アニメ「ダンまち」シリーズポータルサイト アニメ「ダンまち」シリーズポータルサイト

2023.12.14

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第48話
冒険の意味を⑦

「ヒィャアアアア!」

「ギイイイイ!」


甲高い鳴き声を喚かせ、小鬼のモンスター『インプ』が突っ込んでくる。
全体の色は黒。尖った小石のような一角を生やす丸い頭はやや大きめで、ひょろひょろとした体躯と比べて少しアンバランス。
けれどその見た目からは想像できないほど動きは俊敏かつ鋭い。
鉤のついた細長い尻尾が、動作に応じて上下にしなっている。


「っ!」


跳びはねるように間合いを詰めてくるインプ二匹を、僕は《神様のナイフ》と《バゼラード》を両手に迎え撃つ。
右のインプへ向かってサイドステップ。
一匹の影に隠れる形で、もう片方の接敵を防ぐ位置関係を作り上げる。
事実上の一対一。目前まで迫ってきたインプは無数に生えわたる牙を剥きながら、左手の爪を振るってきた。v

「ヒィイイイイイイイイイッ!!」

「全っ然っ、のろいッッ!」


――あの人の足元にも及ばない!!
弧を描く鋭利な指爪を打ち払うつもりで僕は右手の《神様のナイフ》を振るう。
壮烈な紫紺の輝きが走ったかと思うと、インプの爪は弾かれるどころか、五指ごと宙に飛散していた。


「ゲッ、ガギィイイ!?」


インプが驚愕に次いで金切り声をあげる最中、僕はスイングと連動させて体を回転。
頭の中に浮かぶ、エルフの動きに自分のものをなぞらせる。
右足を軸にして、一気に、強烈な回し蹴りを目の前のインプへ繰り出した。


「ヒゲャ!?」

「?!」


胸の真ん中を打たれ、体重の軽いインプは簡単に吹き飛んだ。
そのまま後方にいた一体にぶち当たる。仲間を受け止めたインプはかろうじて踏ん張るが、僕は既に次の動きへ転じていた。
左腕を思いきり後ろに溜めて、《バゼラード》を……突き出す!


「「ギギィ!?」」


撃ち出された一発の剣突がインプ達を丸ごと穿つ。
折り重なる断末魔。
心臓をまとめて貫いた銀の短剣パイルから、壊れた鼓動が掌に伝わってきた。


「ベル様、後ろからっ!」

「ヒッヒャアアアアアアアアアアア!」


――わかってる!
リリの警告にも動じない。
僕の感覚は接近してくるモンスターの気配をクリアに捉えていた。
視界は広く。死角は決して作らない。
《バゼラード》から手を離し、振り向き様《短刀》を装備。
自ら突っ込み、両手の中の二つのナイフで、小振りの斬撃を二閃させる。


「ギェ――!?」

「ふあぁ……ベル様、すごい」


屠る。
下半身、胴体、頭部。
三つのパーツに分断されたインプとすれ違い、僕は地面に着地した。
すぐさま頭を上げ視界を確保する。白い霧の奥で揺らめく影の数は依然として減っていない。
リリに《バゼラード》の回収を頼み、僕はまだ控えるモンスター達へと駆け出した。




階層は10階層。
一つの出入り口しかない広々としたルームを根城にして、今日もダンジョンの攻略に明け暮れる。
この三日ほど、僕はリューさんの教えを復習する形でモンスター達と交戦を続けていた。
このくらいの敵なら十分かつ安全に相手取れる。オークじゃなければ間違いが起こることはまずない。
ちょうどいい稽古の反復相手。翌日に待ち受けているだろう死活問題のためにも、僕は気を抜くことなくリューさんの教えを活かし、取り入れ、励む。


『ヒビャアアアアアアアアアアアアア!!』


僕達が今、相手にしているのはインプの群れだ。
この階層からはオークよりも頻繁に顔を合わせる小型のモンスター。
数を武器にしながら続々と襲いかかってくる敵に、僕は一旦攻めあぐねていた。
インプっていうモンスターは小賢しい。
一見するとゴブリンと似ているけど、あのモンスターと違って浅知恵がよく働く。つまり、利口なのだ。
決して単体では戦おうとはせず群れて戦う。その敏捷性を除いたら決して強くないけど、一つのパーティとして見たら中々優秀だったりする。
この霧のはびこる10階層では、オーク一体よりインプの一群の方が厄介だと言われるほどだ。


