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2023.05.18

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第18話
デートのちサポーター④

「はい、到着」

「しちゃいましたね……」


ポン、と音を立てて静止した昇降機から手動のドアを開けて下りると、先程の四階と同じような光景が広がった。
剣、槍、斧、槌、刀、弓矢、盾、鎧、その他防具……様々な種類の武具の専門店が、広いフロアに展開されている。
あと、何だか四階よりお客さんの数……冒険者の姿が多い。この人達みんなが一流の冒険者だと思うと(お金をたんまりと所持していると思うと)、途端に尻ごみしてしまう。
そんな居心地を悪くする僕に、エイナさんは声をかけてきた。


「【ヘファイストス・ファミリア】みたいな高級ブランド、自分には縁がないものだとベル君思ってるでしょ?」


何を今更、と僕は素直に頷く。
エイナさんはそれを見て、ここぞとばかりに笑ってみせた。


「実はそうでもないんだなぁ。まぁ、百聞は一見にしかず! ちょっと付いてきて」


エイナさんは僕を連れて最寄りの店へ入っていく。ここは、槍のお店か。
入口の前で腕を組んで悩んだり、商品を手にとって見比べてみたり、そんな過激な服装をしたアマゾネス達の横を通ってエイナさんに追い付いた。
彼女は垂直に設置された槍棚の前にいる。立派な戦槍が壁に沿って並列していた。
ちょいちょい、とその中の一つの価格札を指す。
どうせまた……と思いながら見ると、12000ヴァリス。


「あ、あれ……?」


これだったら、手が届くかも……。


「ふふ、驚いた?」

「は、はい。でも、どうして?」


呆気に取られた僕にエイナさんが機嫌良く尋ねてくる。
僕の視線はその立派な槍に縫い止められたままだったけど。


「【ヘファイストス・ファミリア】が他の鍛冶系【ファミリア】と違うところは、末端に当たる職人にもどんどん作品を作らせて、それでお店に並べちゃうことなの」

「えっ……いいんですか? だってそれ、一流の人達と比べたら全然……」


1億ヴァリスもする作品と並べたら明らかに見劣りする筈だ。
【ヘファイストス・ファミリア】は有名鍛冶店、お店の評判に傷がつくことはないのかと思ってしまう。


「勿論、熟練の鍛冶師の作品とは販売する環境が違うよ? でも、こうして作られた武具を【ヘファイストス・ファミリア】……店の経営陣が確かな値踏みをする、そして冒険者達が直接手をとって購入する……そういった評価が未熟な鍛冶師達には確かなプラスになるの。千切って称えられる栄誉も、目も当てられないような厳しい評価も、全部。彼等はそれを起爆剤にしてよりよい作品を、って奮起するみたい」


驚く一方で、なるほど、とも思えた。
確かに試作や習練だけしか許されず狭い工房に閉じ込められるより、より広い世界で多くの声と刺激を受けた方が成長の糧にはなる。


「それに店側にもそんな悪い話じゃないから。よっぽどお金に余裕がある冒険者達じゃないと本来なら手は出せないけど、こういう場を設けることで下の下の冒険者達の客も取り込むことができる。中には第一級冒険者になるような卵もいるわけだし、そういった人達がお得意様になるってことはこの迷宮都市では重要なの。大成したら、一級品を購入する上客になってもらえるわけだからね」


要は上手いピラミッドができているのだとエイナさんは言う。
幅が広い底辺層で多くの客を取り入れ、その中で何人かの顧客を見繕い、そしてその客が成り上がっていくことで上の層でも収入を見込める。
迷宮都市の特性。総合的に見れば、冒険者や【ファミリア】は多大な利益を生む可能性を秘めているらしい。


「で、一番重要なのが、冒険者と鍛冶職人の駆け出し同士が、この時点で繋がりを構築できるっていうことなの。細い太いに関わらずね」


どういうことですか? と僕は目で尋ねる。


「新米の鍛冶師が出した作品を通して、新米の冒険者がその名前を覚える。気に入ったなら面識も得られるかもしれない。スポンサーになる、なんて身も蓋もないけど、とにかく隠れた原石の鍛冶師は、経営側も見抜けなかったその才能を、慧眼を持つ同じく才能ある冒険者によって発掘されるんだ。類は友を呼ぶじゃないけどね、やっぱり実際使って直接肌で感じる冒険者の方が、その武具に思うことは一杯あるみたい」

