「ずっと気になっていたのですが……ヘスティア様の『紐』はなんなのでしょう?」
不意に、狐が投じた爆弾に、かつてなき緊張が走る――。
「「「「………………」」」」」
これまで空気を読んで誰一人として触れてこなかった一線を、あっさり踏み越えた天然
場所は夜の帳が下りた『豊穣の女主人』。
オラリオのどこよりも上手い
苛烈かつ劇的な勝利を飾った『派閥大戦』からしばらく。
【ヘスティア・ファミリア】一同は久方ぶりの宴を開いていた。
別に何かあったわけではなく、たまたま眷族達が全員揃い、主神も予定が合いそうで、派閥の帳簿をつけているリリの許可も下りて、本当にたまたま飲み会が催されただけなのである。
そこにブン投げられた
「……」
眷族達の緊張を孕んだ様子見に、くいっ、とヘスティアは無言で酒をあおった。
ことり、と静かに杯がテーブルに置かれる。
それだけで眷族達が肩を揺らし、固唾を呑む。
別世界のように周囲の喧騒と切り離され、ベル達が神の一挙手一投足に翻弄される中、何もわかっていない
やがて、ヘスティアは目を瞑ったまま、大きな胸の下に通された青い紐を揺らし、席を立つ。
「急用を思い出したから失礼するよ」
「えっ……夜は暇だって、来る前に……」
「明日は鬼ヘファイストスの
すっ、と金貨が入った小袋をテーブルの上に置き、風のように去っていくヘスティア。
ボクの代わりに楽しんでくれと言わんばかりの背中と、あと気取り過ぎてよくわかんない言動に、ベルは呼び止めることもできず、うろたえた。
袋の中身を確認したリリが「ぜんぜん足りてないですし……」と小声でぼやく。
「ど、どうなされたのでしょうか、ヘスティア様……? もしかして、
「腹を立てて帰った、というよりも、聞かれたくない故に撤退した、という風に見受けられましたが……」
「同感だ。よっぽど、あの『紐』について聞かれたくなさそうだな」
すたこら酒場を後にした主神に、
積年の謎が解き明かされるのか、はたまた
「でも神様の『紐』って、本当になんなんだろうね……」
「あの
「そ、そそそれはつまり天界式の下着っ、ぶぶぶっ、ぶらじゃあ、ということでございますか……!?
「はい! 自分は
「
赤くなって妄想の海を泳ぐ
「あれはきっと、
「面白半分に言ってるじゃないですか。ベル様はなんだと思いますか?」
「えっ? ええっとぉー……僕もヴェルフと似たような感じで、あれは実は縄の武器で、投げると色んなものを捕まえられて……あとは捕まった人は嘘がつけなくなったりとか……」
「ハイそれ英雄譚に出てくる伝説の武具とかですよね、どうせ」
「はい……」
ヴェルフの意見に呆れ、ベルの考察をあっさり見抜くリリ。困ったら英雄譚に頼りがちな団長の少年が体を縮める中、妄想の海から帰ってきた
「胸の下に通された紐……わざと自分を縛って……緊縛……拘束プレ「それ以上はいけない」んむむっ」
娼婦時代に得た卑猥な知識をたどって呟く
「皆さん、楽しそうですね。何を話してるんですか?」
「シルさん。それに、リューさん」
「林檎の聖火焼きです。お待たせしました」
追加の杯と料理を運んできた街娘とエルフが現れた。
『派閥大戦』の後、引き続き酒場で働くことになっている――以前よりもっと重労働を課せられることとなっている――シルは、
「あの紐は……ヘスティア様を司る事物を表しているのではないでしょうか。聖火、護り
「
「いや、一周回ってポンコツだろ」
「なっ……訂正しなさい!」
酒場の手伝いに加わっているリューが先に見解を述べると、リリが白けた眼差しを送り、ヴェルフが既に注文した
ポンコツの言葉に過敏に反応するリューにベルが苦笑いしていると、シルが真面目腐った顔を横に振る。
「いいえ、残念ながら全て違います」
何を隠そう、その正体は『美の神』の一柱である
「あの『紐』は――ヘスティア様の力を押さえる封印! 世界が危機に晒され、あの『紐』が解かれた時! 聖火パワーを100
「「「「な、なんだってーーーー―!?」」」」
「嘘くさいですけど本当のことも含まれてそうな絶妙な
「『箱庭』を焼き払われたことを、まだ根に持っているだけでは……」
衝撃を受けるベル達を他所に、天界のあれこれを知っているであろう背景を無視できず唸るリリ、
神ならぬ身では到底理解が及びつかない『紐』の正体に、下界の住人達の興味は高まるばかりで、その後も議論は白熱するのだった。
「で、実際どうなの? ヴェルフ達が気になる~、って言ってたわよ?」
後日。
今日も今日とてバイトに出勤するヘスティアに、ヘファイストスが尋ねた。
「私はてっきり、アルテミス辺りがくれたプレゼントだと思ってたけど……」
【ヘファイストス・ファミリア】の武具店で制服に着替えたヘスティアは、背後にいる
女神は『紐』を胸の高さで握りしめ、笑みを浮かべながら、親指を立てて答えた。
「次の十年後に話すよ!!」