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2023.03.30

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 理想郷譚プロトタイプ
第11話
だからボクは力になりたい②

ベル・クラネル
Lv.0
力:F 43(↑201 耐久:H 54(↑88 器用:F 50(↑179 敏捷:F 97(↑154 魔力:I 0
魔法
【】
スキル
【憧憬一途】
・早熟する。
・懸想が続く限り効果持続。
・懸想の丈により効果向上。

短刀:G 69(↑146




――ッ」


ぴたっ、とヘスティアは手の動きを止めてしまった。
自分の眼下にある細い背中。
そこに秩序だって書き込まれた、あたかも古代書の一ページを彷彿させる【神聖文字ヒエログリフ】の全式構図――【ステイタス】。
一人のヒューマンに与えられし神の恩恵が示す成長過程を、彼女は戦慄した眼差しで受け止めていた。

ベルが帰ってきて一夜明けた。
極度の疲労から昨日丸一日を睡眠に費やし(ベルはヘスティアが一緒に寝ていることに気付いた瞬間絶叫した)、早い時間帯に起きた彼女達はとりあえずということで【ステイタス】の更新を行っている。
いつものようにベルの背にヘスティアが腰かけ、いつものように「神針」を用いて【ヒエログリフ】を刻んでいく作業……それがいつもとは異なりだしたのは、ベルの背に徐々に浮かび上がっていく【ステイタス】が信じがたい内容を描き始めてからだった。

――早過ぎる。

ヘスティアが神の恩恵を授けるのは、自分の【ファミリア】に加わったこのベルが初めてだ。
彼女は伝聞で得た知識でしか恩恵の進捗状況について詳しいことは知らない。どのような勝手なら熟練度が構築されやすく、どのような規則性をもって魔法やスキルが発現するなどという深いノウハウは持ち合わせていなかった。
だが、下界の者に刻まれる【ステイタス】が“こんなもの”ではないということはわかっている。
早過ぎる。熟練度の伸びが、異常なまでに。
これでは成長ではなく、“飛躍”だ。


(他の冒険者達と、比べるまでもないじゃないか……)


もし冒険者が全員ベルのような速度で成長しているのだとしたら、彼等の大半はとっくに現在第三級冒険者のラインとして定められているLv.1に到達していることだろう。
Lv.1――冒険者の中堅クラスに身を置く者は、ほとんどが規模の大きい【ファミリア】の構成員達だ。冒険者の半数以上がいまだLv.0のもとで燃え燻ぶっていた。
ベルは、そんな己と比べてひと回りもふた回りもキャリアの長い彼等を凌ぐ猛烈な勢いで、成長、発展を遂げている。
熟練度など20以上もぽんぽんと上がるのは最初のうちだけ。すぐに壁を迎えて頭打ちに陥りやすいと、親交のある神に愚痴をこぼされたことがある。
大半の者が一つの壁を境に伸び悩んでいるのだ。


(熟練度と【ランクアップ】は確かに密接に関係してるわけじゃない……でも、それにしたってこれは……!)


Lv.が次のステージに上がるのは、言ってしまえば“絶対的な”【経験値】の一定量超過。
弱いモンスターを倒し続けたところでLv.は決して上がらない。
太古の下界の者達の言葉に則って言うならば、「神の試練」。
大きな困難――己より強大な相手との交戦、それが求められる。冒険者達の器を昇華させるためには、より質の高い【経験値】が不可欠なのだ。
その法則に従って言えば熟練度の高低は必ずしもLv.の事情には関係しない。
論理的には基本アビリティがオールSでもLv.の上昇……【ランクアップ】しないことになるのだから。
だが、その冒険者が特化した分野は置いておくにしても、基本アビリティがD~Bの状態で【ランクアップ】する者が多いのも事実。
少なくともベルは、最強のLv.0になる可能性を孕んでいることになる。


(こうまでいっぺんに成長した原因は……)


ベルの中で“何か”が膨れ上がったのか。
【憧憬一途】というスキルの特性をただ一人知るヘスティアは、無意識のうちに唇を噛んでいた。
ヘスティアから言わせれば子供のような感情――嫉妬によって心を左右に揺さぶられる。


「神様?」

「!」


針を持つ手を止めたヘスティアを訝しんだのか、ベルが少し首を捻って声をかけてくる。
気を取り戻したヘスティアは笑って誤魔化しながら「ごめんごめん」と作業を再開させた。
いや、再開する振りをした。もう【ステイタス】の更新はほぼ終わっていたのだ。


(どうする……? 彼に、この【ステイタス】をありのまま告げるのか……?)


