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“ずっと気になっていたのですが……ヘスティア様の『紐』はなんなのでしょう?”ヘスティアの紐の謎に迫る!?アニメ10周年記念 大森藤ノ書き下ろし短編小説「紐の正体を求めるのは間違っているだろうか」 “ずっと気になっていたのですが……ヘスティア様の『紐』はなんなのでしょう?”ヘスティアの紐の謎に迫る!?アニメ10周年記念 大森藤ノ書き下ろし短編小説「紐の正体を求めるのは間違っているだろうか」

「ずっと気になっていたのですが……ヘスティア様の『紐』はなんなのでしょう?」

 不意に、狐が投じた爆弾に、かつてなき緊張が走る――
「「「「………………」」」」」
 これまで空気を読んで誰一人として触れてこなかった一線を、あっさり踏み越えた天然きつねちゃんに戦慄しつつ、ベル、リリ、ヴェルフ、ミコトは、全ての眼差しを我等が主神に向けた。
 場所は夜の帳が下りた『豊穣の女主人』。
 オラリオのどこよりも上手いめしと酒を振る舞う酒場は今日も繁盛している。
 苛烈かつ劇的な勝利を飾った『派閥大戦』からしばらく。
【ヘスティア・ファミリア】一同は久方ぶりの宴を開いていた。
 別に何かあったわけではなく、たまたま眷族達が全員揃い、主神も予定が合いそうで、派閥の帳簿をつけているリリの許可も下りて、本当にたまたま飲み会が催されただけなのである。
 そこにブン投げられた春姫ハルヒメの問いかけが、波紋を生む――
「……」
 眷族達の緊張を孕んだ様子見に、くいっ、とヘスティアは無言で酒をあおった。
 ことり、と静かに杯がテーブルに置かれる。
 それだけで眷族達が肩を揺らし、固唾を呑む。
 別世界のように周囲の喧騒と切り離され、ベル達が神の一挙手一投足に翻弄される中、何もわかっていない春姫ハルヒメだけが小首を傾げ、モフモフの尻尾で『?』の形を作った。
 やがて、ヘスティアは目を瞑ったまま、大きな胸の下に通された青い紐を揺らし、席を立つ。
「急用を思い出したから失礼するよ」
「えっ……夜は暇だって、来る前に……」
「明日は鬼ヘファイストスの酷烈スパルタ早朝バイトなんだ。ボクは100パー起きれないから彼女のところに今夜から泊まり込むよ。じゃあね、みんな。グッナイ」
 すっ、と金貨が入った小袋をテーブルの上に置き、風のように去っていくヘスティア。
 ボクの代わりに楽しんでくれと言わんばかりの背中と、あと気取り過ぎてよくわかんない言動に、ベルは呼び止めることもできず、うろたえた。
 袋の中身を確認したリリが「ぜんぜん足りてないですし……」と小声でぼやく。
「ど、どうなされたのでしょうか、ヘスティア様……? もしかして、わたくしの発言が気分を害してしまって……!?」
「腹を立てて帰った、というよりも、聞かれたくない故に撤退した、という風に見受けられましたが……」
「同感だ。よっぽど、あの『紐』について聞かれたくなさそうだな」

