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2023.05.11

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第17話
デートのちサポーター③

「え、エイナさん、ててっ、手を離して頂けないでしょうかっ? おおおっ、お願いします……」

「世界でも屈指の『鍛冶』の【ファミリア】に行くんだから、『鍛冶師』についてもちょっと知っておこうか。ベル君、『発展アビリティ』って聞いたことある?」


男なのにグズグズする僕の申し出は、エイナさんにもう受け取ってもらえないらしい。死活問題なんだけど。
僕は諦めて、震えながら必死に体を小さくした。


「いえ、知りません……」

「『発展アビリティ』っていうのはね、【ステイタス】のLvが上がると任意で発現できるアビリティのことなの。『基本アビリティ』より更に専門的な能力を特化するのが特徴かな。獲得した【経験値】の傾向で発現できるアビリティの選択肢は決まってくるんだけど、その中に『鍛冶』っていう発展アビリティがあるんだ」


『発展アビリティ』に、『鍛冶』……。
どれも初耳の言葉だった。僕は気を取り直して情報を整理しようとする。


「【ヘファイストス・ファミリア】の鍛治師の大半が、この『鍛冶』のアビリティを習得してる。現代の武具を鍛える職人には、このアビリティが必須と言われているの」


「だから、【ヘファイストス・ファミリア】のほとんどの鍛冶師達はLv.1以上なんだよ」と、とんでもないことをさらりと告げられた。
それって、商業系の【ファミリア】にも関わらず、そこら辺の【ファミリア】より強いってことですよね……?
バベルが徐々に近付いてくる。エイナさんは引き続いて説明を行った。


「鍛冶師っていうのは当然昔からいた。古代の作品はアンティークが多いけど、今でも通用するものも存在してる。でも現代の……『鍛冶』のアビリティを持つ鍛冶師達は、その神の恩恵によって属性を付加できるの」

「属性……?」

「つまり特殊な能力だね。冒険者に発現するスキル、それが武器にも付与されていると考えてくれればいいよ。絶対折れない剣だとか、切れ味が落ちない刀とか。普通に鉄を打つだけじゃあそういうのは作れないでしょ?」


確かに、と僕は頷く。


「中には、武器が魔法に等しい現象を引き起こすものもあるの。振り下ろすと炎を吐き出す、とか」

「うえっ!?」

「これも結構常識なんだけどなぁ……。とにかく、そんな魔法と同じ効果を生み出す武器を、私達は『魔剣』って言ってる。これを作れるのは本当に一握りの鍛冶師だけ」


装備者の生気を吸って硬度を激上させる呪いの鎧なんてのもあるよ、とエイナさんはあっけらかんと言った。
僕はごくりと喉を鳴らす。
簡単に言われてしまったけど、つまりそれは、一人の冒険者が自分のものも合わせれば二種類以上の魔法を保有できるということだ。
例えその武器を使いこなせなくても、持っているだけで、手練の剣士を打ち負かすことのできる力を得られるということになる。


「ただし魔剣は消耗品で、限界を迎えると砕ける特徴を持つんだけど。詠唱を唱えないで即座に発動できるぶん、魔法より効果は低いしね」


とてもお金のかかる使い捨て武器、とエイナさんは苦笑した。
その表情から察するに、魔剣を所持している人は少ないようだ。
人気がないわけでは決してないんだろうけど、必ず壊れるというデメリットは、何が起こるかわからないダンジョンで安定したパフォーマンスを求める冒険者に、購入を遠慮させるのかもしれない。
何よりは、まぁ、べらぼうに高いのだろう。


「後は、『鍛冶』のアビリティは武具を通常鍛えたものより遥かに強化させる。ないのとあるのとじゃあ、例え同じ鍛冶師が同じ材料で打ったって、全然出来が違うの」


なるほど、と相槌を打つ。
そういうことなら鍛冶師にとって『鍛冶』のスキルは必要不可欠というのもわかる。
鍛冶師は武器を打つだけと言っても、最終的には商売業。
競争相手を退けて買い手の目にとまる作品を生み出さなければ、次回作の費用も得られず落ちぶれていくしかない。


