィミィはっ! 私の言ったこと全っ然っわかってないじゃない!! 5階層を越えたうえにあまつさえ7階層!? 迂闊にもほどがあるよ!」

「ごごごごごごめんなさいぃっ!?」


ダンッ! とエイナは机に両手を叩きつける。エメラルド色の瞳に射竦められ、ベルは蛇に睨まれた蛙状態だった。
エイナが怒っているのは言葉の通り、ベルが身の程もわきまえず到達階層をホイホイと増やしたことにある。
彼女の持論でいうのなら、冒険を冒したこと、それを責めているのだ。


「一週間とちょっと前、ミノタウロスに殺されかけたのは一体誰だったかな!?」

「ぼ、僕ですっ!?」

「じゃあ何でキミは下層に降りる真似してるの! 痛い目にあってもわからないのかな、ベル君は!」

「す、すいませぇん……!」


ベルは涙目になるが、エイナにしてみれば少年のことを本当に思いやっての叱りつけだ。ベルに死んでもらいたくない一心で身も心も鬼人オウガのようにして吠えている。
まだ冒険者になって一ヶ月も経っていないヒヨコが、5階層以下に進出するというその行為――しかもソロでだ――は、ギルド受付役兼冒険者アドバイザー役のエイナにしてみれば、断じて許せるものではない。
これがきちんとしたパーティを組んでいるのだったら、彼女も念を入れた注意程度で済ませただろう。
しかしサポーターも連れていないベルの場合、言ってしまえば常に後がないのだ。正真正銘の孤立無援、一つのイレギュラーが死に直結する。
5階層からはダンジョンの傾向が様変わりしてぐっと難易度が増すし、ベルが足を踏み入れた7階層で例えるなら、キラーアントが仲間を呼んだ瞬間そこで終わり。
コボルトの群れとはわけが違う。一人ならあっという間にあの蟻のモンスター達に食い散らされてしまうだろう。


「キミは危機感が足りない! 絶対に足りない! 今日はその心構えの矯正に加えて、徹底的にダンジョンの恐ろしさを叩き込んであげる!!」


ひぃっ、とベルは情けない声を出した。エイナのスパルタぶりはこの半月の間で身にしみているからだ。
彼女の教えは間違いなくベルにとっての金言だが、しかしその特訓まがいの猛勉強を、ハイ任セテクダサイと快諾できるかはまた別問題。
ベルは慌てながら弁明に入る。


「ま、待ってくださいっ!? その、僕、あれから結構成長したんですよ、エイナさぁん!?」

「各アビリティ評価Hがやっとのくせに、成長だなんて言うのはどこの口かな……!」

「ほ、本当です! 僕の【ステイタス】、アビリティがいくつかFまで上がりました! う、嘘じゃないですよ!?」

「……エフ?」


ぴたり、とエイナは動きを止めた。きょとんと目を丸くさせる。
ベルの咄嗟の発言が何を言っているのかわからず、理解したところで、すぐに信用していない表情を浮かべる。


「そ、そんな出まかせ言ったって、騙されるわけ……」

「本当です本当なんです! なんかこのごろ伸び盛りっていうか、とにかく熟練度の上がり方がすごいんです!」

「……本当に?」


勢いよく頷くベルの姿に、エイナは戸惑った顔をした。
彼の担当になってまだ日は浅いが、目の前の少年が嘘をつく時とそうでない時は、なんとなしにはわかるからだ。
エイナの洞察力によれば、今ベルは嘘を言っていない。


「……本当に、F?」

「は、はいっ」


ちょっと待って、とエイナはベルに手の平を向ける。
残っている手でS、A、B、C、D、E、F……と指を七本分折ったところで、「むむむっ」と声をこぼす。もう一度。S、A、B、C、D、E、F……七回。結果は変わらない。
エイナも混乱していた。ベルは嘘を言っていない、言っていないが、とても基本アビリティがFまで上り詰めたなんてホラ話信じられないのだ。