 すたこら酒場を後にした主神に、春姫ハルヒメミコト、ヴェルフが口々に言う。
 積年の謎が解き明かされるのか、はたまた禁忌パンドラの蓋が開かれるのか、そんな緊張感を抱いていた眷族達は安堵したような、不完全燃焼を味わったような、そんな曖昧な顔を浮かべる。
「でも神様の『紐』って、本当になんなんだろうね……」
「あのにでっっっっかいおっぱいを支えるためにあるんじゃないですか、どうせぇ~」
「そ、そそそれはつまり天界式の下着っ、ぶぶぶっ、ぶらじゃあ、ということでございますか……!? ころもの内ではなく、外にあるぶらじゃあ……!? はうううっ!」
「はい! 自分は重道着じゅうどうぎ、もとい肉体に負荷をかける道具アイテムではないかと思います! 重量は大型級ミノタウロスほど! ヘスティア様はあれを常日頃に着け、体を鍛えているのではないかと!」
大型級ミノタウロスを片手で持ち上げるヘスティア様はムリがあるだろ……。もう自分でダンジョンに行った方がいい」
 胸囲的きょういてきな意味でやさぐれ状態モードに突入するリリが頬杖をつきながら酒をあおる。
 赤くなって妄想の海を泳ぐ春姫ハルヒメの横でミコトが勢いよく手を上げ、ヴェルフが解釈違いの主神像にげんなりしながらさかなに手を伸ばした。
「あれはきっと、神創武器しんぞうぶきってやつじゃないか? 神々が一つは持ってるっていう」
「面白半分に言ってるじゃないですか。ベル様はなんだと思いますか?」
「えっ? ええっとぉー……僕もヴェルフと似たような感じで、あれは実は縄の武器で、投げると色んなものを捕まえられて……あとは捕まった人は嘘がつけなくなったりとか……」
「ハイそれ英雄譚に出てくる伝説の武具とかですよね、どうせ」
「はい……」
 ヴェルフの意見に呆れ、ベルの考察をあっさり見抜くリリ。困ったら英雄譚に頼りがちな団長の少年が体を縮める中、妄想の海から帰ってきた春姫ハルヒメも考えを口にする。
「胸の下に通された紐……わざと自分を縛って……緊縛……拘束プレ「それ以上はいけない」んむむっ」
 娼婦時代に得た卑猥な知識をたどって呟く春姫ハルヒメの唇を、口調も人物像キャラも変わったミコトが片手を使って真顔で防ぐ。潜在的卑猥狐が神への不敬罪をギリギリのところで回避していると、
「皆さん、楽しそうですね。何を話してるんですか?」
「シルさん。それに、リューさん」
「林檎の聖火焼きです。お待たせしました」
 追加の杯と料理を運んできた街娘とエルフが現れた。
『派閥大戦』の後、引き続き酒場で働くことになっている――以前よりもっと重労働を課せられることとなっている――シルは、ミコトから話を聞いてふんふんと頷く。
「あの紐は……ヘスティア様を司る事物を表しているのではないでしょうか。聖火、護り、嘆願者を庇護する輪……つまり正義が巡るように、『慈悲』もまた連環のごとく巡る……」

超正義必殺技アストレア・レコードが発現してから生真面目さに拍車がかかってません?」
「いや、一周回ってポンコツだろ」
「なっ……訂正しなさい!」
 酒場の手伝いに加わっているリューが先に見解を述べると、リリが白けた眼差しを送り、ヴェルフが既に注文した本神ほんにんがいない特大林檎焼きを、喜ぶ春姫ハルヒメ達の前に移動させる。
 ポンコツの言葉に過敏に反応するリューにベルが苦笑いしていると、シルが真面目腐った顔を横に振る。
「いいえ、残念ながら全て違います」
 何を隠そう、その正体は『美の神』の一柱であるむすめは、薄鈍色の髪を揺らしカッ! と開眼した。
「あの『紐』は――ヘスティア様の力を押さえる封印! 世界が危機に晒され、あの『紐』が解かれた時! 聖火パワーを100那由他なゆた倍にした無限破邪神むげんはじゃしんウェスタ様がご降臨なさるんです!! お願いウェスタ様、悠久の炎で世界を在るべき姿に~!」
「「「「な、なんだってーーーー―!?」」」」
「嘘くさいですけど本当のことも含まれてそうな絶妙な境界線ライン……!」
「『箱庭』を焼き払われたことを、まだ根に持っているだけでは……」
 衝撃を受けるベル達を他所に、天界のあれこれを知っているであろう背景を無視できず唸るリリ、偽現ティオス炉神の聖火殿アエデス・ウエスタの件を思い出して疑うリュー。
 神ならぬ身では到底理解が及びつかない『紐』の正体に、下界の住人達の興味は高まるばかりで、その後も議論は白熱するのだった。

「で、実際どうなの? ヴェルフ達が気になる~、って言ってたわよ?」
 後日。
 今日も今日とてバイトに出勤するヘスティアに、ヘファイストスが尋ねた。
「私はてっきり、アルテミス辺りがくれたプレゼントだと思ってたけど……」
【ヘファイストス・ファミリア】の武具店で制服に着替えたヘスティアは、背後にいる神友しんゆうへ振り返った。
 女神は『紐』を胸の高さで握りしめ、笑みを浮かべながら、親指を立てて答えた。

「次の十年後に話すよ!!」

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