「発展アビリティって、『鍛冶』以外の他に何があるんですか?」


いち冒険者として気になることを聞いてみた。
僕もいつかは通るだろう道だ。いや、絶対に通ってみせる。


「ん~、冒険者に代表的な発展アビリティなら『耐異常』とか『魔導』なんかがあるかな。それ以外だったら、『神秘』なんてものもあるね」

「神秘?」

「うん。これはどちらかというと、神々の十八番の“奇跡”なんてものを発動させるの。“神の御技”っていうやつかな。賢者の石の話、ベル君は知ってる?」


当然、ノー。
僕は首を横に振る。


「ずーっと前のことらしいんだけど、ある【ファミリア】に所属して『神秘』のアビリティを持つ構成員……賢者様が、『賢者の石』っていうアイテムを作り出すことに成功したの。効果はずばり、永遠の命の発現」

「……なんかもう、あいた口が塞がらないです」

「ふふっ、そうだね。でもこの話には続きがあって……その賢者様は歓喜して自分の主神のもとに賢者の石精製の報告に行ったんだけど……その石を手にとった神は、賢者様の目の前で、床に叩きつけて壊しちゃったの。……永遠の命を」

「…………」

「魂の抜け殻になった賢者様を指差して、その神は腹がよじれるほど笑い続けたんだって」


僕が聞いた中でも最も酷い神様の神話だった。
ちなみにここでいう神話とは、神様によるどうしようもないオチが待ち受けているものを指す。
僕、初めて会えた神様がヘスティア様で本当に良かった……。


「賢者の石は偶然の産物だったらしくて、二度と精製されなかったらしいんだ。賢者様以上に『神秘』のアビリティを極められる人は出てこなくて、文字通り伝説のアイテムになっちゃったんだね」

「極められない……? 発展アビリティも、基本アビリティみたいに熟練度があるんですか?」

「ううん、熟練度はないの。ただ基本アビリティと同じようにI からSの十段階の能力高低に別れていて、それを次の段階に上昇させるのがすごく難しいんだ。基本アビリティの比じゃないくらいに。【ヘファイストス・ファミリア】の最高鍛治師でも、『鍛冶』のアビリティはいまだにEって聞いてる」


それは、多分とんでもないんだろうな……と僕は言葉だけの感想を抱いた。
まだ自分自身が実感できる場所にいないから、そう感じることしかできない。

話しているうちにバベルの門の前までやってきていた。
門といっても、いくつもの台形の穴が塔の一階部分にぐるりと張り巡らされている。冒険者達が何人でも、どこからでも入れるように配慮された形だ。ちなみに塔の円周の長さは、僕が百人いて手を繋いで囲おうとしても届かないくらい。
門をくぐると白と薄い青色を基調にした大広間が現れる。ダンジョンの入り口はこの地下だ。


「ここからは……」

「上だね。バベルが場所を提供しているのは四階からだから」


当然か。下にはもうダンジョンがどっしり構えているわけだから、テナントがあるとすれば上階しかない。
僕はこのバベルで利用するのは地下に備え付けられてある個別のシャワールームくらいで、ご飯なんかは全部神様と済ませている。言っちゃえば、僕のバベルでの移動範囲は地下と一階だけ。何も知らないわけだよね。

バベルの一階はいわば玄関みたいなもので、主要な公共施設は二階から。
僕とエイナさんは階段を使って三階まで出た。エイナさんの言う換金所を壁際の一角に見つけながら、このフロアで途切れてしまった階段の姿を探していると、エイナさんは繋いだままの僕の手を引っ張ってフロアの中心に赴く。
いくつもある円形の台座、その一つに乗った。
硝子とはまた違う透明な壁が取り付けられていて、まるでコップみたいだと見たままの感想を抱いていると……なんと地面から離れて、浮遊。
そのまま上へ上へと浮かび、いや昇り始めた。