即席の自信、即席の強さは傲慢を招く。
ヘスティアは知っている。それがヒューマンに限らない子供達の性だ。傲慢は油断を引き寄せ、油断は死を呼ぶ。
ベルがそんな驕りを抱く人物ではないと信じたい一方、彼を過保護に見るヘスティアの心情が“もし”という可能性を切り捨てがっている。ベルを失うかもしれないという“もし”だ。
信頼と不安懸念、二つの感情を天秤にかけると、どうしても後者の方に傾きがちになってしまう。


(でも、ありのまま告げないということは、ベル君を騙すことになる……)


そしてそれはベルの成長を阻むことになりかねない。
先程述べた通り自分より強い相手と戦わなければ【ランクアップ】は望めない。本人が思い込んでいるよりも上の能力で低階層に留まっていても、それは無駄な行為に成り下がってしまう。
熟練度も、実力が同等以上のモンスターと交戦した方が上昇しやすいと聞く。


(……強くなりたい、か)


やがて、ヘスティアが末に選んだのは信頼だった。
自制の心で不安を抑えつけ、天秤を無理矢理傾ける。
「強くなりたい」という言葉が少年の憧憬に端を発しているのだとしても、一つの覚悟を越え一皮剥けようとする――完全である自分達にはできない事柄を行おうとする――彼の背中を、押してやりたいとヘスティアはそう思った。


「ベル君、今日は口頭で【ステイタス】の内容を伝えていいかい?」

「あ、はい。僕は構いませんけど……」


こちらを見上げてくるベルの瞳を見据え、ヘスティアは告げた。
その尋常ならざる成長速度を。
ただし、【憧憬一途】というスキルの存在は伏せて、だ。


(『レアスキル』だよね、やっぱり)


発現するスキルの多くは、内実、冒険者達の間で共有されているものが多い。
スキルの入手自体が稀な事柄であるのだが、その中でも確認されたものを見ると、名称に差異はあっても効果が他のものと重複しているというケースがよく見られるのだ。
同じ種族間ならその可能性がぐっと増す。どうやら一つの種族の中で普遍的なスキルの種子が潜在しているらしい。
エルフならば知識や精神面、ドワーフならば力の強化といった具合にだ。
そして、それ唯一、あるいはより数が希少なものを総じて「レアスキル」と、神達は勝手に言っている。


(ばれちゃ不味い。絶対不味い)


何もそれをベルに教えないのは、意地悪しているからというわけではない。
本音を言ってしまえばヴァレン何某とかいう女へのジェラシーが七割はいかなくてもまぁ九割くらい関係しているが、とにかく、明るみになると色々面倒なことになるのだ。
他の神達は、レアスキルだとかオリジナルだとか、そういう特別な言葉にアホのように反応しやすい。もはや子供のように、全力で興味を持って全力でちょっかいをかけたがるのだ。ニヤニヤしながら。
中には既に契約しているというのに自分の【ファミリア】に勧誘してくる者もいる。ゲーマー根性ここに極まりだ。


(この子は嘘が下手だ。問い詰められたら余計な疑いを持たれる。悪いけど、この一点だけは譲れない)


口を動かしながらせっせっと【ヒエログリフ】を付け足していく。
語られる【ステイタス】に驚いた顔をするベルを視界に入れながら、ヘスティアは己のしてやることに努めた。


「とまぁ、熟練度がすごい勢いで伸びてるわけ。何か心当たりはある?」

「い、いえっ、全然…………あ」

「何?」

「い、いちおう……一昨日は7階層まで行ったんですけど」

「ぶっ!? あ、あふぉーッ!! 防具もつけないまま到達階層を増やしてるんじゃない!」

「ご、ごめんなさいっ!?」


ぴょん、と背中から下りたヘスティアはベルとしばらく受け答えを続けた。
彼の方は服を着ることを許されないまま、半裸の状態で時には怒られ時には説教され身を小さくしていく。


「はぁ……本題に入ろう。今の君は“理由ははっきりしないけど”、恐ろしく成長する速度が早い。伸びしろが大きいと言ってもいいのかな。どこまで続くかはわからないけど、言っちゃえば成長期だ」

