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2023.04.13

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第13話
だからボクは力になりたい④

夜。
数多と光をちりばめる巨大な都市オラリオの中でも、ソレは異彩を放っていた。むしろ奇怪を極めていた。
象の頭を持つ巨人像が、白い塀に囲まれただけのだだっ広い敷地の中で、胡坐をかいてデンと座っている。
佇立する像の大きさは50メドルはくだらないか。見さらせと言わんばかりに威風堂々と胸を張るその姿は、見た者にちょっと変わった感情を喚起させることで市民の間で有名であった。今は多くの大型の魔石灯でライトアップされている。
驚くことなかれ、これは歴とした建造物なのである。
浅黒い肌に黒髪という出で立ちのイケメンの神、ガネーシャが何を思ったのかこれまでの【ファミリア】の貯金をはたいて建造した巨大施設。
【ガネーシャ・ファミリア】の本拠、「俺がガネーシャだ」である。
構成員達の間ではもっぱら不評であり、彼等は泣く泣くこの建物を出入りしているらしい。ちなみに入口は胡坐をかいた股間の中心だ。


『ガネーシャさん何やってんすかwww』

『ガネーシャさんマジパネェっすww』


貴族然とした正装を着込んだ人並み外れた美丈夫達が、笑いながら股間の中をくぐっていく。
彼等は全員、神だ。
今日ガネーシャ主催で開かれる「神の宴」に招待された来賓達である。
「神の宴」とは、詰まるところ、下界にそれぞれ降り立った神達が顔を合わせる同窓会のようなものだ。
どの神が主催するだとか日程はいつだとか、そのような決まりは全くもってない。
ただ宴をしたい神が行って、ただ宴に行きたい神が足を運ぶ。神達の気まぐれと奔放さがここに表れていた。
招待状はその神の【ファミリア】の能力で可能な範囲に配られるので、参加人数は主催側の規模によってまちまちだ。
【ガネーシャ・ファミリア】はオラリオの中でも指折りの【ファミリア】なので、この迷宮都市内で居を構えている神達には全てお呼びの声がかかっていた。
ヘスティアもその一人である。


「むっ! 給仕君、踏み台を持ってきてくれ! 早く!」

「は、はい!」


建物の外見とは異なり落ち着いた内装の大広間。
多くの神達が出席しているにも関わらず全く混雑しない会場は、立食パーティーの形式が取られている。
がやがやごたごたと喧騒が絶えない中、ヘスティアは【ガネーシャ・ファミリア】の構成員が務めるウエイターを使い、多種多様の料理と格闘していた。
彼女の体格ではテーブルの奥の方にある料理には手が届かないのだ。


「(さっ!さっ!さっ!)」

「……」


持参したタッパーに日持ちのよさそうな料理を次々と詰めこんでいくヘスティア。それを見せつけられる給仕はなんとも言えない顔をする。
タダ飯ということで遠慮するつもりは彼女には毛頭なかった。ヘスティアはここにいるどの神よりも貧乏【ファミリア】、ベルの負担を減らすためなら体面など一切気にしない。どんな節約にも乗り出す意気ごみである。
見れば、彼女のみ豪奢な服やドレス等ではなく、少しフォーマルな感じで誤魔化した衣装だった。


『あれ、ロリ巨乳きてんじゃん』

『ていうか生きてたのかww』

『いや、あいつ西の商店街でバイト頑張ってるぞ。露店で客に頭撫でられてた』

『さ・す・が・ロリ神www』


当然そんな振る舞いをしていれば目立つ。
どの相手の話にも興じず並べられる料理を貪っているのだから、その外見的特徴とあいまって、神達の目にとまるのは早かった。


『……あれ、ロリ巨乳の信仰値、めちゃくちゃ上がってね?』

『えっ? それどうやって見んの?』

『そんなことも知らねえのかよ。こうだよ、こう、隠しパラメーター見るように眉間に力をこめると、視界の中に……』

『あっ、本当だ、出てきた。……あれ、お前……信仰値マイナスになってない?』

『ちょww 【ファミリア】離反フラグwww』


神達の会話などいつもこのようなものだ。
いちいち構っていたらきりがないし、自分が馬鹿にされるのは目に見えている。
ちょっかいを出してこない限り、その他大勢には無視を決め込むのがちょうどいい。
タッパーに入れる際に時折口の中にも料理を放り込んで、ヘスティアはむくむくと丸い頬っぺたを動かしていた。


