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2023.01.15

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第1話
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?

 数多の階層にわかれる無限の迷宮。凶悪なモンスターの坩堝。
 富と名声を求め自分も命知らずの冒険家に仲間入り。ギルドに名前を登録してからいざ出陣。
 手に持つ剣一本でのし上がり、末に到来するのはモンスターに襲われる美少女との出会い。
 響き渡る悲鳴、怪物の汚い咆哮、間一髪で飛び込み翻る鋭い剣の音。
 モンスターは倒れ、残るのは地面に座り込む可愛い女の子と、クールにたたずむ格好の良い自分。
 ほんのりと染まる頬、自分の姿を映す潤んだ綺麗な瞳、芽吹く淡い恋心。

 時には酒屋の可愛い店員にその日の冒険を語り、仲を育んでみたり。
 時には野蛮な同業者からエルフの少女の身を守ってみたり。
 時には伸び悩むアマゾネスの戦士を慰め手を貸し、パーティを組んでみたり。
 時には他の女の子と仲睦ましい様を目撃され、嫉妬されてみたり。

 時には時には時には時には……。
 子供からちょっと成長して、英雄の冒険譚に憧れる男が考えそうなこと。
 可愛い女の子と仲良くしたい。綺麗な異種族の女性と交流したい。
 少し邪まで、いかにも青臭い考えを抱くのは、やっぱり若い雄なりの性なんじゃないだろうか。


 ダンジョンに出会いを、訂正、ハーレムを求めるのは間違っているだろうか?

















 結論。
 僕が間違っていた。


「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

「ほぁああああああああああああああああああああああああああっっ!?」


 少し邪まで、いかにも青臭い考えを抱いて冒険者になった結果、僕は今、死にかけている。
 具体的にはミノタウロスに追いかけられている。
 Lv.0の僕の攻撃では一切ダメージを与えられない怪物に、喰い殺されようとしている。
 詰んだ。
 間違いなく、詰んだ。
 浅はかで卑猥な妄想に取りつかれた僕の末路。牛の餌。
 僕の痴れ者。

 綺麗な女の子達とイチャイチャしたいと考えた僕が馬鹿だった。
 一攫千金ならぬ一攫美少女なんて夢のまた夢だった。日々数え切れない死者を出すダンジョンにそれを求めていた時点で、僕は終わっていたんだ。
 あぁ戻りたい。いい年して瞳をキラキラさせながらギルドの冒険者登録書にサインした僕自身を殴り飛ばすために、あの時へ戻りたい。
 物理的にも僕の命運的にも、それはもはや不可能なんだけど。


「ヴゥムゥンッ!!」

「でえっ!?」


 ミノタウロスの蹄。
 背後からの一撃は僕の体を捉えることこそしなかったものの、土の地面を砕き、ちょうど僕の足場も巻き込んだ。
 足をとられ、ごろごろとダンジョンの床を転がる。


「フゥー、フゥーッ……!!」

「うわわわわわわわわわわっ……!?」


 臀部を床に落とした態勢で、みじめに後ずさりした。
 可愛い女の子達が見たら一瞬で幻滅しそうな光景。僕には最初からお伽噺に出てくるような英雄になる資格はなかったらしい。
 ドンッと背中が壁にぶつかる。行き止まりだ。
 何十もの通路を抜けて、辿り着いた広いフロア。正方形の空間の隅に僕は追い込まれた。


(あぁ、死んでしまった……)


 カチカチと歯を鳴らし涙をえんえん。
 ミノタウロスの荒く臭い鼻息が僕の肌を殴る。
 僕よりも一回りも二回りも大きい筋骨隆々の体を見上げ、狂ったように不細工な笑みを浮かべた。
 ――結局、女の子との出会いは訪れなかった。
 自分を死に追いやった考えをしょうこりもなく思い浮かべながら、僕の目は蹄を振りかぶるモンスターの姿を映す。
 次の瞬間、その化物の胴体に線が走った。


「え?」

「ヴぉ?」


 僕とミノタウロスの間抜けな声。
 走り抜けた線は胴だけに留まらず、厚い胸部、蹄を振りかぶった上腕、大腿部、下肢、肩口、首、と連続して刻み込まれる。
 銀の光が最後だけ見えた。
 やがて、僕では傷一つつけられなかったモンスターが、ただの肉塊に成り下がる。


「グブゥ!? ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォオォ――――!!??」


 断末魔が響き渡る。
 刻まれた線に沿ってミノタウロスの体のパーツがずれ落ちていき、血飛沫、赤黒い液体を噴出して一気に崩れ落ちた。
 大量の血のシャワーを全身に浴びて、僕は呆然と時を止める。
 股が生温かい。
 漏らした……。


「……大丈夫ですか?」


 牛の怪物に代わって現れたのは、女神様と見紛うような、少女だった。
 透き通った蒼い軽装に包まれた細身の体。鎧から伸びるしなやかな肢体は眩しいくらい美しい。
 繊細な体のパーツの中で自己主張する胸のふくらみを抑え込むエンブレム入りの銀の胸当てと、同じ色と紋章の手甲、サーベル。地に向けられた剣の先端からは血が滴っている。
 腰まで真っ直ぐ伸びる金髪は、いかなる黄金財宝にも負けない輝きを湛えていて。
 女性からしても華奢な体の上に、いたいけな少女のような童顔がちょこんと乗っかっている。
 僕を見下ろす瞳の色は、金色。


(……ぁ)


 ――蒼い装備に身を包んだ、金眼金髪の女剣士。
 Lv.0で駆け出しの冒険者である僕でも、目の前の人物が誰だかわかってしまった。
【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者。
 ヒューマン、いや異種族間の女性の中でも最強の一角と謳われるLv.4。
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。


「あの……大丈夫、ですか?」


 大丈夫じゃない。
 全然大丈夫じゃない。
 今にも爆発して砕け散ってしまいそうなこの僕の心臓が、大丈夫なわけがない。
 ほんのりと染まる頬、相手の姿を映す潤んだ瞳、芽吹く淡い……いや、盛大な恋心。
 妄想は結実、配役は逆転、想いはド頂点。
 僕の心はこの時に奪われた。










 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?


 再結論。
 僕は、間違えてなんかいなかった。


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