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2023.04.06

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第12話
だからボクは力になりたい③

太陽が輝いている。
時間は多分十時くらい。既に人通りでこみあっているメインストリートを、僕は一人小走りで進んでいた。
僕の格好は冒険者用の装備で固められている。このままダンジョンへと向かうつもりだ。
神様に言われた通り、膝の傷はまだ痛む。7階層で出てきたモンスターの攻撃は痛烈だった。完治まではもう少しかかりそうな気がする。
だから、無理はしない。冒険もしない。ただ、やれることをひたすらに取り組む。

明確な目標ができた。目指す場所が遥か遠くに見えた。
一昨日までならそこまで走り続けなければいけないと、はやる感情にただ突き動かされていたけど、今は違う。
神様に説き伏せられ、頭も冷えた。僕は、僕が持続できる最高速度で進んでいく。
時間が惜しいと思う気持ちは正直拭えないけど、あの人に、ヴァレンシュタインさんに追い付くには、きっとこれが一番の近道だとも思う。
無理した分、ツケは必ずいつか返ってくるから。
神様の顔を思い浮かべながら、無理はしない無理はしない、と小さく口ずさみ、僕はある地点まで来ると足を止めた。
ダンジョンに行く前に、寄るところがあるのだ。


「ちょっと気まずいなぁ……」


『close』と看板がかかっているドアの前で頭をかく。
僕はちょっとその場で悩んでから、意を決して酒場『豊饒の女主人』へ足を踏み入れた。
カランカラン、とドアをくぐった僕の頭上で鐘が鳴り響く。


「すいません、お客様。当店はまだ準備中です。時間を改めてお越しになっていただけないでしょうか?」

「まだミャー達のお店はやってないのニャ!」


テーブルにクロスをかけていたエルフの店員とキャットピープルの店員が、僕にすぐ気付いて対応しにきた。
当然どちらも可愛い。シルさんと同じ制服に身を包む彼女達は眉目秀麗に天真爛漫と、ずいぶん対象的だった。
最近エルフ好きであると自覚した僕は、つい耳の長い彼女の声に理由もなく緊張してしまう。


「すいません、僕はお客じゃなくて……その、シルさん……シル・フローヴァさんはいらっしゃいますか? あと女将さんも……」


僕の言葉に少し目を丸くした二人は、すぐに何か気付いたように視線を改めた。


「ああぁ! あん時の食い逃げニャ! シルに貢がせるだけ貢がせといて役に立たなくなったらポイしていった、あん時のクソ白髪野郎ニャ!!」

「貴方は黙っていてください」

「ぶニャ!?」

「失礼しました。すぐにシルとミア母さんを連れてきます」

「は、はい……」


キャットピープルの店員さんへ見舞った一撃が見えなかった……。
猫人の襟を掴みずるずると引きずっていくエルフの店員を汗と一緒に見送った後、手持無沙汰になったので、僕は店内をぐるりと見る。
以前来た時とは様相が違っていて、今は本当に喫茶店みたいな装い。
多くの冒険者がダンジョンに出ている昼間とそうでない夜とじゃあ、お客さんのターゲットが違うのかな? そういえばカフェテラスもあったんだっけ。
本当によく考えられてるな……。


「ベルさん!」


階段を急ぎ足で下りる音がして、すぐに厨房の奥からシルさんが現れた。
最後に別れた時のことを思い出すと穴に埋まりたくなるけど、僕は腹に力をこめて彼女に歩み寄る。


「一昨日は、すいませんでした。お金も払わずに、勝手に……」

「……いえ、大丈夫ですから。こうして戻ってきてもらえて私は嬉しいです」


腰を折って謝罪を告げると、シルさんはいつかのように微笑んでくれた。
事情を詮索しようともせず温かく包み込んでくれる彼女の姿に、不覚にも涙が出そうになった。
僕はさもゴミが入ったというような仕草で目元を拭った後、用意していたお金を渡す。


「これ、払えなかった分です。足りないと言うなら、色を付けてお返しします……」

「私の口からはそんなこと言えません。そのお気持ちだけ十分です…………私の方こそ、ごめんなさい」


最後にぽつりと呟かれた言葉に、僕は慌ててシルさんが罪悪感を抱く必要なんてないと言った。
ばっばっ、と身ぶり手ぶりを大げさにやって説明する。
シルさんは僕の迫力に押されてきょとんとした後、クスクスと、やっといつものように笑みを漏らしてくれた。ほっと息をつく。
それからちょっと顔を赤くして、彼女は僕の顔を覗きこむように見つめてきた。……って、え?