「ヒビィイイイ!」

「とっ!」


僕もそれには同意見。斜め後ろからの攻撃をプロテクターで防御しつつ、すぐに霧の奥へ引っ込んでいくインプに口を曲げてしまう。
インプの群れはこの霧も利用して四方八方から襲いかかってくる。それでいて、しっかり取り囲もうとしてくるのだからあざとい。
こちらがそうはさせじと場所を移動すれば、霧の向こうで露骨に舌打ちをしてきた。しかもその数八つ。増えてるじゃねーか。
パーティならいくらでも対処はできるけど、ソロの冒険者にとっては例のごとく、手厳しいモンスター達だ。


「ヒャヒッ!」

「ヒビィイイイイイイッ……」

「……」


足を止めた瞬間、あっという間に包囲網が完成した。
薄い霧の向こうでいくつもの黒い影が肩を揺らしている。
徐々に狭まっていくインプ達の輪。床かから生える草を踏みしめる音がそこかしこから聞こえてきた。
形成有利。たった一人の冒険者を前に、インプ達はそれを疑っていないことだろう。
僕もつい前までなら慌てていたかもしれない。多少のダメージは覚悟して包囲網の一角を無理矢理破ろうとしていたかも。
けど、


「見るにも値しないと思われているのなら、リリは少しだけ心外ぃ~~~っ、ですッ!」


今の僕は一人じゃない。
僕を囲むインプの群れの更に外側。
モンスター達の背後を取る形で、一本の矢が撃ち出された。


「ヒギャッ!?」

「!?」


リリの放った矢は一匹の頭に命中。まさかの不意討ちにインプ達の間で動揺が走った。
何も霧を利用できるのはモンスターだけじゃない。リリは一時的に霧の中へ身をくらますことで、見事にインプ達の警戒網から外れていた。
小賢しいと言ってもまだ高が知れている。目先のものに集中し出したら、インプも大して周りに意識を割けやしない。
事前に陽動と奇襲の分担を取り決めていた僕達の方が、まだパーティとしては一枚上手だ。
“パーティプレイ”という言葉の響きに、僕は内心で心を踊らせた。


(僕もっ!)


そのまま間を置かず連射される金属矢にモンスター達は浮き足立つ。僕はその機を逃さず弾かれたように発進した。
立っていた場所から見て真正面。リリの方に気を取られていたそのインプは、自分に被さった影にハッとしたけど、僕は即座に《神様のナイフ》で両断した。
足は止めない。しっちゃかめっちゃかに喚き出し混乱するインプの群れへ次々と踊りかかり、容赦なく蹴散らしていく。


「ヒシャアアア!」

「っ! リリッ!」


矢を食らったインプを切り捨てた時だった。二匹のモンスターが崩れかかっている包囲網を放棄してリリへ狙いを定める。
怒り狂うインプ達が小さいリリへ迫っていく光景に、一瞬ひやっとして【ファイアボルト】を口ずさみかけた。
でも、リリは慌てる素振りもなく、にっこりと笑って懐から口を縛った小袋を取り出した。


「シシシシッ。ご苦労様です」


ひょいっ、と放られた小袋はすぐに口を開き、インプ達の目の前で大量の粉末を吐き出した。
突然撒き散らされた紫色の粉煙に度肝を抜かれるのも束の間、インプ達はゲェッ、ゲェッ、と激しく咳き込み出す。
ドロップアイテム『パープル・モスの翅』。それから採取される毒鱗粉を調合して作られる毒袋だ。
パープル・モスのものと違って即効性で、弱いモンスターなら『毒』の症状を発生させる。
上手い! 言うだけあって、リリはモンスターのあしらい方に慣れてる!

リリが軽やかにバックステップを踏む時には僕も走り出していた。
金色の瞳と視線が噛み合い、後はお願いします、と恭しく任される。
僕は唇の端をつり上げた。


「合点!」

「「ヒピィイイイ!?」」


呼吸を止め毒粉の中に突っ込む。そして、瞬殺。
二本の短刀を閃かせ、一呼吸も置かず二匹のインプの息の根を止める。
あと残るは……!


