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2023.08.31

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第33話
リセット①

「お願いします」

「はいよ」


装飾品アミュレットがカウンターに置かれた。
赤い帽子をかぶり白い髭をこれでもかと生やしたノームの店主は、翠の宝石の埋まるその首飾りを持って店の奥へ引っ込んでいく。
『ノームの万屋』と何のひねりもない名の骨董品店で、今日も些細な取引が交わされている。
カウンターの前にぽつんと立つパルゥムは、統一性のない商品の中に囲まれながら、一言も発さずたたずんでいた。


「ほいほい、お待たせ」

「結果は?」

「しっかり【ステイタス】補助……対毒効果が付与されておったよ。上等上等。そうだなぁ……48000ヴァリスでどうだい?」


店主の言葉にパルゥムは満足そうに頷いた。取引の成立だ。


「今日の支払いは現金かい?」

「いえ、いつもので」


淡々とやり取りが進んでいく。
店内の片隅に傾いて置いてある大型時計ホールクロックが、彼等の間に針の音を落とす。


「ジジイ、こんなこと言える立派なノームじゃないんじゃが……」

「?」


おもむろに、ノームの店主は口を開いた。
瞬きをする顧客を尻目に、アミュレットを手で弄びながら、少し間を開けてから話し出す。


「あまり危険なことに、首、突っ込まんほうがいいぞ。今更かもしれんが」

「……」

「大して広まっちゃいないが、冒険者の間で噂になっとるよ。手癖の悪い“パルゥム”に金品を掠め取られるって。時にはパーティ丸ごと出し抜かれるとか」

「……何が言いたいんですか?」

「いや、別にお前さんを疑っとるわけじゃないんじゃよ? そのパルゥムっちゅうのは女で、どうやら“複数犯”らしいからの。“男”であるお前さんにこんなこと言うのはお門違いなのはわかっとる」


ただのぅ、とノームの店主はふごふごと白髭を動かした。


「被害にあったって聞く品物のほとんど、ジジイがこの眼で目利きしたもんばっかだから……のう? お友達とは程々に付き合っていた方がいいんじゃないかって、ジジイ、そんなこと思っちゃうんじゃ」


ちら、と具合が悪そうに横目で視線を投げる店主の言葉に、その“男”のパルゥムは、小生意気な表情で笑ってみせた。


「“悪いパルゥム”もいるみたいですね。でもこう言っては何ですが、冒険者様も人のことは言えないのではないですか? 彼等の多くがする振る舞いも、似たり寄ったりですよ。盗難とか、恫喝とか」

「それは、まぁ……」

「私ならこう言ってしまうかもしれません。『自分達のことを棚に上げるな』、と」


パルゥムの客は、最後に意地悪く笑う。


「厳しいようですが、騙されてしまった方が悪いんです」


むぅ……、という店主の低い唸り声が、秒針の音に吸い込まれていった。


















「うぐぅ~……っ!」

「……何やってるんだい、ベル君」


僕はソファーに伏せた体勢で、両手で掴んだクッションをぐいぐいと引っ張り後頭部に押しつけていた。
文字通り頭隠して尻隠さずの僕の格好に神様がつっこんでくるけど、答える余裕がない。
ヴァレンシュタインさんから、逃げ出してきてしまった。
何が起きたらあんな状況が完成するのかさっぱりわからないけど、はっきりしていることは、あれは全部現実だったということだ。
憧れの人が膝枕してくれたことも、そして僕の大馬鹿野郎がいつかと同じように、奇声をあげて全力逃走してしまったのも。
うああああああああぁぁぁ……死にたいぃぃぃ……。


「アレかい、おねしょでもしちゃったとか?」

「違いますよぉ~」


普段なら唾を飛ばして食ってかかるところだけど、情けない声しか出てこない。
代わりに、「おかあさん」とヴァレンシュタインさんへ言ってしまったことを思い出して、クッションから伸びる首筋が茹でダコのようになる。
爆発した羞恥と混乱によりあの人の前から脱兎の勢いで消えた後、自分がどこをどう駆け巡ったのか、僕は覚えていない。
気が付けば夜が明ける時間帯になっていて、気が付けばこのホームのドアにずるずると寄りかかり、へたり込んでいた。


「はぁ……何があったのか知らないけど、君もほどほど多感な子だよなぁ……」


多感どころじゃないです、神様。断腸ものです。
こんなこと誰にも話せない。いやそれ以前に、信じてもらえないだろう。
もしこの場で神様に暴露しても、きっとすごい悲しそうな目で、
『ベル君、大丈夫かい? 休んでいいんだよ? あと、妄想も大概にしといた方がいい』
とか言われるに決まってる。酷いよ神様。
僕はのろのろと起き上った。疲弊しきっているのに顔は耳まで熱い。何だか風邪をひいたみたいだ。
いや、状況はあまり変わらないのかも……。

