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2023.06.15

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第22話
サポーターの事情③

「うーん、別の【ファミリア】のサポーターかぁ……」

「やっぱり、不味いですかね?」


お馴染みとなっているギルド本部の面談用ボックスで、僕はエイナさんにリリのことを相談していた。
バベルの治療施設(ちなみに有料)と換金所に寄って真っ直ぐにここに来たのだ。
情けない話だけど、僕一人だけで判断するにはいかんともしがたい。他人に指示を仰ぐのが最良と考え、恒例のようにエイナさんへ意見を求めている。


「一口に【ファミリア】間の問題といっても、【ヘファイストス・ファミリア】みたいに明るい契約関係を築いてる例もあるしね……ベル君から見てどうなの、そのリリルカさんっていう子は?」

「はい、いい子でしたよ……サポーターとしても有能そうでしたし」


サポーターとしての働きも含めて、僕のリリへの心証は悪くない。
というか、憐憫みたいなものが手伝ってあの子を放っておけなくなってる。
そんなんじゃあいけないんだろうけど……でもなぁ。
上手く言えないんだけど、リリ自身でも気付けていないくらい……そう、寂しさに鈍感になっちゃってるっていうか。
とにかく、目を離していたらいけないような気がする。


「その子の所属している【ファミリア】はわかる?」

「確か、【ソーマ・ファミリア】って言ってました」

「【ソーマ・ファミリア】か……んんー、これまた強く反対も賛成もできないところが出てきたなぁ」

「……あの、エイナさん。【ソーマ・ファミリア】って、柄が悪い【ファミリア】だったりするんですか……?」


リリの言っていたことを思い出しながら尋ねる。
エイナさんは「ちょっと待って」と言い、用意していた大型のファイルをぱらぱらとめくり出した。


「……【ソーマ・ファミリア】は典型的なダンジョン系【ファミリア】だね。他の【ファミリア】と少し違うのは、ちょっとだけだけど、商業系にも片足をつっ込んでいることかな」

「商業系? ってことは、市場に何か商品を出しているんですか?」

「うん、お酒を販売しているの」

「お酒……?」

「そう。品種や市場に回す量自体は少ないんだけど、味は絶品だっていう話だよ。オラリオの中でも需要はかなり高いみたい」


そっちで【ファミリア】を展開しても十分通用しそうなものだけど、とエイナさんは付け足す。
冒険者っていうのは常に身の危険というリスクが付きまとうから、【ファミリア】を安全に発展させたいのなら、堅気の職業に身を置くのが一番いい。
その代わり“冒険者は化ける”。この迷宮都市では、ハイリスクハイリターンを恐れないのなら、一攫千金を狙えるのもまた冒険者しかいない。


「【ファミリア】の中でも実力は中堅の中堅だね。飛び抜けた実力者はいないけど、あそこの冒険者達はみんな平均以上の力を持ってる。うわ……何より構成員の数が凄いね。これは知らなかったなぁ」

「【ファミリア】の団員の数が多いってことは……」

「主神であるソーマは、信仰はされているみたいだね。あの神はいい噂も悪い噂も、ほんっとうに全くないんだけど……」

「えっと、リリっていう子も言ってたんですけど……そのソーマ様って、他の神様達と全く関係がないんですか?」

「むしろ神ソーマはそっちの話で有名だね。神相手に浮世離れなんて言うこと自体おかしいけど、まさにそれ。神々が開く催しにはこれまで一回も出てないって聞くし、交遊もさっぱり。というか、あの神ソーマと面識ある神って誰? って言われるくらい」


それはまた……極端というか何というか。
そういえば未来永劫無関心、なんてリリは言ってたっけ。
エイナさんが反対も賛成もできないなんて言ったのも、無難も無難過ぎる【ファミリア】だからなのかな?
気持ちのいいくらい友好的な【ファミリア】っていうわけでもないし、絶対関わることをお勧めしないっていう【ファミリア】でもない……みたいな?
うーん……ヘスティア様に聞けば、何かソーマ様のことについてわかったりするかな?


「【ファミリア】自体に変わったところはないっていう感じかな。……ただ」

「ただ?」


エイナさんは言い難そうに眉を曲げていたけど、逡巡を断ち切るように口を開いた。


「あくまで私の主観なんだけど……【ソーマ・ファミリア】の冒険者達は、普通の【ファミリア】の冒険者とは雰囲気が違うの。仲間内でも争っているというか、死に物狂いっていうか……」

「……」

「生き急いでいるとかそういうんじゃないんだけど、何ていうのかなぁ、アレは……。とにかく必死なんだよね、あの【ファミリア】に所属する人、全員」


喋ったエイナさん自身困ったような顔を浮かべている。僕も当惑するしかない。
何だか【ファミリア】の背景を知った分、益々リリのことについて話がこんがらがってきたような気がする……。


「一応、私はその彼女をサポーターとして雇うのは賛成するよ」

「えっ、いいんですか?」

「うん。確かに【ソーマ・ファミリア】にはきな臭いところもあるけど、ベル君が心配しているような【ファミリア】のもめ事は決して起きないと思うから。神ソーマのことを踏まえたらね」