「……! ベル様、ちょっとすごいのが来ました!」

「!!」


ルームを揺らす地響き。僕もすぐに気付いた。
オーク。三メドルに届こうかという巨体が手ぶらのまま前進してくる。
更に数匹のインプがその周囲を取り巻いている。まるで親玉に率いられる子分達みたいだ。
上空には『バッドバット』。暗色をしたコウモリのモンスターで、鋭い牙の他に集中力を乱す音波攻撃なんかも仕掛けてくる。
残っていたインプ達も尻尾を巻いて逃げ出し、あの御一行に合流した。


「ちょっと、多いね……」

「はい。多種のモンスターがああまで群れるなんて珍しいくらいです。どうしますか、オークだけでもリリが引き付けましょうか?」


膨らみ出しているバックパックを地面に下ろし、右腕へ装備しているハンドボウガンに触れながらリリが提案してくる。
僕はじっと眼を凝らした。
霧のせいでオーク以外のモンスターの数が把握しにくい。確認できている以上のモンスターが潜んでいるとしたら、リリを別行動させるのはちょっと不味いかも……。
僕は装備している武器類を全て鞘の中に戻し、右の手首をぱっぱっと振り始めた。


「ベル様?」

「あはは、少し頼り過ぎているような気もするけど……」


やっちゃうね? と笑ってみせる僕の意図に、リリも気付いたようだった。
ささっと僕の側から離れて道を開ける。
一つ距離を置いて響き渡ってくるモンスターの混声を耳にしながら、僕は右腕を砲身に見立てて前方へと突き出した。


「【ファイアボルト】!」


霧の海を引き裂く何条もの炎の雷は、ものの数分でモンスター達を全滅させた。









「ねぇリリ。僕、魔法に依存しちゃってるかなぁ?」


僕はサンドイッチをつまみながら、リリにそんなことを聞いた。
昼食を取るにはちょうどいい頃合い。ダンジョンにそぐわなそうな麦と香辛料の匂いが辺りに広がっている。
モンスターをあらかた倒した僕達は休息を挟もうと、10階層の始点であるルームへ引き返していた。つまり9階層を繋ぐ階段があるエリアだ。
ここだけは他のエリアと少し勝手が違って霧が出ていない。見晴らしがいいため奇襲される可能性がぐっと減るわけで、気付いたらモンスターに囲まれてましたなんて心配せずに済む。
9階層への階段もあるわけだから、万が一のための脱出経路も確保されている。霧を発生させる10階層唯一の安全地帯と言っていい。

僕はいつも通りシルさんが作ってくれたランチを頂かせてもらいながら、リリの返事を待つ。
ちなみに口に含むシルさんお手製のサンドイッチは相変わらず一風変わった仕上がり。噛めば噛むほどフレッシュな苦味が舌の上に広がる。
今日も試行錯誤したんだろうなぁ、泥沼に陥っているけどぉ、とちょっと失礼な感想を抱きながらむぐむぐ頬を動かす。正直に言うと、半分涙目だ。
僕は日に日に凶化されていくこのお弁当が怖い。


「う~ん、リリはそこまで気にはなりませんが……確かにベル様の魔法は使い易い節もありますし……」


こぢんまりしたパンを両手に、リリは少し考えに耽っているようだった。
小さな唇が可愛らしく動きパンをかじっていく。
やがて食べ終わると、リリはナプキンで口元を拭ってから喋り出した。


「発動条件のハードルが低いので、手軽に使ってしまっているという点はあるかもしれません。依存というより、ベル様の動作の一部になっている、という感じでしょうか」

「そう言われてみると……」


結構しっくりくるような気がする。
【ファイアボルト】は速攻魔法。どんな魔法にもある筈の詠唱……いわゆる溜めが存在しない。
手足を使うがごとく、とまでは言い過ぎかもしれないけど、【ファイアボルト】の発動はそれに近い感覚だ。
僕にとって『魔法』は、それこそ弓矢を取り扱うような、数ある動作アクションの一つに過ぎないのかもしれない。


「こう考えると、ベル様の魔法は効率性に富んだ分、本来の魔法としての意味が薄れているということになりますね」

「えっと……つまり?」

「必殺としての一面です」


必殺技……。
すぐに想起したのは、英雄達の活躍を書き綴ったとある絵本の一頁。
巨大な怪物に向かって凍える吹雪を放つ、エルフの勇者の姿。


「『魔法』とは切り札です。奥の手と言い換えてもいいかもしれません。強力な魔法なら、Lv.の高低を無視して、格上の相手を撃退することも十二分にありえるのですから。ベル様の魔法は使い勝手が非常によろしい分、その必殺としての一面が見劣りするかもしれません」


