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2023.12.07

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第47話
冒険の意味を⑥

「ベル様……どうしてこの頃、ダンジョンにもぐる前からボロボロなんですか?」

「は、ははっ……ちょっとね」


リリの疑問をズタボロな笑みで誤魔化す。
あのリューさんのしごき……過酷な稽古を乞うようになって三日。
ダンジョン探索の集合時にことごとく満身創痍になって現れる僕に、リリも流石に腑に落ちなそうな顔をしている。
でも打ち明けられない、打ち明けたくない。ありえないほど無様な自分を晒したくない……。
あれから全く、一向に、ボロボロになることが止められなかった。リューさんの攻撃もとい指導は、僕の体を的確に打ちすえてくる。
そんなすぐに上達するなんて上手い話ある筈ないんだけど……ちょっとだけ積み上げられていた自信みたいなものが、あっさりと崩れてしまった。
わかっていたけど、本当にまだまだなんだ。
あの人がいる場所と、僕の立っている場所。本当に気が遠くなるほどの距離が存在している。

少し気落ちしながらバベルの門をくぐる。
一階の大広間。主に白と蒼色で彩られた巨大な円陣がフロアに描かれている。ステンドグラスを想像させる花のような模様は相も変わらず美しかった。その大きさもあいまって圧倒される。
雄大な画図を見て、これもいつも通り頭にスイッチが入り、今日もやるぞ、と意識がダンジョン用のものに切り替わった。後ろ向きな感情を頭の隅に追いやる。

バベルの玄関口には沢山の冒険者達が出入りしていた。
僕達と同じようにこれからダンジョンへ挑戦しようとする冒険者がほとんどだけど、中には夜中にもぐっていた人達もいた。
すれ違う彼等はかっかっと快活に大笑いしているパーティもいれば、明らかに顔を暗くさせているパーティもいたりと対照的。
ダンジョンの中であげた成果のほどを如実に物語っており、今から迷宮へ立ち向かう僕達もああなるまいと自然に顔が引き締まってしまう。
笑い事でなければ他人事でもないのだ、決して。


「すいません、ベル様。お疲れのところにリリの荷物を任せてしまって」

「いやぁ、疲れているのは自業自得だし……それに空のバックパックくらい大丈夫だよ」


地下につながる階段の一つを下っていると、リリが申し訳なさそうに肩を小さくした。
僕は笑いながらまだ何も入っていない背荷物を担ぎ直して、軽い軽い、とアピールする。
今、僕とリリの装備は“あべこべ”だ。つまり僕がリリのバックパックを背負い、いわゆるサポーターの格好をしている。
リリの方はいつもの外套を羽織っておらず、冒険者がよく防具の下に着込んでいるバトル・クロス姿。更に僕のプロテクターを鞘のように背に備えて《バゼラード》も装備……しているように見せていた。
なぜ僕達が立場を入れ換えるような真似をしているかというと、【ソーマ・ファミリア】の構成員達にリリの存在を突き止めさせないためだ。
今もリリは見さらせとばかりに獣人の子供を装っているけど、流石にこの身長で山のような荷物を運んでいるところを見ると、勘のいい人は既視感を覚えるかもしれない。パルゥムが大荷物を担ぐというのは、普通に考えてまず珍しいから。子供の場合は言わずもがなだろう。
僕達は念には念を入れて、リリの正体を隠すよう小細工を働かせていた。


「それにすぐ交代しちゃうからね。心配しないで」


あくまでポーズなので、冒険者の目が少なくなってきたら装備は交換しているようにしている。
具体的には10階層を前にした9階層のあたり。10階層からはダンジョンに霧が発生するから、そこまできたら周囲の目を注意する必要もないのだ。まず見えにくい。
一応それまではバックパックを背負うことになるけど、リリと会うまで何から何までひぃひぃ言ってこなしていたソロの僕にとって、多少の荷物は戦闘に支障を出さない。既に踏破した階層なら問題なく行ける。

帰りの道はリリと分担。見た目は半分ずつ荷物を分け合うようにして、違和感を出さないようにしていた。
僕もようやく10階層に慣れてきたので、このやり方でも以前と遜色ない成果をあげられている。
事件があってまだ数日しか経っていないので、今はまだこんな風に慎重過ぎるくらいがちょうどいいと、僕はそう思っていた。


「うぅ~、リリはベル様に借りを作ってばかりなのが心苦しいんですよ……」


見た目は身軽さを売りにした冒険者スタイルのリリは、声のトーンを少し下げて拗ねるように言う。頭の上にちょこんと生えている獣耳が、先端をくるりと器用に丸めた。
苦笑しながら僕は改めてリリの姿を見る。
僕にとって短剣扱いになる《バゼラード》も、リリが持った途端急に大きくなって微笑ましい。
髪は灰褐色をしたロングヘア。円らな瞳は金色で、どうやら今日は狼の獣人、ウェアウルフをイメージしたようだ。
背中まで伸びた滑らかな髪だけでぐっと雰囲気が変わって、少しどきっとしてしまう。悪戯好きそうな明るい子供から、室内で大人しく本を愛読する貴族の息女に変貌してしまったような感じ。
他にもちょちょっと特徴を変えてあるから、普段のリリとは印象がまるで違った。
顔立ちはリリそのものなんだけど、本当に、これならはっきりと別人に見える。


