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2023.04.20

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第14話
だからボクは力になりたい⑤

「神様、今日も帰ってこないのかな……」


ベルは夕飯の準備をしながら天井に呟きを昇らせた。
ヘスティアが出かけていって既に三日。まだ彼女は帰ってきていない。
相手は神で、彼等には手を出してはならないというルールが下界の者達の間で暗黙の了解として存在しているが、流石に心配になってきた。
出鱈目に探しにいってみようかと不安が募るのと、自分もこんな風に心配をかけていたのかと心を痛めるのは同時で、ベルは二つの意味で肩を落とす。
ドカンッ、バタッ、と扉が開いて何かが倒れる音が聞こえたのは、それからすぐのことだった。


「え!?」


驚愕してキッチンを離れると、視界に飛び込んできたのは開けっ放しのドアの前で倒れ伏しているヘスティアの姿だった。下水道のフローラルな香りが開いた扉を通じて部屋に流れ込んでくる。
悲鳴をあげながらベルは彼女のもとに駆け寄った。ドアを蹴りで閉めるのも忘れない。
床に膝をついた態勢で、その小さな体を横抱きの形で抱きあげる。


「か、神様っ、神様!? どうしたんですか、一体何があったんですか!?」

「……ど、土下座だ」

「ど、ドゲザっ?」

「首を縦に振ろうとしない頑固女神の前で、土下座を29時間続けるという耐久レースを……」

「にっ、29時間……!? ご、拷問なんですか、ドゲザって!?」

「いや、それをすれば何をしたって許されて、何を頼んでも頷いてもらえる最終奥義……って、タケから聞いた………」

「タ、タケ?」


「タケミカヅチノカミ……」と息絶え絶えに呟くヘスティア。
神様絶対に騙されてるよ、とベルは悔し涙を堪えた。


「でも何でそんなことを……パーティーに行ってきたんじゃなかったんですかっ!?」

「……これ」

「えっ?」


懐から取り出されたケースにベルは目を丸くする。
ヘスティアの手がそれをたどたどしく開けると、中には棒状のようなもの――間違いなく鞘に収められた短刀が入っていた。
ベルは息を呑んだ。鞘に【Ἥφαιστος】という【ヒエログリフ】に酷似した刻印を見つけたからだ。
――ヘファイストス。
こればっかりは読めなくたってわかる。自分には一生縁がないと思っていた、あの【ヘファイストス・ファミリア】の店頭に掲げられているロゴタイプと一緒だったからだ。


「か、神様、これってっ……」

「ごめんね、心配かけて。……でも、ボク、見ているだけは嫌なんだ。養われるだけじゃあ……助けられてばかりじゃあ、嫌なんだよ」


ベルの震える手が柄を握っていると、ヘスティアはゆっくりと鞘を抜きとった。
現れるのは漆黒の刀身。
反りのない直刀は、現在使っている短刀と比べるまでもない切れ味を、その身へ宿しているのが一目でわかった。
びっしりと細かく刻み込まれているのは果たして【ヒエログリフ】か。
刃の先端から柄の終わりまでヘスティアの髪と同じ色に染まった短刀は、紫紺の光に濡れ、ベルの手の中でまるで赤ん坊のように息づいているかのようだった。


「知ってたよ。君がメインストリートにあるヘファイストスの店の陳列窓に、いつも顔を貼りつけていたのを。君の欲しがってたものじゃないと思うけど、でもコレ、世界に一つしかないんだ。すごいだろ?」

「そんなっ、でも、だってっ……ヘファイストスの武器はすごく高価でっ……お、お金はっ……!?」

「大丈夫、ちゃんと話はつけてきたから」


声も震え出せば瞳も震え出す。
そんなベルにヘスティアは疲労の濃い顔で、けれど穏やかな笑みを向けた。


「強くなりたいんだろ?」

「!」

「言ったじゃないか、手を貸すって。これくらいのお節介はさせてくれよ」

「ひっ……ひぐぅっ……」

「誰よりも、何よりも、ボクは君の力になりたいんだよ。……だってボクは、君のことが好きだから」

「……!」


ぼろろっ、とベルの瞳から涙滴が溢れ出す。
ヘスティアは頬を桜色に染め、満面の笑みを湛えた。


「いつだって頼ってくれよ。大丈夫、なんていったって、ボクは君の神様なんだぜ?」


ベルは限界を迎えた。
流れ出る涙をそのままに、くしゃあっと顔を歪めてヘスティアを抱きしめる。


「神様ぁ゛ーッ!!」

「おいおい、刃が抜き身のまんまだ、危ないよ?」


口では言うが、ヘスティアもベルの背中に手を回した。
自分より大きなベルが首筋に顔を埋めてくるのを受け入れ、雪のように白い髪に指を這わす。
嗚咽と鼻水をすする音が耳朶を撫でてきた。
自分のためにみっともなく、その感情を隠しもせずにえんえんと泣いてくれる少年のことを、ヘスティアは誰よりも愛しく感じた。


(あぁ、良かった……)


本当の自分は愚図でノロマで要領が悪くて、少年の前で見せているヘスティアは、背伸びをして強がっているに過ぎないけれど。
でも、この子のためなら、ちょっとくらいカッコつけても構わないだろうと。
今この時を幸せと一緒に噛み締めながら、ヘスティアはそう思い。


(これでボク達は、相思相愛だ)


最後の最後で、彼女は盛大な勘違いをした。

















【ベル・クラネル】
所属:【ヘスティア・ファミリア】
ホーム:下水道の隠し部屋
種族:ヒューマン
ジョブ:冒険者
     ・到達階層:7階層
     ・武器:短刀
所持金:7100ヴァリス

【ステイタス】
Lv.0
力:F 43 耐久:H 54 器用:F 50 敏捷:F 97 魔力:I 0
《魔法》
【】
《スキル》
【憧憬一途】
・早熟する。
・懸想が続く限り効果持続。
・懸想の丈により効果向上。

短刀:G 69

【装備】
≪短刀≫
・ギルドの支給品。威力は実は最底辺。
・防具とアイテムも合わせてベルは借金して購入。全額6800ヴァリス。武器は日頃から整備費がかかるため、返済するのには半月かかった。

神様ヘスティアのナイフ≫
・35年ローン420回払い。
・【ヘファイストス・ファミリア】のバベル支店で強制労働が確約されている。ヘスティア渾身の買物。
・「駆け出し冒険者に持たせる一級品」ということで頭を抱えたヘファイストスが、悩みに悩んで考案した作品。
・ヘスティアの髪と彼女自身の【ヒエログリフ】を編み込んだ特殊製法。ナイフ自体に【ステイタス】が発生している。
・装備者の成長――【経験値】の獲得――と連動して強化されていく。“生きた”武器。
・ヘスティアの恩恵を受けた者しか使いこなせない。それ以外の者が扱うとガラクタに成り下がる。
・装備者が“最強”になった時、このナイフも事実上“最強”になる。ヘファイストス曰く「邪道の武器」。


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