確かに、僕の【ファイアボルト】はポンボンと行使できる分、真の意味で“ありがたみ”という言葉とは無縁だ。
一撃一撃の重さも、リリが言うような強大無比と言えるレベルではない。
僕は神妙な顔をしてリリの話に聞き入る。


「長文詠唱の魔法は時間をかけるぶん効果も高いわけですから、大きな局面に波紋を投じることも可能とします。まさしく起死回生の一手ですね」


つまり、裏を返せば……。


「僕の魔法には、その力がない……?」

「いえ、そういうわけではありません。要は、量より質か、質より量か、という話です。ベル様の魔法の発動速度は侮れないものがありますし……少なくともリリの場合は、時間をかける特大の一発より、瞬時に連射してくるベル様の【ファイアボルト】の方が怖いです」


「絶対に逃げ切れませんから」とリリはおどけて笑ってみせる。
まとめてみると、僕の魔法は相手にとっては十分脅威にはなりえる。ただし単発としての威力は乏しい。
手数でまかなえるだけ、瞬間の爆発力、一撃必殺としての力は低い……。
本当に強いモンスター――例えば耐久力が高い相手――には、一般的な攻撃魔法より効きづらいということになる。
いや、まぁ、魔法だって万能じゃないから、欠点をあげだしたら切りはないんだけど……。
小さな頃から魔法というものに憧れ続けていた反動か、いざ発現した魔法の短所を突きつけられると……何というか、ちょっと残念な気持ちになってしまう。
その心の動きが表情に出ていたのか、リリは僕を見て苦笑した。


「ベル様、ベル様? リリはベル様の魔法は飛び抜けていると思いますよ? 発動速度や弾速もそうですが、成長という側面が非常に優れています。群を抜いていると言っていいでしょう」

「……?」

「発動まで時間のかかる魔法は、使用する場面が限られています。詠唱が完了するまでモンスター達は暢気に待っててくれませんから。使用する機会が少ないということは、それだけ【ステイタス】に反映されないということです」


熟練度の仕組みや【経験値】の都合上、弱い相手に魔法を使用してみたところで『魔力』のアビリティは上がりにくい。
頻繁に使う努力をしてみたところで、その労力と時間は、確かに僕のかけるものより何倍以上のものになってしまう。


「『魔力』さえ上がれば規模も出力も上昇します。戦闘には直接関係しないリリのこんな魔法でも、【ステイタス】の強化によって少し具合が変わってきていますから」


リリの【シンダー・エラ】は、身長や体格に作用する範囲に限界がある。基本的にパルゥムや子供にしか変身できないのだ。その点は確かに使い勝手が悪いように感じられる。
だけど『魔力』の上昇に伴って、模倣という判定に限り、服装の融通は多少利くようになったらしい。
今のバトル・クロスも、あくまで外見だけだけど、魔法の効果で“変装”させたものなのだとか(攻撃されてしまうと解けてしまうらしい)。
ぴょこぴょこと獣耳を動かしながら説明してくれるリリに、僕は自分の手の平をまじまじと見つめた。
確かに、炎雷の太さや威力は初めの頃より随分と大きくなっている。


「蒸し返しますが、魔法に依存しているのではないかという件。あれも魔法の成長を促すのなら、それこそしょうがないことです。魔法に頼り過ぎても白兵戦の技術がおろそかになるので、難しい問題ではありますが……リリは、ベル様は今のままでいいと思います」


リリの考察には確かにと頷かせる説得力がある。
冒険者としての僕を、誰よりも近くで見てきた人の助言だ。
パートナーとしての彼女の言葉が、背中をぽんと押してくれているかのようだった。


「ベル様の魔法の属性は単純で、威力も平凡かもしれませんが、成長性はきっとピカ一です。自信を持ってください」


微笑みかけてくれるリリに、僕はちょっと頬を緩める。
あのリリが太鼓判を押してくれたとなれば、僕は自分の魔法の可能性を信じられた。
何だか、大船に乗った気分でいられる。
僕は照れながら「ありがとう」と告げて立ち上がった。


「午後も、頑張ろうか?」

「シシシシッ。はい、どこまでも力添えさせていただきます」


硬いよぉ、と苦笑を一つして。
僕達はその日も、そして次の日も、ダンジョン攻略に精を出すのだった。



ページトップに戻る