「あ、あのっ……やっぱり、変ですか?」


僕の視線に気付いたのか、今度は不安そうにリリは見上げてくる。
冒険者の格好のことか、それとも獣人に変身していることか、どちらを指しているのかはわからなかったけど、僕は笑いながら首を横に振った。
そんなことないよと言ってあげる。


「いつもと雰囲気が違って、何だか新鮮……なのかな? 僕は可愛いと思うよ?」

「ほ、本当ですかっ?」

「うん。似合ってる」


おどおどした上目遣いが、表情と一緒にきらきらと輝き出した。
顔を上気させたリリはすぐに前を向いたけど、獣耳がピンッと立って、スカートの中から生えている尻尾がぶんぶんっと左右に揺れる。
無意識なのかなぁ、とか、どうやって動かしているんだろう、とか思うところは結構あったけど、僕の言葉で一喜一憂しているリリが微笑ましくて、つい口元がにやけてしまう。
何だか可愛い妹ができたみたいだった。癒される感じ。
冒険者の目は常に気を付けなきゃいけないけど……もしかしたら、周りからは仲の良い兄妹に見えているかもしれない。


『兎と狼……』

『オオカミとウサギ……』

『兎が格下サポーターだから……ああ、喰われるのな』

『もしもの時の非常食みがわりということか……哀れな』

『怖ぇ、怖ぇ。外見じゃ【ステイタス】なんて判断できねえし、これだから冒険者は油断ならねえ』


……おかしい。どうして僕は居たたまれなくなっているんだ。
ヒソヒソ、と周囲の冒険者達が囁き合っている。
普段は絶対見せないような優しい目をして、僕に不憫そうな視線が集中砲火。
地味に男性のエルフから聞こえてきた『哀れな』という最後の呟きが気になる。

わけもわからないまま僕は浮かべていた笑みを引き攣らせていたけど、冒険者姿のリリを見て急に疑問が湧いた。
今もご機嫌なパートナーの横顔を眺めながら、僕は口を開く。


「ねえ、リリ。リリはこの先【ステイタス】を更新できないんだよね?」

「? どういうことですか?」

「いや……ほら、【ソーマ・ファミリア】には近寄れないからさ、神様にも会えないじゃない?」


聞き取られないようにリリの耳元に寄って声を潜める。
リリは神様としばらく面会できない。つまりソーマ様に刻まれた【ステイタス】も更新できないということになる。
【ステイタス】を更新できないということは冒険者にとってかなり致命的だ。それなりに実力が築き上げられた後ならその限りじゃないかもしれないけど、少なくともLv.0の冒険者にとっては苦しいものがある筈。
サポーターだって同じだ。いくら戦闘職じゃないからって、モンスターの危険にはパーティの前線と等しく晒されているわけだから。
僕が到達階層を増やしていけば、当然モンスター達も強くなって、その危険も高くなっていくわけで……。
不安じゃないのか、という言葉を視線に乗せながら、冒険者姿のリリに問いかけた。


「実を言うと、それに関してはリリも多少不安なんですが……でも、恐らく大丈夫ですよ。少なくとも今はまだ」

「そ、そうなの?」

「はい、何とかやっていけると思います。モンスターのあしらい方ならリリは得意ですし……証拠に、ここ半年近く、リリは【ステイタス】を一度も更新せずにやってきましたし」

「ええっ! 半年!?」


リリの口から出た言葉に僕は仰天した。
言うまでもないだろう。【ステイタス】を更新しないっていうのはまさに百害あって一利なし。自分の首を自分で絞めているようなものだ。
ダンジョン内での生存率を高めるためにも能力の強化は必須、進んで行わない理由が見当たらない。
僕が唖然としていると、リリは苦笑いしながら説明してくれた。


「【ソーマ・ファミリア】で【ステイタス】を更新するには、資金集めのノルマを達成しなければいけなかったんです」

「え……それって」

「はい、ソーマ様の事情です」


リリの話によると、元々はソーマ様も【ステイタス】更新は小まめに行っていたらしい。
言い方は変になるけど、ソーマ様にとって【ステイタス】更新は“必要経費”。
お酒作りという趣味のためにも資金のやりくりをしなければならず、リリ達に強くなってお金を稼いできてもらわないと、ソーマ様ご自身も困るというわけだ。
だけど【ファミリア】の構成員の数が増えていくにつれ、それも面倒になっていったそうで……。
やっぱり趣味の方に没頭したかったらしく、結構いい加減に『ノルマを越えたら【ステイタス】を見る』と宣言してしまったらしい。