「そう言われてみると……」


そうかもしれない。
少なくとも僕は、ギルドの支給品である装備一覧に多少なりとも思うところはある。


「何より、特定の誰かのために打つ武具っていうのはね、思い入れが深い分、より特別な威力を発揮するの。……なーんて、これは他の人の受け入りなんだけど」


ぺろ、と小さく舌を出すエイナさんにどきっとしてしまった。
エイナさんがこんな子供っぽい仕草をするとは夢にも思わなかったからだ。
胸の真ん中あたりがうるさい。


「話が長くなっちゃったけど、とにかくベル君の手持ちでも買える【ヘファイストス・ファミリア】の商品はあるってこと。ベル君、手持ちはいくら?」

「え、えっと、ちょうど10000ヴァリスです」

「じゃあ、品によっては防具一式を揃えられるかな。原石の鍛治師の作品なんてさっきも言った通り、中には掘り出しものもあったりするんだよ。さっ、行こう!」


僕よりエイナさんの方がはりきっている。
ちょっと冷静になれた僕は苦笑い。
だけど話を聞いたせいか、すぐにわくわくするような気持ちが止まらなくなった。
期待感と高揚感、それが体を火照らせる。


「ベル君さ、もしよかったら防具の傾向を変えてみない? 動きにあまり支障が出ない鎧とか」

「どうしてですか?」

「……キミをギルドで見送る時、その頼りない格好を見て、私いつもはらはらしちゃってさ……」

「そ、そうなんですか?」

「うん。小さい攻撃に、薄い防御、小回りはそのぶん利くけど……ベル君の装備って思いっきり玄人のスタイルなんだよね。貧乏ファミリアの宿命なのかもしれないけど……」


眉尻を下げて沈痛そうに語るエイナさん。
僕としては、なんだか今の状態に慣れちゃって、このまま短刀に軽装っていう組み合わせでいきたいんだけど……。


「エイナさんはどんな装備がいいと思うんですか?」

「そうだなぁ。私としては、初心者の冒険者にはみんな鎧と盾を装備して、きっちり防御を固めてほしいんだけど……」


それならまず低階層で間違いは起きることはないと続ける。
冒険者のことを親身に考えるエイナさんらしかった。僕はこっそりにやけてしまう。


「それじゃあ、ここで一旦別れてみる? 二人で広く探した方が、いいものが見つかり易い気もするし。掘り出しものも他の人より早く見つけられるかも!」

「あはは、そうですね。じゃあ、別々に見て回りましょうか」


気合いの入ったエイナさんに笑わせてもらいながら、僕達は鎧と盾の看板が貼ってある店の前で別れた。
女の人ってやっぱり買物好きなのかなぁ……。
まぁ、武器に目を輝かせるエイナさんは、傍から見るとちょっと毛色が違うかもしれないけど。


(うわぁ……下っ端の鍛冶師が作ったって言っても、すごいことには変わらないか……)


鎧の森と言ってもいい店内は圧巻の一言だった。
純白のトルソーが形の異なる沢山のアーマーを身に纏い、胴体だけにも関わらず威容を誇っている。
中には等身大の人形もあって、装備した自分の姿を鮮明にイメージさせてきた。
盾や兜も壁や棚に飾ってある。質素で堅固そうなもの、煌びやかで装飾に凝ったもの、様々だ。
男性も女性も関係なく自分にあった防具を選んでいた。試装もどうやらできるらしい。


(どうしよう、すごい楽しみになってきたかもっ……ん?)


周囲の空気に影響されて歩みを弾ませていると、一つの光景が目についた。
店の中でも目立たない片隅。そこに、防具の各パーツを山積みにしたボックスがあったのだ。
あれは、アーマー系統?
他の防具がトルソーで展示されているだけあって、ガラクタの山のような扱いは異彩を放っている。
本当に廃物なのかと思って近付いてみると、その隣には似たようなボックスがいくつも置いてあった。
どうやら、【ファミリア】に価値が低いと評価されたものらしい。後は機能に支障は出ないにしても、少しの不備があったとか。


「あ、やっぱり売り物だ……」


ボックスの下に価格札がかかっている。4100、6400、3900……記される赤い数字はまちまちだったけど、どれも安価ではあるらしい。
さっきちらりと見た甲冑が15000ヴァリスで、今使ってるギルドの軽装が2200ヴァリスだから……うん、多分僕の考えは間違ってない。値段でいえばお手頃なのかな?
でもエイナさんには、自分の身を守るものなんだからケチケチするなっ、とか言われそうだなぁ。


「……?」


箱の列と平行して進んでいたら、不意に僕の足は止まった。
見下ろしていたボックスの中、ある防具の塊が現れたのだ。
鉄色。赤みや暗色を帯びた黒ではなくて、白い金属光沢。彩色が何も施されていない素材のままの姿が、僕の琴線に触れる。
屈んでよく見ると、それはライトアーマーだった。
膝当てや、体にフィットするような小柄のブレストプレート。肘、小手、腰部など、最低限の箇所のみ保護する構造。とこどころ部位のかけたアーマーと言える。
今使っている防具と作りはほぼ同じだ。軽装のカテゴリ。
プレートを持ち上げてみる。軽い。ギルドのものよりも全然。叩いてもみるけど、具合はやっぱりよくわからなかった。でも守りは保障されている、そんな気がした。
飾り気はないと思っていたけど、アクセントを出すよう黒のラインが施されていた。サイズも恐らくぴったり。