リリと同じ意見、ってことか。


「【ソーマ・ファミリア】の他の構成員を刺激しないように心がけておけば、きっと大丈夫。それに私としては、ソロのキミに早くサポーターなりパーティなり組んでほしいから、むしろ勧めたいかな」

「エイナさん……」

「後はベル君の心次第。やっぱり、最後はキミが自分で決めて、自分で責任を取らないと」


……当たり前か。
エイナさんには参考までに話を聞くってだけで、何も全てを委ねにきたわけじゃない。
ここからは僕が考えて決めることだ。人の出した結論でリリに接するなんて、彼女にも失礼だと思う。
もう一度頭の中を整理して、最終的に答えを出そう。


「私の方もさ、フリーのサポーターを探してみたんだけど、やっぱり見つからなかったよ。前まではいたサポーター達も、どこかしらの【ファミリア】に加入しちゃってた」


ごめんね、とエイナさんは苦笑いする。
一度サポーターを雇うか雇わないか話し合ったから、覚えていてくれたみたいだ。
というより、ずっと気にしていてくれたのかもしれない。さっきまでの発言を振り返ってみると。


「『神の恩恵』を授かっていない人は、わざわざダンジョンにもぐろうとはしない、ってことなのかもね。報酬も契約相手によってまちまちだし、他にもっと安全で稼ぎのいい仕事はありそうなものだから」


無所属フリーということはどの【ファミリア】にも所属していないということだから、当然『神の恩恵』は授かっていない。
基本的に、一般人と変わらない身体能力しか有していないということだ。
まぁ、純粋に力自慢のドワーフとか魔法を扱えるエルフとか、普通にモンスター達と戦っても遅れをとらない種族もいるわけだから、一概に無力っていうわけでもないんだけど。
そこまで考えた僕はふと、リリの会話の中で思ったことを尋ねてみることにした。


「エイナさん。サポーターって、冒険者に疎まれたりされるものなんですか?」

「……そうだね。専門職のサポーターは身分が低いかもしれない。理由は言わなくてもわかってると思うけど……」


ただの荷物持ち、と話していたリリの言葉が蘇る。
本当にそうなのかと、前まで憧れてすらいた冒険者像へ、失望に近い感情を抱いてしまう。


「普通、サポーターっていうのは力の弱い人がなるものなの。一流の【ファミリア】は、たとえ【ランクアップ】していても下っ端の冒険者にやらせるから」


ただしこの場合は、そのサポーターも先達のダンジョン探索を間近で見られるという、いわゆるお勉強の一面もあるらしい。
荷物持ちとはいえ、自分の力では通用しない階層まで随伴することで、まだ見ぬ領域――強大なモンスターの力や、何より【ファミリア】の中でも精鋭達の戦術――を直接肌で感じることができる。


「『神の恩恵』を受けても誰も彼も無限大に強くなれるわけじゃない。素質もあるし、モンスターの前で畏縮することのない精神的な部分も関係してる。低級モンスターは倒せても、そこから先は全く歯が立たなくなるっていうのはざらなんだ」

「……」

「言っちゃうと、そんな落ちぶれた冒険者達が専門のサポーターに転職するから……ちょっと、ね。蔑視の対象にはなり易いのかな」


少々重苦しい空気になってくる。
エイナさんが快く思ってないのは表情から一目瞭然だったし、こんなことを話させてしまったこと自体心苦しい。


「その子も【ファミリア】に入っているみたいだけど、やっぱり『神の恩恵』を持ってた?」

「はい、多分。その子、パルゥムなんですけど、自分の倍はあるモンスターの死骸をずるずる引きずってましたし……」


間違っていないだろう。
『恩恵』を授かっていると考えれば、あの切れのある動きも説明がつく。
でも、そうか。
リリが自分をあんな風に卑下していたのも、周りから落ちこぼれのレッテルを貼られたせいだったのかもしれない。
……やりきれない。
何だこれ。自分のことじゃないのに、居ても立ってもいられなくなる。
髪を思いっきり掻き毟りたい衝動に襲われながら、僕は自制心を利かせて席を立った。じっとしていると深みにはまりそうだ。


「ありがとうございます、エイナさん。色々参考にします」

「うん。私の方はいつでもいいから、こういう話はちゃんと相談しにきてね?」


優しい笑みを浮かべるエイナさんに、僕はもう一度お礼を告げた。
軽く伸びをして、部屋のドアへとつま先を向ける。


「あれ……ベル君?」

「何ですか?」

「ナイフは、どうしたの?」


「へっ?」と身に覚えのない問いかけに間抜けな返事をする。
今まさに立ち上がろうとしていたエイナさんは、怪訝そうな顔で僕の腰を見つめていた。


「ナイフ……?」


腰に手をやる。
短刀、ある。
魔石入れの腰巾着、ある。
神様のナイフ、ある。
……ただし、鞘だけ。


「………………」


柄があるべき筈のその位置には、スカスカと鳴る空気だけしかなかった。
さあぁっ、と恐ろしいくらいの速度で血の気が顔から引いていく。
取り乱して腰を何度もばんばんと叩き出す僕を見て、エイナさんも「まさか」という表情を浮かべる。
――神様のナイフが、ない。
僕は顔を真っ青にした。


「お、落としたぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」



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