「!?」

「あはは、私も最初はそんな感じだったよ」


どうやらこのコップもどきが上の階へとゆく装置……魔石製品の一つなのだそうだ。地上五十階もあるこのバベルの上下間移動をスムーズに運べるよう設置されたとか。
何でも台座の下に大量の魔石が取りつけられていて、石から生じる魔力を浮力に転用しているらしい。
そんなこともできるのかと僕が愕然としていると、エイナさんが一日の周期で魔石を交換しなければいけないと教えてくれた。万能、というわけにはいかないらしい。
実験的導入の意味合いが強い、なんてぞっとしないことを聞いていると、ほどなくして四階についた。
……階段で行った方が断然早かったかも、なんて思う僕は、この世紀の大発明をした方々に謝った方がいいのだろうか。


「お目当てのお店はまだ上の階なんだけど、せっかくだから寄っていこうか? ベル君もちょっと見てみたいでしょ?」


ざっと見ただけでも武器・防具のお店がそこかしこを埋め尽くしている。僕はちょっと興奮しながら、エイナさんの確認に頷いた。
って、あのロゴタイプ……もしかしてここからここまでのお店、全部が【ヘファイストス・ファミリア】の……?


「ああ、この四階から八階は【ヘファイストス・ファミリア】が全部入居しているから」


……フロア丸ごとだった。
どれだけ凄いんだ、【ヘファイストス・ファミリア】って。
ちなみに、僕と神様のホームの近く、北西のメインストリートにも【ヘファイストス・ファミリア】の支店がある。
そこで僕がいつも店頭のショーウィンドウから見ていた短刀の値段は……800万ヴァリス。普通に位のいい家がいくつも買えてしまう。
ちょうど側の店先に、似たような陳列窓があったので、その奥に鎮座している紅の剣の価格を見やると……


(……3000万ヴァリス!?)


くらぁ、と僕は手をおでこにやって二、三歩引き下がった。
エイナさんが隣で苦笑しているのがわかる。
僕のこのヘファイストス製のナイフ、神様は世界で一つしかないだなんて言ってたけど、一体いくらかかったんだろう……?


「いらっしゃいませー! 今日は何の御用でしょうか、お客様!」


唾を飲み込んで陳列窓の商品を凝視していると、お客と勘違いされたのか、店員さんに明るく声をかけられた。
その女の子は身長は低かったけれど、とても目鼻立ちが整っていて、訓練された美しい店員さんスマイルを浮かべている。
可愛らしい黒髪のツインテールがぴょこぴょこと揺れていて微笑ましい。
紺色の制服エプロンの下では、その小さな体に不釣り合いな胸がデデンと盛り上がっており……


「……なにやってるんですか、神様」

「…………」


ひくっ、と神様の店員スマイルが引きつる。
そうか。近頃やけに慌ただしいと思っていたら、こんなところで働いていたのか……!


「何でこんなところにいるんですか!? バイトのかけ持ち!? 到達階層が増えてお金にちょっと余裕ができるようになったって、僕言ったばっかりじゃないですか!?」

「いいかい、ベル君……! 今あったことは全部忘れて、目と耳を塞いで大人しく帰るんだっ……! ここは君が来るにはまだ早い!」

「神様だって早過ぎですよ!? 今まで時給30ヴァリスだったくせに!?」

「ジャガ丸くんを馬鹿にするなぁー!」

「いいから、ほら、帰りましょう!? 神様は神様なんですから、恥も外聞も捨てちゃダメです!」

「ええい、離せ、離すんだベル君! 神にはやらなくちゃいけない時があるんだ!」

「神様がやらなくちゃいけない時ってどんな時ですか!? お願いですから、言うこと聞いてください!」


右手首を両手で掴まえる僕から神様は顔を背け、必死に逃げようとする。
一体何がそんな神様を頑なにさせているんですか……!
エイナさんが目を丸くしているのが視界に掠ったけど、そんなこと気にしてる場合じゃなかった。