「ベルさんは……今からダンジョンへ?」

「は、はい。そのつもりです」

「でしたら……」


少し赤くなった耳を髪の隙間から覗かせながら、ぱたぱたと音をたててキッチンに消える。
僕は今の表情に、言うのがはばかれるちょっとあれでこれなイヤそれでも僕にはヴァレンシュタインさんという心に決めた人が……! と確証もないのにつんのめり過ぎた思考を先走らせていると、ほどなくしてシルさんが帰ってきた。
今度は大きめなバスケットを持ってきている。


「もらっていただけませんか? 今日は私達のシェフが作った賄い料理なので、味は折り紙つきです。……その、私が少し手をつけたものもあるので、それもよろしかったら……」


あぁそういうことですか。あくまで先日のようなノリでかつ自分も料理作ってみたんだけど味が保障できずに恥ずかしい云々。
ですよねー、と僕は心の中で自嘲しながらそのバスケットを受け取った。身の程を知ろうよ僕。


「坊主が来てるって?」


ぬぅ、とカウンターにあるドアから出てきたのは女将さん――ミアさんだった。
その存在感に僕は少し後退してしまう。


「ああ、なるほど、金を返しに来たのかい。感心じゃないか」

「ど、どうも……」

「シル、アンタはもう引っ込んでな。仕事ほっぽり出して来たんだろ?」

「あ、はい、わかりました」


シルさんがお辞儀をして戻っていく傍ら、ミアさんは豪傑(豪快じゃない)な笑みを浮かべて僕の胸をその太い指でどついてきた。
ていうかドワーフなのにでかい。横も縦も僕より優にある。
そしてこの人曰く、「このまま帰ってこなかったらこっちが“けじめ”をつけに行ってやった」とか、「あと一日遅れてたら久しぶりにアタシのスコップが轟き叫ぶところだった」とか。
マジ僕ファインプレーだよ……!


『シル、あれを渡しては貴方の分の昼食がなくなってしまいますが……』

『あ、うん。一回くらいは我慢できるよ?』

『なんで我慢してまであいつに渡すニャ? 冒険者なら昼飯くらい買えるはずニャ』

『…………』

『おーおー、不躾なこと聞くもんじゃニャいぜ、お二人ニャン。つまりあの少年はシルにとっての……これニャ?』

『違いますっ!!』


厨房の方が騒がしくなったような気がしたけど、気にしてる余裕がなかった。
僕はミアさんの前で不用意なことはしてはいけないと心に誓う。


「シルには改めて礼を言っときな。ウチの連中はアタシを含めて血の気が多いヤツ等だから、アレが説得していなかったら、アンタ今頃は湖に沈んでるよ」

「……」


笑えない。


「飛び出していったアンタを追いかけていったみたいだけど、結局、会わなかったんだろう? 肩を落として塞ぎ込んでいるアイツを見て、ほれ、あのエルフのリューが真剣もって出ていきそうになってね。止めるのにホント一苦労したんだから」


エルフ好きの僕は、どうやらエルフのことを誤解していたらしい。


(でも、そっか……あんな僕を、追いかけてきてくれたんだ……)


話を聞いて、やんわりと胸のあたりから熱が灯る。
本当にいつか恩返しをしたいと、そんなことを思った。


「……坊主」

「何ですか?」

「冒険者なんてカッコつけるだけ無駄な職業さ。最初のうちは生きてることだけに必死になってればいい。背伸びしてみたって碌なことは起きないんだからね」


僕は目を見開いた。
あの時ミアさんもカウンターにいたから、僕の事情を見通しているのだろうか?
彼女はニッと笑みを浮かべる。


「最後まで二本の足で立ってたやつが一番なのさ。みじめだろうが何だろうがね。すりゃあ、帰ってきたソイツにアタシが盛大に酒を振る舞ってやる。ほら、勝ち組だろ?」


ミア、お母さん……っ!


「気持ち悪い顔してるんじゃないよ。そら、アンタはもう準備の邪魔だ、いったいった」


くるりと回転させられてドンッと背中を押された。
呼吸が半分止まりながらも、僕の感謝の念はつきなかった。
今ようやく、心の隅にしつこく残っていた影が取り払われた。【ロキ・ファミリア】のあの獣人の青年の言葉が、今は純粋な燃焼材に変身している。
今できること、最大戦速で、無茶なく、後は必死に生きる。
方針が完璧に固まった。


「坊主、アタシにここまで言わせたんだ、くたばったら許さないからねえ」

「大丈夫です、ありがとうございます!」

僕はつい「いってきます!」と叫んでしまい、大通りを走っている最中、ずっと顔を赤くさせっぱなしだった。


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