「何やってんのよ、あんた……」

「むぐ? むっ!」


呆れた声がヘスティアの側からかかる。
振り向くと、視界に映るのは燃えるような紅い髪と真紅のドレス。
可憐さより美しさが際立つ顔立ちは秘めた意志の強さを表していた。耳につけた貴金属のイヤリングはむしろその炎のような美貌に力負けしている。
右眼に眼帯をした麗人が、ヘスティアを呆れた色をした左眼で見下ろしていた。


「ヘファイストス!」

「ええ、久しぶり、ヘスティア。元気そうで何よりよ。……もっとマシな姿を見せてくれたら、私はもっと嬉しかったんだけど」


腰に手を当て天井を見上げるヘファイストスは、腰まで伸ばし一つに結わえている長髪をきらめかす。
天井から魔石灯の光を浴びるその紅色の細糸の束は、砂糖が練り込まれたように輝いていた。
いつ見ても綺麗な髪だと心の内で感嘆しながら、ヘスティアは嬉しそうな顔をして彼女に駆け寄る。


「いやぁ、良かった。やっぱり来たんだね。ここに来て正解だったよ」

「何よ、言っとくけどお金はもう1ヴァリスも貸さないからね」

「し、失敬な!」


逆にヘファイストスは友好的ではない目を作って、ヘスティアに辛辣な物言いをした。
ヘスティアがベルと会う前に厄介になっていた神友しんゆうが、このヘファイストスだ。
付き合いは長く歴とした親友といえる間柄であるが、このオラリオに住みついてから【ファミリア】も作らず全く働こうとしなかったヘスティアへの信は、ヘファイストスの中でガタ落ちになっていた。
堪忍袋の緒が切れて【ファミリア】のホームから追い出した後も、ヘスティアは散々ヘファイストスを頼りにきて、やれお金がないだの仕事が見つからないだの雨を凌げる場所が発見できないだの、とにかく彼女の手を焼かせに焼かせた。

元来面倒見がいいヘファイストスは小さなこの親友を甘やかすわけにはいかず、かといって厳しく突き放して行き倒れにさせるわけにもいかず、当時は対応に悩まされたものだった。
結局、下水道の隠し部屋を与え、今のバイトを探してやったのもヘファイストスの手回しだ。
ヘスティア自身が独力でかなえたものといえば、【ファミリア】にベルを加入させたことくらい。
実はヘスティアは、ベルの前では大人ぶってはいるが、一人では何もできないダメダメな神の筆頭であった。


「ボクがそんなことをする神に見えるかい! そりゃヘファイストスには沢山手を貸してもらったけど、今はおかげでなんとかやっていけてる! 今のボクが親友の懐を食い漁る真似なんかするもんかっ!」

