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2023.12.28

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第51話
英雄願望①

ダンジョンは下層に行くにつれ階層の面積が増える特徴がある。
5階層で既に中央広場セントラルパークと同等の広さを誇るフロアは、降りれば降りるほどその範囲を拡大していき、40階層地点では都市オラリオ全域の規模に匹敵すると言われている。
途中その法則を無視する階層も存在するが、基本ダンジョンは円錐構造を取っていると考えていい。通路の道幅や各ルーム等も開放的になっていく傾向がある。
よって、『遠征』……何十人規模ものパーティがダンジョン攻略を行う場合、『深層』と定義づけられている階層まで進めば問題はないが、スタート地点である1階層から上層域は窮屈な思いをすることになる。
狭い通路、小さいルームでの大集団の移動は不自由の極みだ。兵隊の行軍のごとく、進行自体が苦になってくる。
モンスターの対応も一々手間で、そもそも閉鎖空間であるダンジョン内での行列はマナー違反でもある。
大人数での遠征の際は部隊を二つ、三つに分け、取り決められた階層ポイントで合流、再編成するのが定例だった。
例に漏れず、【ロキ・ファミリア】も部隊を二つに分け遠征を開始していた。


「ねえねえ、エルマ。どうして他の【ファミリア】の人達がパーティに交ざってるの? あの人達、雇ったサポーターっていうわけじゃないんでしょ?」

「馬鹿エルナ。前の遠征の撤退理由、もう忘れたの?」

「??」

「彼等は鍛冶師だ、エルナ」

「あぁ!」


【ロキ・ファミリア】首領であるパルゥムのフィン・ディムナを筆頭に、数人の第一級冒険者が組み込まれた先遣隊は7階層に到達しようとしていた。
十五人ほどの部隊が移動を続ける中、エルナ、エルマ、リヴェリアと、順々に声が響く。


「前は私達より先に武器の方が使い物にならなくなったから、団長が手を回してくれたのよ」

「『鍛冶』のアビリティ持ちの鍛冶師がいれば、どんな武器も新品同然になっちゃうもんね! フィン、やるぅ!」

「ンー、運搬する物資にスペアの武器を詰め込むのも非効率的だったからね。神ヘファイストスと友好があるって聞いたから、ロキにも協力してもらったよ」

「鍛冶の【ファミリア】でもない我々がねだるのもおこがましいが……一人、鍛冶師の団員が欲しいところだな」


中層まで下っ端である【ロキ・ファミリア】の構成員達……つまり遠征時のサポーターが集団の先頭を務める中、第一級冒険者達はその後ろでゆるりと構えていた。
深層から本格的な出番を迎える彼等は一見軽く言葉を交わし合っているが、その実、静かに英気を養っている。


「アイズ、アイズ、聞いた!? 【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師達が付いてきてくれてるんだって!」

「うん……聞いたよ。すごいね」

「だよねー! これなら深層でもじゃんじゃん暴れられるし、あたし、爆発しちゃうよー!」

「壊れた武器は【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師でも直せないのよ、言っておくけど」


後ろから肩に抱きついてくるエルナに、黙々と歩いていたアイズは振り返り、少し笑った。
エルナはそれを見てへらっと相好を崩す。生まれてくる種族を間違えたかのような人懐こいアマゾネスの少女に、氷面で知れるアイズ・ヴァレンシュタインも感情を溶かす。
あるいは戦闘狂いの似た者同士に、姉のエルマが半眼で釘をさす中、彼女達は年相応の少女のように戯れた。


「はッ、【ヘファイストス・ファミリア】の連中なら間違っても足手纏いにはならねえな。安心した」

「はい出たー。ベートの高慢ちき」


アイズの肩に張り付いたまま、エルナは横にいるベートに白けた視線を向ける。
口をつり上げていたベートは「あんだよ」とエルナを見返す。


「ベートはさ、何でそういう言い方しかできないの? 他の冒険者を見下して気持ちいいの? あたし、そういうの嫌い」

「勘違いするなっての。雑魚を見下して優越感に浸るなんて、俺はそんな恥ずかしい真似しねぇー。事実を言ってるだけだ」


「これでも誉めたんだぜ?」と後方にいる【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師達を顎でしゃくりながら、ベートは言った。