「…………」


強く、惹かれた。
最初に手をとったものだからという理由もあるかもしれない。
気が付けば、僕はこの防具に引き込まれていた。
持ち上げているブレストプレートをじっと見つめる。引っくり返してみると、あった、【ヴェルフ・クロッゾ】という制作者のサイン。
Ἥφαιστοςヘファイストス】のブランド名はまだ許されていないようだ。


(ヴェルフ・クロッゾ……)


覚えた。
僕の意識を鷲掴みにして、強引に振り向かせた鍛冶師の名前。
エイナさんの言っていた冒険者と鍛冶職人の繋がり、僕はそれを聞いた側から実体験した。
もう心はこのライトアーマーに傾いている。ぜひ購入したい。
ボックスに記載されている値段に視線を落とすと……げっ、9900ヴァリス。
ほぼ有り金全部……。何だよ、全然安くないじゃんか。


「おーい、ベル君! 私いいの見つけちゃったよ! プロテクターに革鎧レザーアーマー! ちょっと高いけど、どっちか一つかは買っといた方がっ……あれ、ベル君も何か見つけたの?」


エイナさんが小走りにやって来た。
屈んでいる僕の頭上から覗きこんで……むむっ、という顔をする。
このボックスの形もあって、心証の悪さを買ってしまったのかもしれない。


「……それに決めちゃった?」

「はい。僕、これにします」

「はぁ……ベル君って本当に軽装が好きなんだね。せっかく選んできたのになぁ……」

「す、すいません」


申し訳なくなって肩を狭める僕に、エイナさんは「いいよ、気にしてない」と苦笑した。


「ベル君が使うんだもんね。私としては守りのことも考えて欲しいけど……キミがこれ、って決めたんなら、それでいいと思う」

「ありがとうございます……」


お礼を告げてから僕は立ち上がってボックスを抱えた。やはり軽い。
会計を済ませようと出納所を探していると、エイナさんが案内してくれた。
「ありがとうございました」と店員さんに頭を下げられて外に出る。残金はやっぱり100ヴァリス。……高い買物になっちゃったかな。


「あれ……?」


エイナさんがいない。
軽装の入ったバックパックを背負いながら辺りを見回す。
どこに行ってしまったんだろうと顔を振っていると、あっさり。にこにこしているエイナさんは僕の真後ろに立っていった。
今、店から出て来たのかな?


「ベル君」

「?」

「はい、これ」

「……へっ?」


手渡されたのは、細長いプロテクターだった。
付属の篭手に取りつける形で、手首から肘くらいまでの長さ。盾と同じ機能を有しているのが鍛えられた金属面から見てとれる。
エイナさんの瞳と同じ、エメラルドの色をしていた。


「こ、これってっ……?」

「私からのプレゼント。ちゃんと使ってあげてね?」

「ええ!? い、いいですっ、いらないです! 女の人にお金を使わせちゃうなんて……か、返しますっ!」

「なぁに? 女性からのプレゼントはもらえないっていうの?」

「い、いえっ。でもっ……情けなくて」


慌てふためいた後、正直に本音をこぼす。
いくら年上だからって、女性の人から貢ぎ物なんて……それだけで悪いことをしているように思えてしまう。
僕はうつむきがちになっていると、エイナさんはふっと微笑んだ。


「私はもらってほしいな。私のためじゃなくて、キミ自身のために」

「え……」

「本当にさ、冒険者はいつ死んじゃうかわからないんだ。どんなに強いと思っていた人も、神の気まぐれみたいに簡単に亡くなっちゃう。私は、戻って来なかった冒険者を沢山見てきた」

「……」

「……いなくならないでほしいなぁ、ベル君には。あはは、これじゃあやっぱり私のためかな?」


笑っておどけてみせるエイナさんは、その間も僕のことをずっと見てた。
その静謐な瞳で。


「だめ?」


僕は、床を見た。
少し赤くなった顔を前髪で隠す。
そんな言い方は反則ですなんて、もう言う気にもなれない。


「……それにさ、ベル君、私のこと大好きって言ってくれたじゃない?」

「えあっ!?」


今度こそ僕は真っ赤になった。がばっ、と顔を上げて視線を合わせる。
エイナさんの頬もほんのりと染まっている。


「あれはそのっ、エイナさんが僕を励ましてくれて嬉しかったから……!」

「私もさ、嬉しかったんだよ。ベル君に好きって言われて。そういう意味じゃないってことはわかってるよ?」


どっちも、赤面。


「だからってわけじゃないけど、ちょっと恩返ししたいなって思ったんだよ。キミに渡したくなっちゃった。ね、受け取って?」


ちょん、と鼻をつつかれる。
僕は触れられた鼻を撫でながら、赤い顔のまま頷いた。


「ありがとう、ございます……」

「どういたしまして」


胸の中に渡された緑玉色の防具は、温もりに満ちていたような気がした。


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