「たった今、普通にタダ飯を食い漁っていたじゃない」

「う゛っ……いや、これは……どうせ残るんだし……粗末に捨てるくらいならボクが有効利用してあげようかな、なんて……」

「ほーほー、立派じゃない、その乞食みたいな精神。わたしゃあ、あんたのそんな姿に感動して涙が止まらないわよ」

「ぐぬぅ……!」


ハンと鼻を鳴らすヘファイストスにヘスティアは悔しそうに唸る。
そんな中、コツコツ、と。
靴を鳴らす楚々とした音が、ヘファイストスの後ろから近付いてきた。


「ふふ……相変わらず仲が良いのね」

「え……フ、フレイヤっ?」


ヘスティアの視界に現れたその女神は、容姿の優れた神達の中でも群を抜いていた。一線を画してしまっていると言ってもいい。
新雪を思わせるきめ細かな白皙の肌。細長い肢体は宙を泳いだだけで見る者を魅惑するような色香を漂わせており、小振りで柔い臀部とその上に乗るくびれた腰はもはや直視することが理性に危うい。
金の刺繍が施されているドレスは胸元が開いており、生地一枚に閉じ込められている十分な容量を誇る形のよい胸は、暑いのか、谷間が桜色に染まっている。
黄金律という概念がここから摘出されたかのような、完璧なプロポーション。
睫毛は儚く長く瞳は切れ目で涼しく、相貌は後光を発するごとく凛々しく。
もはや狂っていると形容してもいいほどの比類ない美貌。
“美に魅入られた”神、フレイヤが、長い銀髪を揺らしてヘスティアの前までやって来た。


「な、何で君がここに……」

「ああ、すぐそこで会ったのよ。久しぶりー、って会話してたら、じゃあ一緒に会場回りましょうかって流れに」

「か、軽いよ、ヘファイストス……」

「お邪魔だったかしら、ヘスティア?」

「そんなことはないけど……」


常に薄く微笑を湛えている美神が問いかけてくる。
ヘスティアは口を曲げながら言った。


「ボクは君のこと、苦手なんだ」

「うふふ。貴方のそういうところ、私は好きよ?」


止めてくれよ、とヘスティアは手を振った。
神達から頭一つ飛び抜けた容姿を持つこのフレイヤは、「美の神」と呼ばれる、神々の中でも特に見目麗しい者達の中の一人だ。
基本的に移り気な神達が、涎を垂らして夢中になってしまうほどの力――美が彼等彼女達にはある。下界の者が一目見ればその瞬間より骨の髄から虜になることだろう。
だが、「美の神」達は一様に食えない性格をしている。
これも他の神々が霞んでしまうくらいに。
程度はあれど、関わりたくないというのがヘスティアの本音だった。


「おーい! ファーイたーん! フレイヤー! ドチビー!!」

「……最も、君よりずっと大っ嫌いなやつがボクにはいるんだけどねっ」

「あらあら、それは穏やかじゃないわね」


品良く微笑むフレイヤから視線を切って回転すると、大きく手を振りながら歩み寄ってくる女性の神がいた。
朱色の髪と朱色の瞳。いつもは紐で結びまとめてある簡単な髪型を、今日は合わせてか夜会巻きにしている。細身の黒いドレスを着こなしていた。
フレイヤが出てきた後なので既に二番煎じ感は否めなかったが、彼女も当然ヘスティア達と同じように顔立ちが整っていた。


「あっ、ロキ」

「何しに来たんだよ、君は……!」

「なんや、理由がなきゃ来ちゃあかんのか? 『今宵は宴じゃー!』なノリやろ? むしろ理由を探す方が無粋っちゅうもんや。はぁ、マジで空気読めてへんよ、このドチビ」

「……! ……!!」

「凄い顔になってるわよ、ヘスティア」


自分より頭二つは高いロキに馬鹿にされたヘスティアは顔を引き攣らせる。
彼女に対してもはやヘスティアが語ることは何もない。
この女は、敵だ。


「本当に久しぶりね、ロキ。ヘスティアやフレイヤにも会えたし、今日は珍しいこと続きだわ」

「あー、確かに久しぶりやなぁ。……ま、久しくない顔もここにはおるんやけど」


糸目がちになりやすい瞳を薄く開いて、ロキは銀髪の女神にニヤニヤと視線を送った。
フレイヤは骨抜きになっている給仕から頂戴したグラスを口元に、目を瞑って微笑を崩さない。