「こらぁっ! 新入りぃ、遊んでんじゃねー! とっと次の仕事しろぉおっ!!」

「はぁーい!!」

「あっ!?」


ぴゅーん! と神様は僕の拘束を振り払って飛んでいく。
わたわたと慌てるツインテールと一緒に、小さな後ろ姿が店内へと消えていった。


「かみさまぁ~……」

「……か、変わった神だね?」


情けない声を出す僕に、エイナさんが対応に困るような笑みを作った。
僕はしばらく落ち込んでいたけど、今は一人ではないことを思い出し、無理矢理立ち直る。
神様のことは、今は忘れよう。


「お見苦しいところを見せてすいません……」

「大丈夫だよ。じゃあ、上に行こうか?」


頷く僕と苦笑するエイナさんは目的地、八階への移動を始める。
本当にこのまま【ヘファイストス・ファミリア】のお店で買物する気なのかな……。
僕はエイナさんに付き従った。どうやら今度も魔石昇降器を使うようだ。


「今更ですけど、普通の装備品とは値段の桁が違いますね、【ヘファイストス・ファミリア】って。武具の材料とかも特別なんでしょうか?」

「うん、鍛冶師の腕以外にもそれはあると思う。深層モンスターのドロップアイテムを使ってるんだろうね」


昇降機へと戻る道すがら、僕とエイナさんは会話を続ける。
デートとは程遠い会話の内容だ。


「【ヘファイストス・ファミリア】の職人の中には、冒険者や【ファミリア】と直接契約する人もいるの」

「直接契約?」

「そう。今、武器や防具の原材料はモンスターのドロップアイテムが主流だから、ダンジョンにもぐる冒険者達に調達をお願いして、それを譲ってもらうの」


普通なら、ドロップアイテムはギルドの換金所で買い取ってもらう。
ギルドによって押さえられたアイテムは、そこからそれぞれの商業系の【ファミリア】等が買い取るのだそうだ。
だけどそれだと一々手間になることに加え、ギルドの決めた取引価格……つまり高値で引き取らなければならない。ギルドは中々したたかなのだ。
鍛冶屋の集まりである【ヘファイストス・ファミリア】としては、より早く、より安く、そして確保できるのならできるだけ数を確保しておきたいというのが心情らしい。
それならばと、彼等は有名な冒険者かあるいは【ファミリア】と直接繋がりを持つことで、手軽に、そして安値でドロップアイテムを手に入れることにしたのだと、エイナさんはわかりやすく教えてくれた。


「魔石の所有権はギルドにあるから、誰も、どの組織も扱っちゃいけないことになってるけど、ドロップアイテムは別。過去に色々な【ファミリア】から抗議の声が上がって、散々叩かれたギルドも折れたんだね、ドロップアイテムの売買の自由を特定の【ファミリア】に与えたの」


魔石はオラリオの特別産業だ。
オラリオ……ギルドはこれで懐を肥やして成り立っているといってもいい。個人が転売することを彼等は許さなかった。
代わりにといっては何だけど、ギルドはドロップアイテムの独占だけは手放した、ってところか。


「鍛冶師達ではとてもたどり着けない深層まで、第一級を始めとした冒険者達に行ってもらって、貴重な原材料を譲ってもらう。その代わりに冒険者はその鍛冶師に武具を作ってもらう。相互の契約内容にもよるけど、1億ヴァリス以上の価値がある装備品をただで提供されている【ファミリア】もあるそうだよ」

「いっ、1億……!?」


そんな数字、僕じゃあ卒倒するしかない。値の次元が違い過ぎる。
もしかしたら、ヴァレンシュタインさんもそうなのだろうか。
僕は改めて、自分と第一級と呼ばれる冒険者達の住む世界の違いを思い知らされた。


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