「ならば最低限の言動を慎め。お前の口から出る言葉は、まるで誤解して欲しいように聞こえるぞ」

「あーあー、うるせえうるせえ! エルフの説教は聞き飽きたっての! そもそも横から口出しすんなよ、リヴェリア」


鋭くまとめあげられた灰髪をぶんぶんと揺らしながら、ベートはふて腐れたように顔をしかめた。
左側の額から顎にかけて刻まれた稲妻のような刺青が軽く歪む。


「どうせお前等だって、そのド貧相な胸の中で似たようなこと考えてんだろう。雑魚を見て少しもダセエと感じてねえって、言えるのかよ?」

「あたしはエルマに全部奪われただけだぁあああああああああああ!!」

「ちょっと止めてよ、その言いがかり……」

「確かに、一度も哀れんだことがないと嘘はつけん。だが、私の憐憫とお前の侮辱を一括りにするな」

「哀れんでるだけ、エルフ様の方がよっぽどタチが悪いように思えるぜ、俺は?」


はぁ、と溜息をつくフィンを他所にベートとリヴェリア達の論争は続く。
リヴェリアに限った話ではないが、エルフは他種族と意見の食い違いから衝突しやすい。獣人のウェアウルフもまた一匹狼の節があるので、融通の利かない時がある。
本人達も別段ムキになっているわけではなく、もはや恒例のようなものだ。リヴェリアの方に関してはあれでもベートを諭そうとしている。
それを知っているから、リーダーを含めた他の団員達も止めようとはしなかった。アイズも黙って彼等のやり取りを見守る。


「俺は弱ぇ奴が大っ嫌いなだけだ。一人では何もできないくせにヘラヘラしやがって、吐き気が止まらねえ」

「強者の位置に立った者の驕りにしか、私には聞こえんな」

「そうだよ、ベートだって弱っちい時があったくせにぃ」

「身の程を知れって言ってんだよ、俺は」


両肩にかかっているエルナの重みを感じながらアイズは、身の程、と小さく呟いた。
少し、思う。
哀れみでも侮辱でも呆れでもない、透明な疑問。
あの時、身の程を嫌と言うほど叩きつけられた一人の少年は、一体何を思って何を感じ、どうなったのかと。
もう記憶としては既に掠れかけている、今にも泣き出してしまいそうだったあの瞳を、アイズはぼんやりと思い浮かべた。
そして、それからすぐに。
彼女は鋭く顔を上げた。


「……四人かな」

「あんだよ、噂すれば何とかってやつか?」


彼女と一様にそれぞれの者も反応する。エルナはアイズに密着したままそちらを見やり、ベートは頭の耳をくいっと立ち上げた。
ちょうどアイズ達が通過しようとしている十字路、その右手の方角から激しい足音が響いていた。聞くからに慌ただしい。
集団の前衛と後衛にそれぞれいるサポーター達が対応に向かおうとするが、フィンが手を上げてそれを制す。持ち場を離れなくていい、と指示を送った。
ややあって、アイズ達の視界に冒険者のパーティが現れる。


「なーんか、やけに慌ててるね。声かけてみる?」

「止めなさい、ダンジョン内では他所のパーティに基本不干渉よ」

「ねえっ、どうしたのー!」

「……馬鹿たれ」


がっくりするエルマを無視してことは進む。
頻りに後ろを振り返っていた冒険者達は、突然かけられたエルナの声に肩を跳ねさせ立ち止まった。


「な、何だお前っ? って……げえっ!? ア、【大切断アマゾン】!?」

「エルナ・ヒリュテぇっ!?」

「ていうか、【ロキ・ファミリア】!? え、遠征!?」


通路から出てきた計四名のパーティはエルナ達を見て驚愕し、自然に尻込みし始めた。
一瞬響いたこの世の終わりのような悲鳴にエルナは目付きを怪しくするが、お構いなしにベートが前に出る。