「なに、貴方達どこかで会ってたの?」

「先日にちょっと会ったのよ。といっても、会話らしい会話はしていないのだけど」

「よく言うわ、話しかけんなっちゅうオーラ、これ見よがしに出しとったくせに」

「ふーん。あ、ロキ、貴方の【ファミリア】の名声よく聞くわよ? 上手くやってるみたいじゃない」

「いやぁー、大成功してるファイたんにそんなこと言われるなんて、うちも出世したなぁー。……ま、でも今の子達は確かに、ちょっとうちの自慢なんや」


頭に手をやって照れくさそうに【ファミリア】の構成員について語るロキには、彼等へ向かう情が見え隠れしていた。
つんとしていたヘスティアはその話を聞いて、丁度いいとロキに質問を投げかける。


「ねぇ、ロキ。君の【ファミリア】に所属しているヴァレン何某君について聞きたいんだけど」

「あっ、【剣姫】ね。私もちょっと話を聞きたいわ」

「うぅん? ドチビがうちに願い事なんて、明日は溶岩の雨でも降るんとちゃうか? ハルマゲドーン! ラグナロクー! みたいな感じで」


噛みつくぞこの野郎、とヘスティアは思った。


「……聞くよ。その噂の【剣姫】は、付き合ってるような男や伴侶はいるのかい?」

「あほぅ、アイズはうちのお気に入りや。嫁には絶対出さんし、誰にもくれてやらん。うち以外があの子にちょっかい出してきたら、そいつは八つ裂きにする」

「ちッ!」

「何でそのタイミングで舌打ちすんのよ……」


アイズ・ヴァレンシュタインがロキの庇護のもとで大切に扱われていることはわかった。
きっと自分がベルにそうするような感じだろう。いっそ意中の相手がいてくれれば良かったものを、とヘスティアは結構黒い思考を展開する。
その隣で呆れ返っていたヘファイストスだったが、ふと気付いたようにロキに声をかけた。


「今更だけど、ロキがドレスなんていうのも珍しいわね? いつもは男物の服なのに」

「フヒヒ、それはアレや、ファイたん。どっかのドチビが慌ただしく、パーティーに行く準備をしてるって小耳に挟んでなぁ……」


ちらりとヘスティアに流し目を送ってから、腰を折り、背の低い彼女の顔にぐっと顔を寄せた。


「ドレスも着れない貧乏神をぉ、笑おうと思ったんやぁ」

(うぜぇええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!)


眼前でニマァと口を吊り上げるロキに、ヘスティアは大爆発しそうになった。
いつもこうなのだ。ロキとは以前から大した親交もなく、初めて出会ってからまだ百年も経っていない。
にも関わらずこの神はヘスティアに会う度におちょくって……いや、馬鹿にするためにわざわざ会いにやってくる。
実は理由は既に知れている。それは彼女にはないものを、ヘスティアが持っているからだ。
デデン、と胸に取り付けられたこの巨峰である。


「ふんっっ!! こいつは滑稽だ! ボクを笑うために自分のコンプレックスの無乳を周りに見せつけるなんて、ロキッ、君は笑いの才能があるね!」

「んなっ!?」

「ああ、ゴメンゴメン! 笑いじゃなくて穴を掘る才能だったね! ……墓穴っていう穴のさぁッ!!」


怒りで顔を赤くしていたヘスティアに代わって、今度はロキがカァーッと赤面する番だった。
今のロキのドレスはある程度露出が高い。悲しいまでに平原のような胸板が生地の中でスカスカと音をたてている。
腕を組むヘファイストスは「始まった……」と半眼でそれを静観する構え。
果実酒を嗜んでいたフレイヤは、相変わらず上品な様でクスッと笑みを滲ませた。
二人の標準以上の胸が華麗なドレスの中で形を変える。