確かに、規模の大きい【ファミリア】の中には、主神に見込まれた団員や組織に貢献した者達だけが優遇……つまり【ステイタス】を多く更新されているところがあって、神様の手を煩わせるためにはそれなりの実績を示さなければいけない、いわゆる成果主義な【ファミリア】もあるって聞いたことはある。
この場合は真の意味で弱肉強食の世界だ。冒険者っていうのは長期的に見れば資質というものが重要視されるから、本当に強い【ファミリア】を作るという意味では、確かに効果はあるのかもしれない。“篩にかける”ってやつなのだろう。
話を聞く感じ、ソーマ様は【ファミリア】の意識を高めるとかそんなんじゃなくて、ただ面倒臭いからその決まりを作ったんだと思うけど……構成員達にとっては、実際かなり厳しいんじゃないのかなぁ。


「それじゃあ、リリもノルマを稼げなかったから【ステイタス】が更新できなかったの?」

「それが、ちょっと違うんです。リリはあまり目立ちたくなかったので」

「目立つ?」

「ノルマを達成できるということは、それなりに実入りが良いということです。戦えないリリは、周囲から見ればそれこそ恰好の餌になってしまいます」


あっ、と呟きながらリリの言いたいことがわかった。
つまりリリは……。


「要は、リリは資金調達のノルマに届いていましたが、お金を献上していませんでした。碌にお金も持っていないと周りの目を欺くためです。【ステイタス】が更新できなかったのは、その弊害ですね」


何でも、集会に一々出ていたのもそのことをアピールするためだったらしい。
【魔法】が発現してからは数度ソーマ様に面倒を見てもらっただけで、それからは本当に【ステイタス】更新をしていない、と。
僕は今度ばかりは眉を歪める。仲間の目を気にして【ステイタス】を強化できないなんて、【ファミリア】として破綻している。
同時に、リリが本当に独りぼっちだったということを改めて思い知る。
乏しい【ステイタス】を埋め合わせながら日々ダンジョンの中でやっていけたのも、過酷な状況の中に身を置いてきたからこそなんだろう。
知恵と工夫だけでリリは今日まで生きてきたんだ。
【ステイタス】を更新できずともやっていけるというその自信は、歪な環境から派生したものだった。


「やはり、軽蔑しますか?」

「えっ?」

「誰も彼も騙すような真似をしていたリリをです。リリは、嘘の塊でした」


まるで見越していたかのように、話の内容が変わる。
金色の瞳は僕を視界に入れず前だけを見ている。
リリの静かな声音に、僕は押し黙ってしまった。


「リリは冒険者が嫌いです。ベル様を除いて、まだ彼等に嫌悪を……偏見を持ち続けています」

「……」

「ベル様に何と思われようとも、リリは自分がしてきたことを謝罪するつもりはありません。……反省も、しません」


それは、嘘だよ。
と、そんな言葉を、僕はまたしても口にすることはできなかった。
頑固な思いを必死に吐き出そうとするリリの表情に呑み込まれて、発言する機を逸してしまう。


「こんなリリを、ベル様は軽蔑しますか?」


歩みを続けながらリリはもう一度聞いた。
声は普通。視線も気丈に前を向いているように見える……けど、これは……気付いてないのかな?
頭の獣耳が、ぎゅうぎゅうと縮こまって髪の上に伏せ切っている。まるで何かを怖がっているかのように。
僕は思わず、少し吹き出しそうになってしまった。
リリには悪いけど、眉を八の形にした場違いな笑みがこぼれてしまう。


「……素直になれない人を軽蔑するのは、僕には難しいかなぁ」

「え?」


足を止め、リリが弾かれたようにこちらを向く。
僕は笑いながら思ったことを言った。


「大丈夫。僕、リリのこと好きだから。軽蔑なんてできっこないし、嫌いにもなれないよ」


本心だった。
リリの不安を拭うように、ありのままの本音を伝えてあげる。
こっちがびっくりするほど目を見張ったリリは、すぐに紅くなる。伏せていた耳は起き上って、びぃんっと真上を突いていた。
僕はぎょっとした。尻尾がすごいことになっている。
内心でうろたえた僕をリリはじっと見つめていたかと思うと、頬の赤みは抜け切らないまま、クスリと小さくはにかんだ。


「それはどういう意味ですか、なんて聞くのは……愚問なのでしょうね」


えっ? と聞き返す前にリリは歩みを再開させる。
小さな背中は、さっきよりも遥かに機嫌が良さそうに見えた。
元気になってもらえたのかな、と僕はちょっとわからないままリリを追いかける。


「ベル様のお声は、心に響く鐘の音のようですね」


リリの呟きは、いつも小さいんだ。
いくら聞いても何も教えてくれないリリの態度に少しふて腐れながら、僕はそんなことを思った。



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