「よし、黙れ。んで、こっちの質問に答えろ。お前達は何してんだ? キラーアントの群れにでも襲われて、仲間でも見捨ててきちまったか?」

「んだとっ……!?」

「おい、止せって」

「……あれに比べたら、キラーアントの方が百倍マシだっ」


吐き捨てるように落とされた最後の男の言葉に、ベートは訝しげに眉を上げた。
何を言っているんだと視線で問うと、相手の冒険者達は互いに顔を見合わせた後、リーダー格のヒューマンが絞り出すように答えた。


「……ミノタウロスが、いたんだ」

「……あぁ?」

「だからっ、ミノタウロスだよ! あの牛の化物が、この上層でうろついてやがったんだ!!」


相手の必死の形相にベートは瞬きを繰り返し、ばっと後ろを振り返った。
ベートと冒険者のやり取りを呆れながら傍観していたフィン達の顔に、怪訝の色が宿る。
誰も見ていない所で、アイズの右手がぴくりと震えた。


「ねぇ、もしかして……あたし達の逃がしたミノタウロス、だったり?」

「ありえねえだろ? 確かに全部仕留めた筈だぞっ」

「それに、もし私達の討ち漏らしだったとしたら少しおかしいわ。あの遠征からもう一ヶ月経つのよ? ミノタウロスなんかが上層に留まっていたら、第三級以下の冒険者達の被害は馬鹿にならないわ。そんな噂、一つも耳にしたことがない」

「……申し訳ない。貴方がたが見たものを、僕達に詳しく聞かせてもらえないだろうか?」

「あ、ああ……」


毅然とした態度のフィンに見上げられながら、相手のリーダーはどもりつつも語った。
いつも通りダンジョンにもぐっていたら、遥か通路の奥でミノタウロスの姿と、『白髪の少年』を一瞬捉えたこと。
すぐに響いてきた冒険者と思われる叫喚とミノタウロスの遠吠えに当てられて、急いでこの階層まで逃げ込んできたこと。
そしてそのミノタウロスは、冒険者の大剣を装備していたこと。


「大剣だぁ~?」

「『迷宮の武器庫ランドフォーム』じゃなくて?」

「は、はい、間違いないです……」

「……今日までに、ミノタウロスの目撃情報は耳に挟んだか?」

「ないないっ、あってたまるか!」

「団長……」

「ああ、いよいよきな臭くなってきたね」


事情を聞き出した【ロキ・ファミリア】は自分達の討ち漏らしではないと確信する一方で、ことに対する不審さを深める。
フィンを始めとした勘のいい者は、これが意地の悪い神の“戯れ”ではないかと察しかけていた。少なくとも神の何者かが関与しているものだと当たりをつける。つけるしか、状況が説明できない。
フィン達先遣隊は完全に進行を止めてしまっていた。


「そのミノタウロスを見たのはどこ?」


そんな中で、金髪の少女が一人動きを見せる。
冒険者の一人に詰め寄って静かに問い質す。


「はっ?」

「冒険者が襲われている階層は、どこですか?」

「きゅ、9階層……動いていなければ……」


言い終わるより早く、アイズは走り出していた。
冒険者達がやって来た通路を、風のように疾走する。


「アイズ!?」

「何やってんだ、お前!」

「ちょっとあんた達、今は遠征中よ!?」

「……フィン」

「ああ、わかってる……部隊はこのまま前進! 当初の予定通り、最短距離で18階層まで進め! 指揮はラウル、君がとるんだ!」

「は、はい!?」

「指揮……まさか、行くつもりか?」

「親指がうずうずいってるんだ。見にいっておきたい。それとも、君は残るつもりだったのかい、リヴェリア?」

「……フィンの勘が働いているなら確かだな。どれ、私も行かせてもらおう」

「はははっ」


呆然とする【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】の面々を残して、暇を持て余していた第一級冒険者達は、9階層へと先行するのだった。



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