「大体その戦闘能力ゼロの胸でどれだけ男を失望させてきたんだよッ! 絶壁なだけに絶望とか、馬鹿じゃないの!? あっ、今ボク上手いこと言ったねぇ!」

「全然上手くないわボケェえええええええええええええええええ!!」

「ふみゅぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」


瞳に涙を溜めたロキがとうとうヘスティアに掴みかかった。
その柔らかい頬っぺを両手でつまみ、引っ張る。縦に横に斜めに伸ばしてみょんみょん蹂躙する。
同じく涙目になって眉を吊り上げるヘスティアは応戦するが、彼女の短い手足ではしなやかで長い肢体を持つロキには届かず、ことごとく空を切った。


『おっ、始まった』

『ロリ巨乳とロキ無乳とかwww』

『ロリ巨乳が勝つに10000ヴァリス』

『無乳が最後の最後でうっかり発動させるに100ペソ』

『打ちひしがれたロキたんを俺が全力で慰めるにスターチップ全部』

『賭けになってねーじゃねえかwww』


見物だ見物だと取り巻き出す神達。
こいつ等……、とヘファイストスがげんなりする間にも熾烈な戦いは続いた。
プニプニの頬をがっちり掴んだロキの手が縦横無尽に動く度、ヘスティアの小さな体もつられて揺さ振られる
揺れて揺れて、揺れる。
たゆんったゆんっ、揺れる。


「……ふ、ふん。……きょ、今日は、こんくらいにしといてやるわ……」

((((((((((めっちゃ動揺してる……))))))))))


やりきれないように目を逸らしたロキの手の中から、どさっとヘスティアが床に落ちた。
ゴロゴロとのたうち回りながらと苦悶する幼女には一瞥もくれず、ロキは体を震わしながらその場を離れていく。
試合に勝って勝負に負けた敗者の姿だ。


「ッゥ……! 今度現れる時は、そんなド貧層なものをボクの視界に入れるんじゃないぞっ、この負け犬めっ!!」

「うっさいわアホォーッ! 覚えとけよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


ついには涙をまき散らしてロキは会場を出ていった。
やっぱりな、という感想と一緒に神々がヘスティア達の周りから散っていく。


「本当に丸くなったわ、ロキ……」

「丸くなったっていうか……小者臭しかしないんだけど……」


ぽつりと呟かれるフレイヤの言葉にヘファイストスは本気で戸惑った顔をするしかない。
フレイヤはくすりと笑って自分の髪を撫でつける。


「ここに来る前までは、暇つぶしのためにどこかの神々に殺し合いをけしかけていたのよ? 今の方がずっと可愛いわ。何より危なっかしくないもの」

「そりゃあ、ね。そういえば、貴方とロキは結構付き合いが長いんだっけ?」

「ええ。貴方達と同じくらい」


よたよたと立ち上がるヘスティアをヘファイストスは後ろから支えてやる。
腐れ縁よ私達は、と彼女はフレイヤに苦笑してみせた。


「ロキは子供達が大好きみたいね。だからあんな風に変わったのかもしれない」

「……甚だ遺憾だけど、まぁ、子供達が好ましいということだけは、ボクもアレに賛成してあげるよ」

「へぇ、前まで【ファミリア】に入ってくれなくて子供達は目がなーい、なんて言ってたくせに……あんたの【ファミリア】に入ったベルっていう子のおかげ?」

「ふふん、まぁね。ボクにはもったいないくらい、すごく良い子だよ」

「確か白髪で藍色の目をしたヒューマンだっけ? あんたが【ファミリア】ができたって報告しに来た時は驚いたなぁ……」


うんうんと頷くヘファイストスの隣で、フレイヤが動きを作った。
コトン、と持っていたグラスをテーブルの上に置いて、髪を翻す。


「じゃあ、私もいくわね」

「え、もう? フレイヤ、貴方用事があったんじゃないの?」

「もういいの。確認したいことは聞けたし……」

「……貴方、ここに来てから、誰にも聞くような真似してなかったじゃない」


パーティーの最初から彼女に付き添っていたヘファイストスは怪訝な顔をした。
フレイヤはそんな彼女を無視し、ヘスティアの方を見下ろして、これまでとは少し違った形で笑む。
ぱちくりと、ヘスティアは瞳を瞬かせた。