エイナがついさっき口にした各アビリティ評価がHというのは、何も当てずっぽうに言ったものではない。
半月という期間で冒険者が達することのできる妥当なラインが、得意不得意な分野関係なしにHなのだ。それもかなり腕の良い冒険者達に限った話。
Gだったらもうでき過ぎで、そしてFというのはいくらなんでも早すぎる。
これが冒険者になる前から戦いの心得を持つ者だったなら多少の説得力があったのだが、生憎目の前の少年は元農民だ。しかし、ベルは嘘をついていないときている。
「むむむむっ」と難しい顔を維持するエイナは、人差しをその細い顎にあて考え込む。


(実は『敏捷』とかがEにいってる可能性がぁー……なんて言ったら、余計にややこしくなるんだろうなぁ……)


唇を引き結びながら思考の海に沈んでいるエイナの前で、ベルは作ったような笑みを引きつらせていた。
ヘファイストスのナイフを持って帰ってきてからというもの、ヘスティアは私用に忙殺されているらしく、ベルの【ステイタス】更新は一切行われていない。
彼女がパーティーに出かけたあの日から、ベルの【ステイタス】の時間は止まったままなのだ。
彼女の口から聞かされた【ステイタス】を思い出せば、確かに敏捷は次の段階に上がる一歩手前だったような気がする。
しかしこのエイナの様子を窺っていると、とてもではないが言えないと、ベルは汗を流しながら思った。十中八九、話が更にこんがらがる。


「……ねぇ、ベル君」

「は、はい?」

「キミの背中に刻まれてる【ステイタス】、私にも見せてくれないかな?」

「……えっ!?」


至って真面目な顔をしてそんなことを言ってくるエイナに、ベルは声を高くはね上げた。


「あっ、キミの言っていることを信じていないわけじゃないんだよ? ただ……」


エイナは慌てながらぱたぱたと両手を振って誤解を解く。
そう、ただ……ベルの主神であるヘスティアが、彼に間違った情報を与えているのも無きにしも非ずではないか……と彼女は考えていた。
もしくは、情報伝達の間で何らかの齟齬があったのではないのか、と。
そんなふうに疑ってしまうだけ、Fという記号はエイナにとって非常識な代物だったのだ。
ベルの言葉を信用するには、それこそ動かぬ証拠を提示してもらわなければ、とてもではないができない。


「で、でも、冒険者の【ステイタス】って、一番バラしちゃいけないことですよね……?」


冒険者という職業を管轄下に置くギルドの中でも、個人情報の漏洩はご法度だ。
Lvなどは各個人のランク付けや【ファミリア】の強さの指標として報告の義務があるが、他はその限りではない。
中にはレアスキルや特殊な魔法を持っている者もいる。【ファミリア】という組織の特性からして、簡単に今日の友が明日の敵になる今日、弱点等を晒さないためにも情報の黙秘は行われて然るべきだ。


「今から見るものを私は誰にも話さないと約束する。もしベル君の【ステイタス】が明るみになることがあれば、私はキミの奴隷になる。絶対服従を誓うよ」

「ど、奴隷って……。そ、そもそも、エイナさん【神聖文字ヒエログリフ】読めるんですか?」

「うん、ほんのちょっとだけど。【ステイタス】のアビリティくらいは読み取れると思う」


これでもエイナは『学区』に通い、総合神学を専攻していた秀才だ。
簡単な【神聖文字ヒエログリフ】なら読み書きできる。


「この目で確認させてもらえなかったら、私、いつまで経ってもベル君に5階層より先に行っちゃダメー、って言うようだよ?」

「そ、それは確かに、勘弁して欲しいです……」

「『魔法』や『スキル』のスロットの方は見ないから、ね? お願いっ!」

「別に僕は『魔法』も『スキル』も発現してないですから、それはいいですけど……わかりました」


両手をぱんっと鳴らして頭を下げるエイナにベルは折れた。
今まで散々世話になってきたことに加え、彼女にはヘスティアと同じように絶対の信頼を寄せている。
ベルはエイナの言葉を疑う気にすらならなかった。