「は、はいっ」

「……これはボク個人の見解に過ぎないけど、君には才能があると思う。冒険者としての器も、素質も、君は兼ね備えちゃってる」


ベルの現状は果たしてスキルだけが起因しているものか。
発現したスキルだけが、この少年の急激な飛躍の原因なのだろうか。
思い返せば片鱗はあったのだ。
一度は死にかけているとはいえ、それまでいち農民に過ぎなかった彼が誰にも師事することなく、たった一人でダンジョンへもぐり着実に成果をあげてきた毎日。
例え早熟という名のスキルを手に入れたとはいえ、戦闘に活かす身のこなしや技術は彼が実戦で組み立てていくものだ。どこを攻撃するのか、または防御するのか、一か八か回避するのか。スキルがあろうとなかろうと、戦闘の中で判断を下すのはベル他ならない。それは彼自身の“力”だ。
今日まで一人でダンジョンを戦い抜いてきたベルには、冒険者としてのセンスがあるように思える。


「……君はきっと強くなる。そして君も、今より強くなりたい」

「……はい」


ベッドに腰かけた姿勢で目を逸らさないベルに、ヘスティアは自分の両手を胸に抱いた。
心細そうに目を伏せがちにして、吐露する。


「……約束して欲しい、無理はしないって。先日のような真似はもうしないと、誓ってくれ」

「ぼ、僕は……」

「強くなりたいっていう君の意志をボクは反対しない、尊重もする。応援も、手伝いも、力も貸そう。……だから」


潤みそうになった瞳を我慢して、ヘスティアはベルに心底願った。


「……お願いだから、ボクを一人にしないでおくれ」


その効果は、覿面だった。
はっと肩を揺らし大きく目を見開いたベルは、何かを思い出すように、自分に課した約束を掘り返すように、うつむいて目を瞑り自己の内面を埋没する。
静寂がヘスティアの耳をくすぐる。二人にとって長い沈黙が訪れた。


「……はいっ」


ベルが顔を上げる。
申し訳なそうな、泣き出してしまいそうな、喜んでいるような、そしてどこかふっきれたような顔だ。
嘘偽りのない一つの笑顔が、多くの言葉で飾るより遥かに信頼を預けてくる。
目の前の少年は約束を守ってくれると、ヘスティアは確信することができた。


「無茶、しません。頑張って、必死をこいて強くなりにいきますけど……絶対、神様を一人にしません。心配、させません」

「その答えが聞ければ、もう安心かな」


その胸に飛び込みたくなる衝動を堪え、ヘスティアもにこっと笑った。
服を取ってベルに渡してやる。
照れたように「すいません」と言って着替え始める彼に背を向けて、ヘスティアは視線をどこかに馳せるように天井を見据えた。


(……よし)


早速ベルのために動こうと決める。
テテテテ、と規則性のない歪なフローリングの上を駆け、食器棚に飛びつく。
中段ほどにある引き出しを開けて中を漁り始めた。
ビラやバイトの通達書等でごちゃまぜになっている箱を手でかき回しながら、ややあって目当てのものを見つける。
『ガネーシャ主催 神の宴』と簡単に書かれた、ある催しへの招待状だった。


(ヘファイストスも来るよね……?)


この隠し部屋を恵んでくれた友人の顔を思い浮かべる。
仕事に真面目で広大なオラリオの都市をしょっちゅう飛び回っているため、彼女とは連絡を取ろうとしてもそう簡単には捕まらない。
会うためにはこの催しを利用するしかないと判断する。
開催日は……本日の夜。
げっ、と漏らしたヘスティアは慌ただしく動き始めた。


「ベルくんっ、ボクは今日の夜……いやここ何日か部屋を留守にするよっ。構わないかなっ?」

「えっ? あ、わかりました、バイトですか?」

「いや、行く気はなかったんだけど、友達の開くパーティーに顔を出そうかと思ってね。久しぶりにみんなの顔を見たくなったんだ」


「だったら遠慮なく行ってきてください」とベルは了承した。友達は大切ですから、と笑ってむしろその行為を勧める。
勝手で悪いと思いながらもヘスティアは頷いて、クローゼットを物色する。
一番マシなものを選んでバックに詰め、その他の荷物を整理、後はバイトのシフトを頼みに行こうと部屋の外に向かった。
ドアに手をかけたところで後ろを向く。


「ベル君、もしかして、今日もダンジョンへ行くのかい?」

「そのつもりなんですけど……ダメですかね?」


今さっき約束を交わしたばかり。やはり自重しなければいけないかとベルはおずおずと上目遣いになる。
ヘスティアは顔を振って笑ってやった。


「ううん、いいよ、行ってきな。ただし、引き際は考えるんだよ? まだ怪我をしてるんだからね?」

「はい、ありがとうございますっ」


嬉しそうに頭を下げてきたベルにえくぼを作りながら、ヘスティアは部屋を後にした。


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