「……それに、ここにいる男はみんな食べ飽きちゃったもの」

『『『『『『『『『『『『『『サーセンwww』』』』』』』』』』』』』』

「……」

「……」


それじゃあ、と言い残して美の神はひしめく神達の中に消えていった。
取り残されたヘスティアとヘファイストスは微妙そうな顔をして、隣り合う互いの顔を見合わせる。


「やっぱり、フレイヤも『美の神』だ……だらしないよっ」

「まぁ、フレイヤ達が愛や情欲を司らなきゃ、誰が務めるんだっていう話にもなるんだけどね……」

「それでも【ファミリア】を持つ身だろう、自覚が足りな過ぎるっ。もしかしたら敵対するかもしれない神とだなんて……子供達に愛想つかされるよ!」

「フレイヤが微笑めば、それだけで構成員は補充できそうだけど……」


は、と小さい吐息をついたヘファイストスは、カリカリと右眼の眼帯をその細い指でかく。
彼女の癖だ。言葉では装っていても、胸中で納得していなかったり不満があったりすると、よくこの仕草をする。
ヘスティアはそれを見ながら自分もふんっと鼻を鳴らした。


「で、あんたはどうするの? 私はみんなの顔を見に回ろうかと思うけど、帰る?」


ぴくっ、とヘスティアは肩を揺らした。
本来の目的を思い出したからだ。


「もし残るんだったら、どう? 久しぶりに飲みにでもいかない?」

「う、うん、えーとっ……」


急にしどろもどろになったヘスティアにヘファイストスは首を傾げた。
細いうなじからこぼれる紅い髪に視線をさまよわせながら、ヘスティアはやがて覚悟を決める。
ゴクリと喉を鳴らした。


「そのぉ……ヘファイストスに頼みたいことがあるんだけど……」

「……」


すっ、と紅い左眼が細まる。
日頃の親しみやすい雰囲気から一変して、厳しさに溢れた空気を纏い出した。
金は貸さないと言い切った、先程と同じ姿勢だ。


「この後に及んで、また頼み事ですって? あんた、さっき自分が言っていたことをよーく思い出してみなさい?」

「え、えと、何だっけっ……?」

「私の懐は食い漁らないって、そう言ってなかったかしら?」


あぁ言ってた、とヘスティアは空笑いした。
ゴミを見るかのような眼をする親友に、前言を撤回したくなる衝動がすごい勢いで襲いかかってくるが、ヘスティアはぐっと顎に力を入れてそれに耐える。
――胸にベルの顔を思い浮かべて、自分を奮い立たせた。
自分こそこの親友に愛想をつかされてしまうかもしれないと半ば覚悟しながら、ヘスティアはこの神の宴にやってきた目的を実行に移す。


「……一応聞いておいてあげるわ。な・に・を、私に頼みたいですって?」


目の前で仁王立ちするのは紅眼紅髪の神ヘファイストス。
天界では炎の神と称されていた彼女が作った【ファミリア】は、このオラリオにて冒険者の収入で唯一運営がされていない。
迷宮都市にも関わらず迷宮にもぐらないという特異性を持つ【ヘファイストス・ファミリア】は、しかしこの都市に身を置く冒険者ならば誰もが知る大【ファミリア】である。
ブランド、と言ってもいい。
多くの人材を抱え、育成し、百の品に勝る一品を生み出すことで有名な業界大手の【ファミリア】。
オラリオ以外の世界諸都市からも引く手数多である彼女の【ファミリア】は、そう、『鍛治』の【ファミリア】だ。
ヘスティアは彼の【ヘファイストス・ファミリア】永久現役社長に向かって、大きな声で自分の望みを放った。


「ベル君にっ……ボクの【ファミリア】の子に、武器を作って欲しいんだ!」


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