「えっと、じゃあ……脱ぎますよ?」

「顔を赤くするくらいなら一々確認しないっ! 私の方も恥ずかしくなっちゃうよ!」


お互い頬を染めながら席を立ち、空間にゆとりがある部屋の隅へ向かう。
ベルは気恥かしさを呑み込んでさっさと上半身裸になった。
背中を埋めつくす漆黒の【ステイタス】より先に、意外に鍛えられている上半身に少しのあいだ見とれてしまったエイナだったが、すぐにはっとして顔を左右に振る。
ほっそり尖った耳を赤くしながら、じっと【神聖文字ヒエログリフ】の解読に入った。




ベル・クラネル
Lv.0
力:F 43 耐久:H 54 器用:F 50 敏捷:F 97 魔力:I 0

短刀:G 69




(うそ……)


半ばその可能性は受け入れていたものの、いざこうして突きつけられると面食らってしまう。
『魔力』は除いたとしても、5階層クラスのモンスターなら単独でも後れを取らないレベル。防御を重視しているエイナからすると『耐久』の低さには小言を挟みたくなるが、それでも、ベルの戦闘スタイルはアビリティ傾向から見ても撹乱回避を主眼に置いたヒットアンドアウェイ、許容範囲内だろう。
また、『敏捷』がEを目前にしていることに吹き出しそうになった。
たった半月の間にここまで成長を遂げるなんて、とエイナは舌を巻く思いだったが……そこでふと、一つの魔が差してしまう。


(……ちょっとだけなら)


腰の方へと続いている【神聖文字ヒエログリフ】に目が奪われる。その先にあるのは、『魔法』と『スキル』のスロットだ。
蓋が開けっ放しの宝箱の中身をついつい覗いてしまおうとするのは、もはや亜人の性か。
好奇心が疼き、エイナはちらりと『魔法』と『スキル』のスロットを確認してしまう。


(……あ、駄目だ)


読めない。
高度な【神聖文字ヒエログリフ】の羅列によって、エイナでは『魔法』と『スキル』のスロット自体が解読できなかった。

実は、親馬鹿であるヘスティアが万が一に備えて、ベルの能力に影響を与えない範囲で余計な【神聖文字ヒエログリフ】を刻み、文字配分を調整することで【ステイタス】に“プロテクト”をかけていたのである。
神聖文字ヒエログリフ】の体系と真髄を把握しきっていないエイナには、その嫌に複雑で奇怪な文字構成がヘスティア独自の書き方、つまりは彼女の“癖”だという風に映ってしまい、勘違いしてしまう。
ベルの実態をめぐる駆け引きは、今回はヘスティアに軍配が上がった。


「あのー、エイナさん……まだですか?」

「! も、もういいよ」


ベルの恥ずかしそうな声に、エイナは耳をピクッと揺らして今の状況に気付いた。
照れて笑いながら【ステイタス】から目を背け、いそいそと着がえ出すベルにごめんねと小さく呟く。
しかし本当だったのか、とエイナは内心唸る。この【ステイタス】ならば、ベルの7階層進出を許可しないわけにもいかない。十分とはいかなくても、間違いを起こさなければソロでも通用するレベルだ。
――だがそうすると、次に生まれるのはまた別の懸念だった。


「……」

「な、なんですかっ?」


着がえを終えた体の爪先から頭の天辺まで、無遠慮にじろじろ見てくるエイナにベルは声を上擦らせる。
一方で彼女の方は、“ベルの全身”を舐めるように見ているわけではなかった。
エイナが見ていたのはベルの体ではなく、それを覆っている装備品……防具だ。


「ベル君」

「は、はい?」

「明日、予定空いてるかな?」

「……へっ?」


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