それから僕と神様は朝食をとった。
ずっと悶え苦しむ勢いだけど、今日という一日は始まってる。僕は無理矢理自分を奮起させた。
ヴァレンシュタインさんのことは、今日だけは忘れていたいなぁ。……なんて、絶対無理なんだろうけど。
お礼と謝罪を伝えられる日は、いつか来るんだろうか。


「そうだ。ベル君、昨日のあの本を見せてくれよ。今日は昼まで暇なんだ」

「あ、はい。いいですよ」


テーブルで食後のお茶を飲んでいた僕は、棚に置いておいた本を取ってくるために席を立った。
神様の今日のシフトは午後かららしい。【ヘファイストス・ファミリア】の方も加え露店のバイトも続けているみたいだけど……体、大丈夫なのかな?
僕はシルさんから借りた図巻のような本を神様に手渡した。


「ふぅん、見れば見るほど変わった本だ、な……ぁ?」


表紙をじろじろと見て、何ページか無造作に目を通していた神様は、不意に動きを止めた。
かと思うと、目尻をひくひくと痙攣させ始める。まるで自分のあずかり知らない借金の請求書を見せつけられたかのように。
え……? な、なにっ?


「……コレは、魔導書グリモアじゃないか」

「ぐ、ぐりもあっ?」


耳にしたことのない単語を聞き返す。
嫌な予感は既に汗となって僕の顔に表れていた。


「な、何なんですか、ソレ……?」

「簡単に言っちゃうと、魔法の“強制発現書”……」


体中の汗腺という汗腺が開いたような気がした。


「発展アビリティなんて言ってもわからないと思うけど……とにかく『魔導』と『神秘』っていう超希少なスキルみたいなものを極めた者だけにしか作成できない、著述書なんだ……」


――意味わかっちゃいます、神様。
二種類の発展アビリティ修得者……つまりLv.2以上の【ファミリア】構成員。そんじょそこらの冒険者より遥かに強い人の執筆作品……。
多分、『賢者様』って言われる伝説の御方と同じ職種のような人の、一筆入魂……。
僕は壊れた笑いを浮かべて石になる。


「君の魔法の発現はこれが理由か……。ちなみにベル君、これは一体どういう経緯で、今ここに存在しているんだい?」

「知り合いの人に、借りました……。誰かの“落し物”らしい、デス……」

「……」

「ネ、ネダンハ……」

「【ヘファイストス・ファミリア】の一級品武具と同等、あるいはそれ以上……」


ビキリッ、と罅割れが石の体に走る。


「ちなみに、一回読んだら効果は消失する。使い終わった後は、ただ重いだけの奇天烈書ガラクタさ……」


終ワッタ。
魔法を外部からの干渉で発現させるという“奇跡”の詰まった貴重書を、ネコババしたうえに、使い捨てた。
ン千万ヴァリスの代物を、僕が、食べてしまった……。

重苦しい沈黙がホームに落ちる。
取り返しのつかないことをやらかした僕は絶望一色。
神様は、感情を殺した能面のような顔をうつむきがちに、やがて椅子を持ってトコトコと僕の前に運ぶ。
その上に乗って、両手を僕の肩にポンと置き、少し高い目線から語りかけてきた。


「いいかいベル君? 君は本の持ち主に“偶然”会った。そして本を“読む前に”その持ち主に直接返した。だから本は手元にない、間違っても使用済みの魔導書なんて“最初から”なかった……そういうことにするんだ」

「黒いですよ神様!?」


なに普通に誤魔化そうとしてるんですか!?


「ベル君、下界は綺麗事じゃまかり通らないことが沢山あるんだ。ボクはそれをこの目で見てきた。住む場所を追い出されたり、ジャガ丸くんを買えないほどひもじい思いをしたり、下水道に閉じ込められたり……とんでもない額の負債を背負わされたり。世界は理不尽で満ち溢れているんだ」

「それは神様のせいですっ!?」


ていうか最後の不吉すぎる言葉ァ!?
何を隠してるんですか、神様!


「と、とにかくっ、この本を貸してくれちゃった人に、僕、事情を話してきます!」

「ベル君、止せっ、君は潔癖すぎるっ! 世界は神より気まぐれなんだぞ!」

「こんな時に名言生まないでください!? 隠したって、いつかバレるに決まってるじゃないですか!」


もう采は投げられちゃってる!
シルさんには本を読んだか尋ねられるだろうし、僕達がいくら嘘をついても、酒場に本の持ち主が現れた時点でアウト!
もうこうなったら、包み隠さず話して“ドゲザ”に賭けるしかないですよ!
僕は神様の制止を振り切って、本を片手にホームのドアを蹴り破った。



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